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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第1章 
31/37

第30話 夜警

 夕方です。

 わたしは買い物を終えて、家に向かっておりました。


 家では、ご主人様が仕事をしながら待っています。

 ご主人様に美味しい夕食を提供することが、メイドであるわたしの、これからの務めです。


 いつも通る道。

 わたしは昨日までと同じように、買ったものを持って家路をたどっていました。


 しかし、そんないつも通る道が、今日ばかりは違いました。




「……?」


 わたしは通りの向こうからやってくる人影を見て、首をかしげました。


 顔は逆光でよく見えませんが、男の人が2人ほど、こちらに向かってきます。

 警察官のような制服を着ているようですが、警察官ではなさそうです。警察官が被っているような、帽子を被っていません。しかし、警棒は持っています。


 わたしの背筋に、悪寒が走りました。


 もしかしたら、救貧院の職員かもしれません。

 火事のどさくさに紛れて逃げ出したわたしを、救貧院に連れ戻しに来たのかもしれません。

 それは十分に考えられました。わたしのようにあの日に逃げ出した人は、いっぱいいます。救貧院の職員なら、どんな手を使ってでも、収容者を連れ戻しに来るかもしれません。もし捕まってしまったら、もうご主人様とは会えなくなってしまいます。

 そう考えますと、わたしは形容しがたい恐怖に支配されそうになります。


 そんなのは嫌!

 わたしはご主人様のお側に居たい!!


 わたしは、逃げ出しました。

 何度も道を変え、路地裏から路地裏へと走って逃げます。元の道からどんどん離れていきますが、今はそんなことはどうでもいいことでした。

 救貧院に連れ戻されて、ご主人様と会えなくなるくらいなら、どこまででも逃げます。


 わたしはかなりの大回りをして、家へと戻っていきました。




「ただいま、戻りました!!」

「お帰りマリア……んをっ!?」


 帰ってきたマリアを見て、オレは驚いた。

 マリアは肩で大きく息をしながら、乱れた呼吸を正していた。


「マリア、何かあったのか!?」


 オレは慌てて、マリアに問いただす。

 もしもマリアの身に何かあったとしたら、一大事だ。


 マリアの全身を確認したが、今のところ暴行を受けたような点は見受けられない。

 衣服も乱れていないし、傷やアザのようなものもない。体液をつけられた様子もないみたいだ。

 だとしたら、一体何があったのだろう?


「ご、ご主人様……!」


 マリアは声を震わせながら、ゆっくりと少しずつ、何があったのかをオレに話してくれた。




「……なるほど」


 マリアから一通り話を聞いたオレは、納得した。

 何があったのか理解したから、オレは落ち着くことができた。


「マリア、それはきっと、夜警だ」


 オレがそう云うと、マリアは首を傾げた。


「夜警……それって、なんですか?」

「夜の間、ボランティアで街の警備をしてくれる人たちのことだ」


 オレは落ち着きを取り戻したマリアに、夜警について話していく。


 夜警は、この街では珍しくない存在だ。

 夜の間だけ、交代で警察官の補佐的存在として警備をボランティアでやっている。警察官だけでは回り切れない場所を見回って、治安維持に貢献している人たちだ。軍人や警察官を経験して、退官した人が中心となっている。あくまでも警備をすることが中心で、警察官のように逮捕することはできない。

 最近は冒険者協同組合から、冒険者を雇って夜警をさせることも多くなっているらしい。冒険者の夜警は、時には軍人や警察官よりも頼りになる者が多いとして、話題にもなっているという。


「警察と同じようなものだよ。だから、心配しなくても大丈夫」

「そうだったんですね。わたし、ちょっと孤児院でのことを思い出してしまいまして……」

「そうか……」


 孤児院でのこと。

 きっと、オレには想像もつかないような辛い思いを、マリアは経験しているのだろう。


「でも、今度からは大丈夫です! ご主人様から、夜警について教えていただきましたから!」


 マリアは明るい声でそう云った。

 だが、オレにはマリアがどこか無理して笑顔を作っているように見えた。

 オレが夜警について先に話しておけば、怖い思いをしなくて済んだのかもしれない。


 ごめんな、マリア。


 オレは心の中で、マリアに謝罪した。




 そんなことがあってから数日後。

 オレはアルタイルと、いつものカフェで打ち合わせをしていた。


「はい、今回の原稿も確かにお預かりいたしました」


 アルタイルが、原稿のチェックを終えて、そう云った。

 原稿用紙を封筒に戻す様子を眺めながら、オレはコーヒーを飲む。今回の原稿も、修正や書き直しをお願いされることもなく、無事に引き渡しできそうだ。これで原稿料も入ってくる。

