第26話 夜中の仕事
わたしは今日の仕事を全て終え、使用人部屋に向かっていました。
今日もよく働いたと思います。
ご主人様は、わたしよりも先にお休みになられました。
これは、いつものことです。
ご主人様は、わたしよりもずっと多くの仕事をしています。
わたしが来る前までは、家事もご自身で全てこなされていました。
それに比べたら、わたしがやっていることくらいどうってことはありません。
さて、わたしもそろそろ眠ります。
明日も早くに起きて、ご主人様の朝食の準備をしないといけません。
わたしは廊下を進んでいきました。
もう少しで使用人部屋に辿り着くころでした。
「……?」
書斎から、灯りが漏れていました。
ご主人様が寝ているのは、書斎です。
ご主人様は書斎を自分の部屋にしておりまして、書斎に置かれたベッドで毎晩お休みになられます。
しかし、もうご主人様はお休みになられました。
寝ていることは、間違いないはずです。
それなのに、灯りが漏れているのはどういうことでしょうか?
「まさか……!」
単なる消し忘れじゃないかと思いましたが、わたしは泥棒が入ったのかもしれないとも思いました。
泥棒だとしたら、大変です!
物を盗まれるだけならまだしも、ご主人様に万が一のことがあったりしたら、取り返しのつかないことになるかもしれません!
わたしは使用人部屋に入って、箒を手にしますと、再び書斎の前まで戻ってきました。
もしも泥棒なら、ご主人様に何かある前になんとしても追い出さないといけません。
わたしはそっと、書斎に足を踏み入れました。
「マリア?」
書斎に足を踏み入れたわたしは、その場で立ち止まってしまいました。
先に寝たはずのご主人様が、まだ起きていました。
ご主人様は机の前に座っていまして、手には一冊の本を持っています。
何か調べ物をしていたらしく、本は分厚い辞書でした。
「マリア、どうかしたのか? 箒なんか持って」
「ご主人様……もうお休みになられたのでは……?」
わたしは箒を立てかけ、ご主人様に歩み寄ります。
「読書をしていたのですか? もしお邪魔をしてしまったのでしたら、申し訳ございません」
「いや、オレがやっていたのは、これだ」
ご主人様が、机の上に目を向けます。
わたしはご主人様の後ろから、机の上を見ました。
そこには原稿用紙があり、何かの原稿が書きかけのままになっていました。
「雑誌に連載を持っているから、その原稿を書いていたんだ。いわゆる副業だ」
「すごいです! ご主人様!」
わたしは思わずそう云いました。
昼間にも仕事をしていて、夜にも別の仕事をしていたなんて。
「何を書いているんですか?」
「雑誌に載せるコラムの原稿。そしてこっちが、趣味で書いている小説だ」
「小説を書けるなんて、ご主人様は本当にすごいです!!」
わたしの知らないご主人様の一面を見ることができて、わたしは興奮していました。
「ありがとう。今夜は妙に筆が乗るから、もう少し書いてから寝ようと思っているんだ。マリアは、先に寝てていいよ」
ご主人様はそう云ってくれました。
わたしのことを気遣ってくれていることが、よく分かります。
嬉しいです。
でも、わたしはもっとやりたいことが見つかりました。
「ご主人様、お腹空きませんか?」
夕食を召し上がられてから、もう3時間は経っているはずです。
そろそろ、お腹が空いてくる頃のはずです。
「いや、オレは大丈夫――」
そう云いかけたご主人様でしたが、ご主人様のお腹が鳴ってしまいました。
口では遠慮されていましたが、身体は正直そのものです。
わたしは思わず、クスッとしてしまいました。
「何か、軽い食事を作ってきますね」
「……頼む」
「はいっ!」
ご主人様が顔を紅くしながら云った言葉に、わたしは元気よく返事をします。
そして書斎を出ると、わたしは台所に向かっていきました。
「ご主人様、どうぞ」
わたしはしばらくしてから、卵スープを作って戻ってきました。
夜も遅いので、翌朝の朝食に影響が出にくいよう、マグカップ1杯分だけの量を作りました。
「ありがとう、マリア」
湯気が立ち上る卵スープを受け取ったご主人様は、ゆっくりと卵スープを飲んでいきます。
そして一口だけ飲みますと、マグカップを置いて一息つきました。
「うん、美味しい」
「ありがとうございます」
時計を見ますと、すでに夜中を過ぎていました。
しかし、ご主人様はまだまだ眠りそうにありません。
「よしっ、もうひと頑張りだ!」
ご主人様はそう云って、再び原稿用紙に向き直ります。
そして再び、原稿用紙に万年筆を走らせ始めました。
わたしは書斎に居て、そのままご主人様の執筆作業を見守り続けました。
そして、時計の針が夜の1時を過ぎたころでした。
「よし、完成だ!」
卵スープを飲みながら執筆を進めていたご主人様が、そう云って万年筆を置きました。
「ご主人様、どうしたのですか?」
「原稿が書きあがった!」
ご主人様は満足そうに、完成したという原稿を見つめていました。
「それは良かったです」
「マリア、美味しい夜食をありがとう」
すると、ご主人様はわたしに向き直りました。
突然のことに、わたしは少々驚きます。
「マリアの夜食のおかげで、原稿がはかどった。おかげで早くに原稿が完成したよ。ありがとう」
ご主人様から感謝の言葉を受けたわたしは、身体が熱くなってきました。
なんだか、わたしまでスープを飲んだかのようです。
「お、お役に立てて……嬉しいです!」
不思議と、尻尾が左右にブンブンと振れてしまいます。
ご主人様から感謝されると、本当に嬉しくなってしまいます。
しかしその時、わたしの口から大きなあくびが出てしまいました。
思えば、もう夜の1時過ぎ。
いつもならぐっすりと眠っている時間です。
「あっ……すみません。はしたないところを……」
わたしはそう云いましたが、ご主人様は気にしていないようでした。
「いや、もう眠くても仕方がない時間だ。オレも、そろそろ寝るとするか」
「それでは、着替えを持ってきますね」
動き出そうとしたわたしを、ご主人様が呼び止めました。
「いや、いいよ。もう遅いから、今日はこのまま寝よう」
「そうですか。それでは、わたしも――」
「マリア、良かったら一緒に寝るか?」
そう云われて、わたしはビックリしてご主人様を見ました。
ご主人様から以前、一緒に寝たいときは一声かけてからと云われていましたが、ご主人様から一緒に寝たいと云われたことは、初めてです。
わたしはご主人様と一緒に寝ている姿を想像してしまい、顔を紅くしてしまいます。
「あっ……ごめん。ちょっと云い過ぎた」
「いえ……ご一緒させてください」
わたしがそう云いますと、ご主人様は目を丸くしていましたが、すぐに頷いてくれました。
灯りを消しまして、わたしはご主人様と一緒のベッドに入ります。
ご主人様が隣で横になっている現実に、わたしの胸はドキドキしてしまいます。
「お休み、マリア」
「はい、おやすみなさいませ、ご主人様」
わたしはご主人様の言葉にそう返しまして、そっとまぶたを閉じました。
その日の夜は、いつもよりもぐっすり眠れました。
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次回更新は、8月29日の21時を予定しております。





