答え
僕の通っていた教習所は、年末年始は休みの為、年内に卒業するには12月28日までに卒業する必要があった。2段階の初めの内は年内の卒業を諦めていた。車に興味のない僕が補講なしで順調に教習を進められるとは思えなかった。実際何回か補講にはなったし、予約を入れたくても入れられないことも多かった。それでも何とか無理して12月26日に卒業できたのは、尊敬する人に『自分が卒業したこと』を年内に伝えておきたかったから。あえて記載するのであれば、一応他にも理由があり、2017年12月29日に放送された『よゐこの無人島0円生活』をなんのしがらみもない状態で見たかったから、無理して頑張った。
斯くして、なんとかギリギリで教習所を卒業できたのは良いものの、体は限界に近付いていた。一番疲労の影響が現れたのは眼だ。元々視力は低いほうだったが、卒業してからは全然見えなくなった(嫌なことが終わったと、調子に乗ってモンハンをやり過ぎた所為でもあるが)。
免許を取る時は視力検査を受けなければならない。ここで落ちたらもう一度運転試験場を訪れなければならない。とはいえ、普段は全く見えない訳ではないので、本試験の為にわざわざ新しいメガネを買いに行くのは気が引けた。どの道年末年始は運転免許試験場も休みなので、本試験を受けるのは年が明けてからにすると決める。
教習所を卒業してから本試験を受けるまでには大分時間がある。その間に学科試験の勉強をしておけば良い。安易にそう考えていたが、勉強する気が失せてしまう出来事が年末に起きる。
詳しいことは記載しないが、近所で喧嘩があった。その喧嘩している人が車を運転しているのを見て『あんな人間でも免許が取れるなら、自分は勉強しなくても落ちる筈がない』と思うようになってしまった。僕の中に妙な自信があったのは、2段階の学科試験を受ける前に必死に勉強して、内容はほぼ全て頭に入っていると確信していたからというのもあるのだが、我ながらこういう変なプライドを持っているところがもの凄く馬鹿だと思う。結局ほとんど勉強しないまま本試験を受ける日を迎える(さすがに前日は3時間ほど勉強したが)。
2018年1月9日。そろそろ試験場も空いてきただろうと、この日に本試験を受けることにした。当日は午前の4時半頃に起床。特に緊張していた訳ではない筈だが、眠りが浅いので起きてしまった。午前6時半くらいになるまでは教本読んだり、まとめサイトを覗いたりして時間を潰し、午前7時に運転試験場へと出発。最寄りの駅で電車に乗り、そこから1時間ほどかけて移動。目的地の近くまで来たところで電車から降りて、歩いて運転試験場へ。
学科試験の受付は午前8時半からと公式ホームページに書いてあったが、僕が試験場に着いた時間(午前8時35分)よりずっと前から既に受付は始まっているように見えた。また騙されたのかと多少の不満はあったものの、文句を言っても始まらないのでさっさと受付を済ませて試験室へと向かう(ちなみに受付時に行った視力検査は例によって最後の『C』が見えづらくて危うく帰されるところだった)。
縦に広い試験室には既に50人ほど受験生が待機していて、僕も渡された受験番号と同じ番号が記載されている席に座る。それから30分ほど待っただろうか。教本をだらだら読んでたところで試験官が部屋に入って来て、注意事項等の説明が始まる。
学科試験はマークシート方式。鉛筆を持っていない人は前に来てね~とか試験官が言ってたけど、僕の席は一番後ろから一つ前。この縦に長い試験室の前まで鉛筆一本の為だけに行くのが面倒だったので、僕は自前のものを使用した。しかし、僕が持っていた鉛筆はどれも先が丸っこくなっていたので、持ち前の慎重すぎる性格と相まって、一つ一つの解答欄を塗りつぶすのに異様に時間がかかる。いつも学科試験の勉強に活用していた『MUSASI』なら95問解くのに15分あれば十分だったが、本試験では半分解くのに30分近くかかる。さすがにこのままでは解答が間に合わなくなると思ったので、後半はペースを上げたものの、ろくに見直しできないまま試験終了。結果は1時間後の午前11時半に1号館の受付上部の電光掲示板にて発表。僕は教習所を卒業していたので、技能試験は免除され、他に試験はなし。見直しができなかったのが心残りだが、自己採点では90点は確実だったので自分が落ちるイメージは全くなかった。
学科試験が終わった後は、空き時間が長い為、どうやって時間を潰すか悩む。なにせ場内のイスは他の人がみんな座っているから立っているしかない。しかし、ただぼけーっと突っ立っているのも馬鹿らしいので、僕は外に出て試験場の入口付近にある石段に腰を下ろして結果発表の時間が来るのを待つことにした。したのだが、この日は結構風が強くて外は寒い。試験場を訪れる人たちに『こいつ頭のおかしい奴』みたいな目で見られるのも次第にうんざりしてくる。そろそろ戻ろうかなと思ったところで、献血の呼びかけをしているおばちゃんたちの声が気になり始める。