 今月は書類作成の依頼も多かったし、原稿料も合わせると、まぁまぁいい収入になる。ちょっとくらい、贅沢しても大丈夫だろう。

 純利益がいくらになるか、想像するだけでワクワクしてくる。


 オレがニヤつきそうになったその時、アルタイルが口を開いた。


「そういえば、あまりいい話題ではないんですが……」

「ん? どうしたんだ?」

「いえ、私も最近耳にしたんですが……最近、偽物の夜警が出没しているそうなんですよ」


 偽物の夜警。

 その話を聞いたオレは、耳を疑った。


 偽の警官でもシャレにならないというのに、偽の夜警まで出てきてしまうとは。

 オレは呆れつつも、話の続きを聞きたくなった。


「詳しく」

「はい。……とはいいましても、私も噂程度でしか知らないのですが……」

「それでも構わない」

「それでは、お話ししましょう」


 アルタイルはコーヒーを一口飲むと、話してくれた。


「夜警のフリをして、誘拐や暴行を行う連中。それが偽物の夜警です。見た目は夜警の制服を着ていますので、パッと見て判別するのは難しいのですが、彼らには夜警にはないある特徴があります」

「その特徴とは?」

「夜警は全員、夜警であることを証明するバッヂをつけています。しかし、偽物の夜警はバッヂをつけていないんです。夜警のバッヂはたとえ元警察官だとしても、登録していない人には配布されませんし、横流しをした場合には罰金と懲役刑の両方が科せられるという厳しい刑罰があります。なのでバッヂをつけているか否かで、夜警か偽物の夜警かを判別することができます」

「そうか。それなら安心だな」

「しかし、夜警は夜に活動します。灯りの少ない中で夜警か否かを見分けるのは難しいと思いますし、私が聞いた話もあくまで噂話程度なので、どこまで本当なのか分かりません」


