第29話 収穫祭
収穫祭が、近づいてきた。
今年も例年通り、この時期に行われる。
収穫祭が行われるのは、この街の中心部にある大きな広場だ。
この広場では、毎日のように何かしらのイベントが行われているが、その中でも収穫祭は毎年の恒例行事であり、最も大きなイベントだ。本来は毎年の農産物や穀物といった重要な食料の収穫を神に感謝するものだったが、いつしかそのような面は薄れていった。そして今では、大規模なお祭りとなっている。
収穫祭では、街の協同組合が中心となり、あちこちから行商人が集まり、地元商店が出店したり大道芸人がやってきたりする。当然、人の出入りもいつもより多くなる。
オレのような代書人は、収穫祭の前準備の段階で、書き入れ時となることがある。
協同組合から、下請けとして書類の作成を行うことがあるためだ。役所に提出する書類だけでなく、警察などに提出する書類を作ることもある。広場を大々的に使用するために、申請書類は必然的に枚数が多くなる。
行商人から依頼されることもあるし、そうなるとより仕事量は多くなる。
そして時には、収穫祭前日まで仕事に追われることもある。
現に、今のオレがそうだった。
「マリア、この書類に証明印を!」
「はい!」
「それが終わったら、次はこの書類を警察署に持っていって!」
「わかりました!」
オレはマリアと共に、収穫祭の事務処理を手伝っていた。
協同組合から呼ばれて、協同組合の本部で他に呼ばれた数人の代書人と共に、書類を次々に作り上げていく。オレが最も若い代書人で、他の代書人はほとんどが中年以上の男性だ。
オレの他に使用人を雇っている代書人はおらず、マリアはほとんどオレの専属秘書のように動いていた。メイド服があちこちを移動するたびに、他の代書人たちが驚いた眼でマリアを見ていく。
「シリウスさん、いつあんな若い使用人を雇ったんですか?」
小休止の時に、1人の代書人がオレに訊いてきた。
確かに、前回の収穫祭準備のときはまだマリアを雇う前だった。そしてマリアを雇った直後に、家事使用人取締法が成立してしまった。さらに云うと、代書人で使用人を雇っている者は、そんなに多くない。雇うような余裕がある代書人は、そう多くないからだ。
オレがマリアを雇ったのも、どちらかというと人手が欲しかったというよりも、成り行きでそうなってしまったようなものだ。
「メイド禁止法が施行される直前なんです」
「あんなにも働き者で若い使用人など、そう簡単には見つかりませんよ。もう使用人を新たに雇うのは禁止されちゃいましたし、羨ましいです」
「そうですね。自分でも運が良かったと思います」
「私も使用人ではなくても……あんな事務員が欲しいです」
当たり障りのない会話をして、オレとその代書人は再び仕事へと戻った。
それから少しして、警察署に書類を届けに行ってたマリアが帰ってきた。
午後になって、全ての書類の作成が終わった。
「ご主人様、収穫祭って大変なんですね」
協同組合の本部を出てから、マリアがそう云った。
「毎年請け負っているし、作る書類も決まっているから、それほどじゃないよ」
「そうなんですか?」
「むしろ大変なのは、ギルドの人たちじゃないかな」
オレは会場となる広場で、せわしなく動き回っている商人たちを見る。商人たちは荷物を馬車やトラックで運びこんだり、テントの設営に終われたりしていて、休む暇などなさそうだ。
「ギルドの商人たちにとって、収穫祭は書き入れ時だ。もしここで売り上げが少ないと、今年の冬を越せない人も出てくるだろうな」
「そうなると、どうなってしまうのでしょうか?」
「出稼ぎに行くと思うよ。そうした商人たちは多いから、珍しいことじゃない」
そんなことをマリアに話しながら歩いていると、オレは声を掛けられた。
「ちょっと、そこの若いお兄さん」
「えっ、なんですか?」
声がしたほうを見ると、商人の服を着た小太りの男が、チケットのようなものをオレに差し出してきた。
行商人に間違いないなと、オレは思った。
「私は協同組合所属の商人にございます」
なんだ、行商人かと思ったら、違うのか。
商人の服の胸を見ると、そこには協同組合所属の商人でないとつけることを許されない、金バッヂをつけていた。
「明日の収穫祭に来ていただけましたら、こちらを協同組合までお持ちください。ささやかですが、お礼をさせていただきたいと思います」
「これは、ワイロにならないのか?」
「滅相もございません! 私たちの書類作成を手伝ってくれたお礼にございます」
そういうことなら、受け取っても問題ないだろう。
オレはありがたく、商人からチケットのようなものを受け取る。
