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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第1章 
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第28話 役所

 オレはマリアと共に、役所にやってきた。

 役所にマリアと共に足を踏み入れるのは、マリアを使用人として登録した時以来だ。


 役所は、オレが仕事でよく訪れる場所の1つだ。

 代書人として申請書や証明書などを作成する場合には、元となる資料が必要になることが多々ある。それらの資料は依頼人から借り受けたり、又は譲ってもらうことがほとんどだ。申請書や証明書の作成に必要不可欠なだけではない。提出代行まで依頼を受けた場合には、それらも証明書に付属する書類として共に提出することもある。

 そして資料を貰えるのは、役所でも同じだ。役所には手続きのために必要な情報や、資料を備えていることもあるものだ。街の統計など、役所でないと手に入らないような情報や資料もある。


 今回役所にやってきた理由は……ある意味仕事だ。


「ご主人様、どうして私も一緒じゃないとダメなんですか?」


 マリアがオレに訊いてくる。

 ここに来るまでの間、オレはマリアになぜ一緒に役所に行くのか、その理由を話していなかった。


「……確かに、そう思うのも無理はないな」


 オレが手にしている書類は、依頼主から依頼された書類ばかりだった。

 作成と提出代行の仕事を終えた今、後はこの書類を依頼主に手渡すだけとなった。

 しかし、それは事務所兼自宅に戻る途中にある、郵便局でできる。マリアに持って行かせるにしても、使用人が持って来た封筒を受け取るような依頼人はほとんどいない。

 マリアの出る幕など、今はないと云っても過言ではないだろう。


 しかし、オレはどうしてもマリアを連れてこなくてはいけない理由があった。


「だけど、マリアには大切な仕事があるんだ」

「大切な仕事……ですか?」


 オレの言葉を、復唱するマリア。

 自分がなぜ大切な仕事を任されるのか、理解できないといった表情をしている。


 そろそろ、何をするのか話しておかないといけないな。


「マリアの大切な仕事というのは……これだ!」


 オレはマリアに、1枚の書類を見せる。

 書類は『使用人近況報告書』だった。




 使用人近況報告書というものについて、少し説明をしておかないといけないだろう。


 使用人近況報告書は、使用人を雇っている雇用主が作成しないといけない書類の一種だ。

 雇用主が作成するとはいうものの、実際に書類に記入するのは使用人。メイドが書く決まりになっている。


 この書類は、代筆による記入は一切認められていない。それがどんな書類の作成も認められている、代書人であってもだ。

 オレは代書人だが、この書類だけは作成できない。

 作成できるのは、使用人だけだ。


「これを書いて、役所に提出しないといけないんだ」

「あの……ご主人様は、代書人ですよね?」

「そう、代書人だ。だけど、この書類は代書人では作成が認められていない。使用人本人の直筆でないといけないんだ」

「そうだったんですか……」


 マリアが納得したらしく、頷いた。


「マリア、確認だけど読み書きはできるよね?」

「はい」


 オレの問いに、マリアは怒ったりせず素直に答えた。


「よし。それじゃあこれを、書いてほしい」


 オレはそう云って、マリアに使用人近況報告書を手渡した。

 マリアが受け取ると、オレは紙から手を離した。


「あそこの記入スペースで書こう。書き終えたら、使用人担当窓口まで一緒に持っていこう。提出に立ち会うことは、代書人は認められているんだ」

「はい!」

「万年筆は、オレのものを使ってくれ」


 オレがマリアに万年筆を手渡すと、マリアはすぐに記入スペースに移動してイスに座り、使用人近況報告書を書きだした。

 マリアが使用人近況報告書を書いている間に、オレは向かい側に座って書き終えるのを待ちながら、次の雑誌に載せるコラムの内容を考えることにした。




 コラムの内容は、なかなか思いつかなかった。


 オレは腕を組み、なんとかしていいコラムの内容をひねり出そうとするが、一向に出てくる気配がない。

 次の締め切りもあるというのに、どうしてこういう時に限って出てこないのか。

 焦りを感じ始め、それが少しずつイライラへと変化していく。

 あまりよくない兆候だ。


 そんな気持ちになり始めた時、マリアが声をかけてきた。


「ご主人様、いかがなされました?」

「……あっ、マリア?」

「ご主人様、なんだかお役人さんみたいでした」


 役人みたいだった?

 それは一体どういう意味だろうか?


 オレは役所のカウンターの奥に座っている、スーツ姿の役人たちを見た。

 その中には、難しそうな顔をして唸っているような人が居る。


 オレは、マリアの云っていることが分かった。


「カウンターの中で難しい顔をしているお役人さんみたいで、なんだかご主人様ではないように見えました。すいません、不快な思いをさせてしまいまして……」

「いや、オレも悪かった」


 マリアに謝ると、マリアはオレにこう云ってくれた。


「ご主人様、私でよければ、愚痴でもなんでも遠慮せず言ってください。私には、それくらいしかできませんから……」

「マリア……ありがとう」


 歳が大して変わらないはずのマリアだが、この時はマリアが魅力的な女性に見えた。

 マリアが、使用人じゃなかったら……。

 オレはありもしないことを、考え始めていたことに気づき、慌ててその考えを消し去った。




 マリアが使用人近況報告書を書き終えると、オレはマリアと共にそれを窓口へと持っていった。

 マリアがカウンターで提出する横で、オレがそれに立ち会う。


 万が一、オレとマリアの関係を聞かれたときは、ご主人様ではなく代書人と云うつもりだった。

 しかしそのようなことは起こらず、使用人近況報告書は無事に受理された。


 転写になっていた控えにも受理印を貰い、オレとマリアは役所を後にした。




 帰る途中、オレはマリアのことを考えていた。


「私でよければ、愚痴でもなんでも遠慮せず言ってください。私には、それくらいしかできませんから……」


 マリアの言葉が、オレの頭の中でぐるぐる回っている。

 確かに愚痴でもなんでも云えるのなら、オレとしてはどんなに気が楽だろう。そういう人がいるのは、助かる。どこにも吐き出せない気持ちを吐き出せる相手がいるのは、本当にいいい。


 だが、オレはそんなことはしたくなかった。


 マリアの前では、絶対に弱音などは吐きたくない。

 オレはマリアを守る立場にある。守らなくちゃいけない存在であるマリアの前で、弱い自分を見せるのは絶対にダメだ。

 マリアに不安を与えてしまうかもしれないし、頼りないご主人様と思われてしまうかもしれない。


 そんな時、オレの頭の中でひらめきが起こった。


「そうだ!」

「えっ、なんですか?」


 マリアが驚いて訊いてくるが、オレはすぐにメモ帳と万年筆を取り出した。

 そして思いついたことを、メモ帳に書き落としていく。


「あの……ご主人様?」

「マリア、次の原稿もなんとかいけそうだ!」

「……?」


 オレの言葉に、マリアは首をかしげる。

 そんなマリアをよそに、オレは頭の中で原稿の内容を練り始めていた。




 次のタイトルは「メイドの使用人であるということ」で決定だ!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、8月31日の21時を予定しております。

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