 安心しかけていたオレに、アルタイルがそう云った。

 そうだ、油断はできない。アルタイルは情報をくれたが、これは確定した情報ではない。噂話と同じだ。それだけを聞いて判断するのは、危険極まりない。

 オレは自分を落ち着かせようと、コーヒーを一口飲んだ。先ほどよりも、苦味が強く感じられた。


「ありがとう。マリアにも、伝えておくか」

「そうですね。私も雑役女中のデネブに伝えておきます。夜の外出はしばらく控えるようにって」


 アルタイルはそう云うと、会計を済ませて席を立った。

 オレも席を立ち、事務所へと戻ることにした。




 夕食を終えた頃、マリアが声を上げた。


「あぁっ、大変!」

「マリア、どうかしたのか?」

「ベーコンが、もう無くなってしまいました!」


 マリアが持ってきたのは、わずかな切れ端ほどのベーコンだった。

 これでは、明日の朝食には全然足りないだろう。


「わたし、今からでも買いに行ってきます!」


 やっぱり、そう云うと思った。

 マリアの言葉に、オレはすぐに口を開いた。


「よし、それならオレも一緒に行こう!」

「ご主人様!?」


 マリアがオレの言葉に驚いたようだ。


「最近、偽物の夜警が出没しているらしいから、念のためにな」

「ご主人様、大丈夫ですよ! ベーコンを買ったら、すぐに戻ってきますので!」

「それに前回、卵を買いに行ったら迷子になっちゃったからな」

「ーー!!」


 マリアは顔を真っ赤にしてしまう。

 そんなマリアと共に、オレは夜の街へと繰り出した。




 オレとマリアは夜の街を歩き、開いている商店を見つけ、そこでベーコンブロックを購入した。

 とりあえず、これで明日の朝食で使うベーコンは確保できた。

 後は、家に帰るだけだな。


「まだ残っていて、良かったなぁ」

「はい! これでもう、買い残したものはありません!」


 マリアは嬉しそうに、ベーコンブロックが入った買い物かごを手にしている。

 今回は、マリアが迷ったりすることは無い。オレが隣に居るからだ。

 オレまで迷ってしまったら、末代まで笑われてしまうだろう。


 そんなことを考えながら2ブロックほど進むと、2人組の夜警がランタンを持ってやってきた。


「どうも、こんばんわ」


 夜警の1人が、オレたちに挨拶をしてくる。


「こ、こんばんわ」


 マリアが挨拶を返した。


「こんな夜遅くに、どうしたのですか?」

「買い忘れたものを買いに来まして、その帰りです」


 夜警からの質問に、マリアはそう答えた。

 オレは夜警が出してくる質問に、どこか違和感を覚えていた。ずいぶんと話好きの夜警だな。

 仕事の最中だというのに、いいのか?


「これから、家にお帰りで?」

「はい。そうですが……?」


 マリアが夜警とのやり取りをしている時に、オレはふと夜警の制服を見た。

 そしてその時、オレはアルタイルの言葉を思い出した。


「そうですか。では――」

「――!!」


 ヤバい!!

 こいつらは夜警じゃない。


 制服の胸の位置にあるはずの、夜警のバッヂがない!!

 夜警のバッヂが無いということは、もう疑いようがない!


 こいつらは、偽物の夜警だ!


「マリア、危ない――!!」


 夜警が警棒を振り上げたのを見て、オレは反射的に身体が動き、マリアと夜警の間に入った。


 ボコンッ。


 鈍い音がして、オレの頭に激痛が走った。

 警棒で殴られたオレは、額から何か生温かいものが流れていくのが分かった。

 すぐに自分の血だと悟った。


「ご主人様!!」

「チッ!」


 偽物の夜警が、舌打ちをする。

 狙いはマリアだったのか!


「邪魔しやがって!」

「おい、さっさとあのメイドを確保しろ! かなりの上玉だぞ!」


 マリアをさらっていくつもりだ。

 しかし、そんなことをさせてなるものか!