チケットを受け取ると、商人は一例をして立ち去った。
「ご主人様、先ほどの商人さんが云っていた『お礼』ってなんでしょうか?」
事務所に戻ってくると、マリアが訊いてくる。
オレは机の上に置いたチケットを見て、首を傾けた。
「さぁ、なんだろうな。ささやかなという、曖昧な表現を使ってきたからなぁ」
オレはそっと、カレンダーに目を向ける。
明日は事務所を休みにすることになっている。収穫祭があるから、まず来客が見込めないからだ。
「明日、収穫祭に行こう。行ってみれば、ささやかなお礼の内容も、分かるだろう」
「はいっ! ご主人様!」
マリアは嬉しそうに、尻尾を振りながらそう答えた。
収穫祭当日。
オレはマリアを連れ、会場となる広場へと足を踏み入れた。
広場には露店が出ていて、あちこちで行商人や協同組合所属の商人たちが物売りをしている。中には馬車で乗り付け、馬車から直接販売している行商人もいる。売られているものは食品が多いが、料理を売っている屋台も多い。それを目当てにやってきたお客も多く、あちこちから呼び込みの声が上がる。
露店を出しているのは、行商人や料理を売っている者だけではない。射的やくじ引きといったゲームをやっている者や、占い師なども露店を出して商売をしている。
「すごい人ですね、ご主人様」
マリアの第一声は、それだった。
確かに、この街にはこれだけの人が暮らしていたのかと驚くのが、収穫祭の恒例行事でもある。実際には他の街からも来ている人がいるから、いつもより多く見えてしまうだけだろう。しかし、この街の住人の大半が参加していることは事実だ。
「こんなに人が居たら、歩くだけでも大変ですね。すぐにはぐれてしまいそうです」
「そうだな。だけど、こうすれば大丈夫だ」
オレは頷いてから、マリアの手を握った。
マリアの手は小さかったが、とても温かかった。
「これなら、はぐれないだろ?」
「はい、ご主人様!」
マリアは嬉しそうに答えた。尻尾が左右に嬉しそうに揺れている。
オレはマリアと手をつなぎながら、収穫祭の会場である広場へと、足を踏み入れた。
「はい、安いよ安いよー!」
「新鮮な野菜だ! どれでも大特価1個銀貨1枚だよー!」
「珍しい商品多数! 見ていっておくれ!」
「射的やってるよ! いかがかなー!?」
「くじ引きもあるよー!」
あちこちの露店から、呼び込みの声が上がっている。そしてそれに惹き寄せられた人々が、露店を覗き込んでは、ゲームや買い物、飲食を楽しんでいる。
こうした祭の雰囲気は、オレは大好きだ。いつも静かな環境で仕事をしているためか、こういう騒がしいのは新鮮に思える。毎日は疲れてしまうだろうが、たまには騒がしい環境もいい。
隣を歩いているマリアは、オレに歩調を合わせつつも、あちこちの露店に意識を向けている。きっと、こういうところに来るのも初めてなのだろう。オレも今のマリアのように、露店で売られているものが気になって仕方がなかったこともあった。
少ない小遣いから、吟味に吟味を重ねて食べた食べ物は、どれも美味しかったっけ。
「マリア、何か買おうか?」
「いえ、そんな……もったいないですよ!」
口ではそう云ってはいるが、マリアはチラッと横目で、牛串を見つめていた。
どう見ても、買ってくれと云っているようにしか見えない。
「今日は収穫祭だ。遠慮することなんてないよ」
オレはそう云って、牛串を2本買い求めた。
「ううう……美味しいです」
マリアは牛串を食べながら云う。
「焼きたてだからな……うん、美味い!」
オレも買い求めた牛串を食べて、舌鼓を打った。
実に美味しい牛串だ。これが一本銀貨1枚とは、安い。
「ご主人様、ありがとうございます! とっても美味しいです!」
「マリアの舌に合ったみたいで、良かったよ」
オレの言葉に、マリアは嬉しそうな笑みを浮かべた。
食べ歩きをしながら露店を見ていくうちに、オレたちは昨日書類作成の仕事をした協同組合へと辿り着いた。協同組合の建物は、収穫祭の本部として使われていて、協同組合の職員たちも総出で収穫祭を盛り上げている。
そういえばと、オレは食べ終えた牛串の串を捨て、ジャケットのポケットに手を入れた。
ポケットから手を出すと、オレの手は1枚のチケットを握り締めていた。
オレは昨日の、協同組合の商人との会話を思い出した。
『明日の収穫祭に来ていただけましたら、こちらを協同組合までお持ちください。ささやかですが、お礼をさせていただきたいと思います』
『これは、ワイロにならないのか?』
『滅相もございません! 私たちの書類作成を手伝ってくれたお礼にございます』
協同組合の商人が渡してくれたチケット。
そしてささやかなお礼とは、なんだろうか?