こんな寒い日に外で仕事なんて大変だろうな。
初めにここに来た時も、試験場の1号館の入口あたりでおばちゃんが献血の呼びかけをしていた。学科試験が終わってから近くでずっとその様子を見ていたが、献血に協力する人は誰もいない。なんだかおばちゃんたちが可哀想に見えてきて、僕は思い切って献血を受けることにした。
最初は質問表に必要事項を記入していき、献血しても大丈夫だと判断されたら、近くの献血ルームへと移動する。わかっていたことだが、献血ルームにはスタッフを除けばほとんど人がいなかった。
献血ルームで荷物をロッカーにしまいながら、僕は疑問に思う。どうしてこんなに人が少ないんだと。答えはすぐに思い浮かんだ。
そういえば『献血しているのを見られるのは恥ずかしい』みたいな書き込みを前にネットで見たことがあったな。ここらの連中も人目を気にして受けないでいるのかな。
なんでもその手の連中の考えだと『6ヶ月の間に複数の相手、あるいは新たな相手と性的接触があった場合は献血できないので、献血する人は非モテであることを露呈しているようなもの』だとか。僕は幼い頃入院生活を送っていた時期があるので、そんな下らないことで献血を躊躇うことはないが、気にする人は気にするらしい(僕からすればどっちもどっちだ)。
僕は献血をするのが初めてだったので、登録したり血液型を調べたりで意外と時間がかかる。スタッフさん曰く『今採血まですると、午前11時半の結果発表に間に合わなくなる』そうなので、登録まで進めて一度試験場に戻ることに。
献血ルームから1号館に着いた時、ちょうど『結果発表を行います』と館内放送が流れていた。大勢の受験者が電光掲示板前に待機する中、いよいよ発表。結果は合格だった。近くでガッツポーズで喜んでいる男の子がいたが、僕は嬉しさよりも、やっと全てが終わったんだなという解放感しかなかった。
その後、合格者は受付の近くの教室に集められ『合格おめでとう』とか『交通安全協会に入りませんか』とか言われて、写真を撮影する為に別の建物に移動する。ここで、待ち時間に今回の試験で何点だったのか知ることができるのだが、僕の点数は100点満点中99点だった。満点取れないのが僕らしい(ちなみに間違えたのは『上り急勾配あり』の標識の問題)。
別館にて職員の準備が整ったところで、1人ずつ名前を呼ばれて免許証に使う顔写真を撮影していく。これがやたらペースが早い。事前にネット情報で『顎は引いとけ!』という話を目にしていたので、自分の番が来た時に顎だけは意識したが、カメラの前のイスに座ってすぐに撮影は終了。
えぇ?こんだけかよ。
この後は手数料だかなんだかを払い、午後2時半の免許証交付まで時間があるので再び献血ルームへ。ようやく一息つくことができる。いつの間にやら混雑していた為、暫し待機。スタッフに名前を呼ばれた後、採血開始。テレビ(ヒ◯ナンデス)を見ながらスポーツドリンクを飲んで、終わるのを待つ。しばらくして採血も終わり、スタッフに押し切られる形で『献血クラブ』とやらに入会する(ちなみにこの時、献血協力のお礼として『あきたこまち』と『けんけつちゃん仕様のミンティア ワイルド&クール』、それから無駄にでかいカレンダーをいただいた)。
献血ルームを出てからは、免許証の交付窓口がある2号館で待機。交付の時間が来るまでスマホゲーム(LINEポコポコ)で時間を潰す。午後2時半になると館内放送が流れて、窓口で免許証の交付が開始される。されるのだが、人が多過ぎて列に並ぶことすらままならない。多くの人が我先にと自分のことしか考えていないから、列で通路が完全に塞がる。こういうことに気を配れない人間が車を運転してるから嫌なんだよなとか思いながら、列から少し離れて空いて来るのを待つ。この時、僕としては列から離れていたつもりだったのだが、わざわざ僕の後ろに並び、順番を譲ってくれた人が数人いて、めちゃくちゃ黒い感情が心の内で渦巻いている中での不意打ちに、有難いやら申し訳ないやら複雑な気持になる。
しばらくすると、自分の番が回ってきて、いよいよ自分の免許証を拝む時。拝んだ感想としては、顔写真は悪くはないけど良くもない。
こうして全ての過程が終わり、免許証を手にすることができた。
やっとこれで、車のことを考えずに済む。
深いため息を吐いて、僕は試験場を後にした。
帰りの電車内、怖くて覗けなかったメールの受信ボックスを開いてみるも、尊敬する人からのメールは来ていなかった。
やっぱり、嫌われてしまったのかな。
免許を取ろうと思った一番の理由は、尊敬する人の気持を理解したかったから。しかし、僕はこうして免許を取った後でも、とうとうその答えに辿り着くことはできなかった。