 オレは痛みを忘れて、マリアに怒鳴った。


「マリア、逃げろ!!」


 そして目の前に居る2人の偽物の夜警を、睨みつけた。

 マリアが逃げるための時間稼ぎは、オレの役目だ。


「あんたには、消えてもらう」

「それはこっちのセリフだ」


 オレは口元まで垂れてきた血を舐め、夜警に襲い掛かった。




「はぁ……はぁ……」

「どうした、もう終わりか?」


 オレは肩で息をしながら、夜警をにらんでいた。

 2人の偽物の夜警を相手に乱闘をしていたが、オレは満身創痍になりかけていた。

 すでに服は汚れ、額からだけじゃなく、口元からも血が流れている。


 元々、オレは喧嘩慣れしているわけじゃない。

 身体を鍛えているわけでもない。

 むしろそういったこととは、無縁で生きてきた。


 だからこそ、こういう場面では非力そのものだ。


 しかし、マリアを逃がすことには成功した。

 あとはオレも逃げるだけだ。


「逃げられると、思ってないよなぁ?」


 夜警の1人が、警棒を手に、オレを見下ろしてくる。

 このまま大人しく解放してくれるわけ、ないよなぁ。


 だが、オレはまだ諦める気は無い。

 切り札というものは、最後の最後まで取っておくものだ。


「邪魔しやがって!!」


 ボコンッ。

 再びオレは、警棒で殴られる。


「あのメイドをよこせば、お前に用は無ェ!!」

「さっさとくたばれや!!」


 警棒で殴られるだけではなく、蹴りも食らった。

 腹を蹴られたオレは、胃液を吐きかけるが、なんとか堪えた。


「誰が……マリアを渡すかよ……!」

「あぁあ!!?」

「てめぇらのような……ゴミムシ以下の奴に……なびく女がいるか……!!」

「こ、この……!!」


 グシャッ。

 その音がして、オレは路地に全身をぶつける。


 真っ正面から、ぶん殴られた。


「言いたい放題、言ってくれたじゃねぇか!」

「殺っちまうぞ! さっさとしないと、警察が来る!」

「ようし、死にやがれ!!」


 ようし、そろそろ使うか。

 オレは痛みを堪えながら、懐に右手を入れた。


「……死ぬのは、テメェらだ!!」

「!!?」


 オレは叫ぶと、コルト・ローマンを取り出して、偽物の夜警2人に銃口を向けた。

 さすがに拳銃が出てくるとは、思ってもいなかったらしい。

 今ここでオレが引き金を引いたら、確実にどちらかに弾丸は命中するはずだ。そしてコルト・ローマンに装填されている弾丸は、強力な357マグナム弾。偽物の夜警2人の命を奪うことなど、朝飯前だ。


「オレを殺すなら、まずはこいつが相手だ! 来やがれ!!」


 偽物の夜警を挑発するが、さすがに襲い掛かってこない。

 夜とはいえ、至近距離で拳銃を向けられて無事で済むとは思っていないらしい。


 このまま、逃げ出してくれるといいんだが……。


 そのときだった。



 ピリピリピリ!!



 警笛の音が、路地に鳴り響いた。


「止まれ! 武器を捨てろ!!」


 警察官が2人、ランタンを手にしてやってきた。

 偽物の夜警はそれを目にして、顔を引きつらせていた。


「手を挙げろ! さもないと発砲する!!」


 警察官は拳銃を手に、偽物の夜警に命令する。

 その命令に従い、偽物の夜警は警棒を地面に落として両手を上げた。


 どうやら、オレは助かったみたいだな。

 オレはコルト・ローマンを懐に戻すと、ゆっくりとその場に座り込んだ。


 なんだか、眠くなってきたな。

 少しだけ、寝させてもらおう……。


「ご主人様!!」


 どこからか、マリアの声が聞こえてくる。

 そうか。マリアが警察を呼んでくれたのか。


「マリア……ありがとう」


 オレはそのまま、意識を失った。




 目を覚ました時、オレは病室のベッドに寝かされていた。

 ベッドの横には、マリアと白衣を着た医者らしき男が立っていた。


 医者とマリアからの話によると、オレは偽物の夜警が逮捕された直後、この病院に運ばれたらしい。

 幸いにも傷は大したことは無かったが、疲労で眠ってしまったのだとか。

 そしてオレがベッドで眠っている間、マリアはオレの側から一度も動かなかったと。


 とりあえず、傷が大したことなくてよかった。

 これで明日から、また仕事ができそうだ。


 オレは小切手で治療費を支払い、マリアと共に病院を後にした。


 この医療費の領収書、控除に使えるだろうか?




「いてて……」

「ご主人様、大丈夫ですか?」


 事務所に戻ってきたが、傷口はどういうわけか痛んできた。

 医療費の明細書を見て分かったが、どうやら麻酔を打たれていたらしい。この痛みは、麻酔が切れてきたから出てきたのだろう。


「ご主人様、申し訳ございません」


 どういうわけか、マリアが謝ってきた。

 オレが戸惑っていると、マリアはオレの手にできた傷を優しく撫でてくる。


「わたしが身代わりになっていましたら、ご主人様は……!」


 マリアは、自分に罪悪感を抱いているらしい。

 しかし、そんなものを抱く必要はない。


「マリア、気にすることは無い」


 オレは穏やかな口調で、マリアにそう云う。


「マリアは、オレにとって大切な使用人だ。マリアだけでも無事で、本当によかったよ」

「ですが……ご主人様は傷だらけに……!」

「大丈夫だ。幸いにも、傷は深くは無い。今は痛むかもしれないが、じきによくなるだろう。すぐに退院できたということは、大した傷じゃなかったということだ。心配しなくても大丈夫だよ」


 オレがそう云うと、マリアは涙目になった。


「ご主人様……」


 マリアはポロポロと涙を流しながら、オレの傷を撫で続ける。

 少しくすぐったいが、まぁ痛むわけじゃないし、しばらくこのままにしておこう。




 オレはマリアにあちこちの傷を撫でられながら、その日が終わっていくのを見届けた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、9月2日の21時を予定しております。

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