とりあえず、これを協同組合まで持っていけばいいんだったな。
「マリア、ここに入ろう」
「あっ……はい!」
オレの決定に、マリアは疑問を抱くことなく従った。
「お越しいただきまして、ありがとうございます」
協同組合の建物に入ると、オレたちは昨日チケットを渡してきた商人と再会した。
「これを……」
オレがチケットを差し出すと、商人はそれを受け取って、食い入るように見始めた。
そしてオレの顔とチケットを見てから、ニッコリと笑った。
「それでは、少々お待ちくださいませ」
商人は協同組合の奥へと消えていく。
待っていると、商人はワインボトルを持って戻ってきた。
「こちらが、ささやかなお礼になります」
商人が差し出したワインボトルのラベルを見て、オレは目を見張った。
ラベルには「パウエル10年熟成」と書かれている。
「これは……!」
オレの言葉に、商人は再びニッコリと笑う。
「手伝っていただいたお礼です。なかなか手に入らないものなので、今年は特別ですよ」
「ありがとうございます!」
「あの、ご主人様……?」
マリアが何なのか分からないらしく、首をかしげる。
しかし、オレは「パウエル10年熟成」が何なのか、よく知っていた。
オレは商人に丁重にお礼の言葉を伝え、マリアと共に協同組合の建物を後にした。
その後も、オレはマリアと食べ歩きをしながら、収穫祭を楽しんだ。
「楽しかったですね、ご主人様!」
収穫祭の帰り、買い物をしてから帰ってくると、マリアがそう云ってきた。
「あぁ、今年の収穫祭も無事に終わった。それに……」
オレは貰ってきたパウエル10年熟成を、机の上に置いた。
「今夜は、去年よりも楽しくなりそうだ」
「ご主人様、それはお酒ですか?」
「うむ。ただのお酒じゃないな。珍しいお酒だ」
マリアは興味深そうに、パウエル10年熟成を見つめている。
「これはパウエル10年熟成といって、なかなか手に入らない珍しいお酒なんだ。その名が示すように、10年もの間、専用の酒蔵に置かれた樽で熟成して作られるワインだ。様々な料理に合い、すっきりしていて飲みやすい。またの名を『酒の神の贈り物』。貴族でも手に入りにくいことから、大金を叩いても手に入れようとする者も居る」
「すごいですね。なんだか、飲むのがもったいなく思えちゃいますね」
「マリア、今夜飲んでみるか?」
オレが訊くと、マリアは目を丸くした直後に、首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、そんな貴重なお酒、わたしにはもったいないです」
口ではそう云うマリアだったが、尻尾はブンブンと振れている。
ものすごく興味があるようだ。分かりやすい。
「マリア、これは貰い物だ。オレが買ったわけじゃない」
「しかし……」
「昨日の俺と、マリアに対する協同組合の商人からの感謝の気持ちだ。遠慮なくいただこう。オレとマリアで楽しんでもらうために、このパウエル10年熟成をいただいたんだから」
「……はい!」
マリアは満面の笑みで答えた。
「それでは、すぐに夕食の準備をします!」
「今夜は、どんな料理になるのかな?」
「お酒に合いそうなものを、作りますね!」
「楽しみにしてるよ」
オレがそう云うと、マリアは笑顔でキッチンへと向かっていく。
オレは事務所を閉めて灯りを落とし、パウエル10年熟成を持って居間へと向かった。
その夜、オレとマリアはパウエル10年熟成を開けた。
オレがワイングラスにパウエル10年熟成を注ぎ、それをマリアに差し出す。マリアも同じようにワイングラスに注いで、オレに差し出してくれた。
「乾杯」
「乾杯、です!」
オレとマリアは軽くワイングラスを接触させ、パウエル10年熟成を飲んだ。
ほのかな甘みと酸味が、口の中に広がる。
「ご主人様、わたし、初めてお酒を飲みました」
「そうか。感想は?」
「とっても……甘酸っぱいけど、なんだか美味しく感じます。不思議な味です」
マリアの感想を聞き、オレは頷いた。
パウエル10年熟成を初めて飲んだ人は、みなそう感想を告げるものだ。
「マリア、もう一杯どう?」
「ありがとうございます。いただきます」
オレは空になったマリアのワイングラスに、パウエル10年熟成を注いでいく。
料理とパウエル10年熟成を味わいながら、オレとマリアの2人だけの晩酌は続いた。
「ご主人様ぁ、素敵ですぅ……」
マリアは、だいぶできあがっていた。
顔は紅くなっているし、少し呂律がおかしい。
そしていつもは一歩引いた立ち位置にいるが、今はオレのすぐ隣で、身体を押し付けてくる。
オレの右腕には、マリアが抱き着いていた。
「マリア、ちょっと飲みすぎたな」
「酔っ払っちゃいましたぁ? 申し訳ごぉざいませぇん、ご主人様ぁ~」
マリアの酔いは、先ほどよりもひどくなっている。
少し前までは、いつもより饒舌になったくらいだったはずだ。しかし、今のマリアはまるで水商売の女のようだ。
いつも身につけているメイド服が、今はコスプレ衣装にしか見えない。
普段のマリアとは、全く別の顔がそこにはあった。
「でもぉ……ご主人様もぉ~……酔っ払ってるみたいですぅ~」
「そうかもな」
オレも、少しずつ酔いが回ってきたみたいだ。
身体は熱くなってきたし、鼓動も早くなってきた。
そろそろ、お開きにしたほうがいいな。
すると、マリアがオレのワイングラスを手にした。そしてそのまま、マリアは残っていたパウエル10年熟成を飲み干してしまった。
「あっ……!」
「……ぷはぁ、ご主人様ぁ……美味しいですぅ」
マリアはワイングラスを置くと、オレの胸に顔を押し付けてきた。
「マリア、それはオレの……」
「ご主人様のぉ……? えへへ~」
どういうわけか、マリアは笑い出した。
「間接キス……しちゃいましたぁ……!」
「か、関節キスって……」
「ご主人様ぁ……!!」
マリアはオレの胸に顔を押し付けながら、ふがふがと匂いを嗅ぎ始める。
どうすれば、マリアを止められるのだろうか?
オレが困っていると、寝息が聞こえてきた。
マリアは、オレの胸に顔を押し付けたまま、眠ってしまった。
「……全く、困ったメイドだ」
オレはゆっくりと、マリアを起こさないように抱え上げた。
後片付けは、明日の朝でもいいだろう。
オレも眠くなってきたことだし、今日はもう寝よう。
オレは眠っているマリアを抱えながら、書斎へと向かった。
翌日。
オレが目を覚ますとほぼ同じ頃に、マリアも目を覚ました。
「んっ……ご主人様……?」
「あぁ、マリア。おはよう」
「おはようございます……あの、いつの間にベッドに?」
オレは昨夜のことを、マリアに話す。
マリアは覚えていなかったらしく、驚きながらオレの話を聴いていた。
「もっ、申し訳ございませんでしたっ!!」
「いやいや、滅多に見れないものが見れたから」
「――!!」
マリアは一気に、昨夜のように顔を真っ赤にする。
「酒を飲む人は、みんな一度は通る道だから」
「すいません! すぐに朝ご飯を……うっ!」
立ち上がったマリアは、頭を押さえた。
「どうした!?」
「すいません、なぜか頭痛が……」
あぁ、二日酔いだな。
オレは、代書人協会に勤めていた時の飲み会で二日酔いになったことを思い出す。
こういう時は、水分補給をするのが効果的だったな。
「マリア、飲みすぎたんだよ」
「ご主人様、頭が……」
「とりあえず、水を飲もう。さ、居間に行こう」
「申し訳ございません、ご主人様……」
オレは頭痛に苦しむマリアを居間に連れていった。
今後は、マリアの適量が分かるまでお酒は必ず一緒に飲むようにしよう。マリアがアルコール依存症になったりしたら、大変だからな。
その日、マリアは半日ほどアルコールからくる頭痛に悩まされたようだった。
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