表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/38

卒業検定

 2017年12月26日。ついに卒業検定を受ける時がきた。この時が来るのをどれだけ心待ちにしていただろう。一度は逃げ出してしまいたいと思った。ATコースに変えようかと思ったこともある。しかし、付き纏う迷いは断ち切り、最初に決めた一本の道を突き進み、ゴールはもう目の前。ここで決めれば二度とこの教習所を見ることはない。そう考えると、出発前から気分が高揚した。

 検定開始時間は例によって中途半端な時間の為、この日は検定開始2時間程前に家を出た。ここのところはスクールバスには乗らず、歩きで教習所に通っていた。片道1時間近くかけてわざわざ歩いていた理由は、路上を走っている車を観察する為。路上に目を向けていると、如何に交通ルールが守られていないかが分かる。追い越し車線は当たり前のように車が走っているし、横断歩道を渡っている途中でも平然と突っ込んでくる車もいる。こういう情報は自分が免許を取って路上を運転する時に役に立つ。だからこそ、わざわざ疲れる思いをして歩きで通っていた。しかし、実を言うと大部分の理由は他にある。スクールバスで通うと、バスの運転手さんや受付の面倒臭い絡みをしてくるおっちゃんと話さないといけなくなる。それが嫌だったのだ。

 そんなこともあって、家を出てから約1時間後に徒歩で教習所に到着。修了検定の時のように、待ち時間はスマホで『卒業検定の流れ』を調べる。その後、スマホゲーム(LINEポコポコ)で時間を潰していたところで、所内に放送で『卒業検定を受ける人は第3教室に~』と流れたので、第3教室へと移動する。

 いよいよだな。

 一番前の空いている席に座り、周囲にちらと目を向ける。見たところ集まった人数は20人ほど。後から来た教官の指示で、受験者は全員受験番号順に着席する。まずは教官から検定中の注意事項の説明。次にこの日担当の教官が個別に地図を見せながら検定で走るコースを説明していく。僕は受験番号2番だった為、説明を受けるのは受験番号1番の18歳くらいの男の子の後。自分の番が来る前に、1番君が渡された地図を後ろから見てみると、地図にはコース3と記載されていた。

 あちゃ~コース3か。可哀想に。

 コース3は路上教習で走るコースの中で一番難しい。1番君、災難だったねと思っていると、僕の番に。

 続けて同じところを走るってのはないだろうから、コース1か2だろうな。これはもらったな。

 完全に安心し切っていたところ、僕が渡された地図にはコース4の文字が。

 えぇ!?コース4なんて知らねー!とめちゃくちゃ焦ったところでネタばらし。コース3はコース2の前半を表し、コース4はコース2の後半を表すそうだ。なら最初からそう書いとけよ!

 無駄に焦らされた後、他の人の説明も終わり、検定開始時間に。まず1番君と僕が呼び出され、担当教官のおばちゃんが検定用の車を移動させるまで教習所の入口で待機することに。この間1番君が『緊張しますね』とか声かけてきたけど、僕の苦手なちゃらい感じの子だったので適当に答えて少し距離を置く。話しかけてきたのは多分、僕が童顔だから同い歳くらいに見えたのだと思う。

 威張るつもりはないが、俺は君より7年も生きているのだよ。

 1番君の夢を壊さない為にも僕は彼から距離を置いた。

 しばらくして、担当教官が教習所の入口まで車を移動させて来たので、1番君と車に乗り込む。まずはコース3のスタート地点まで教官が車を移動させる。そこで1番君と運転を交代し、検定開始。

 1番君、緊張するって言ってたけど大丈夫かな。

 僕の不必要な心配を余所に、1番君は慣れた手つきで素早く発進させる。

 おぉ、すげえ!上手いじゃん!

 今まで検定や複数教習で一緒に乗った人は、少しも上手いと思わなかった。この人たちがここまで来られるなら、僕は補講を受ける必要なかったじゃないか。とかいつも思っていた。ようやく自分より上手そうな人に出会えて僕は嬉しく思った。

 良いじゃない良いじゃない。参考にしたいからもっと上手いところを見せてくれよ。と思っていると、1番君が停止する時にブレーキを強めにかけたらしく、車体がガックンする。

 おいおい、今のは明らかに前に車が詰まっていたのだから、もう少し手前でスピード落とすべきだろ。

 まあ、今回たまたまミスっただけだろう。そう思ったのだが、停止の度にブレーキを強めにかけるので車体がガックンする。1番君は曲がる時に全く後方確認してないし、サードギアのまま徐行しないで曲がるし、道間違えるところだったし、上手かったのは操作だけのようだ。

 検定で走るのは普段路上教習で走るコースの半分の為、あっという間に1番君の番は終わり、いよいよ僕の番。

 1番君は落ちる気がするけど、人は人、自分は自分。僕は僕の運転に集中しよう。

 1番君と交代し、発進の準備を整え、順調なスタートを切った。と思ったのだが、いきなり前方で信号待ちの車が列を成している。仕方なくアクセルペダルから足を離し、ブレーキペダルを軽く一回踏み、エンジンブレーキを使って速度を落とし、前の車の手前でゆっくり停止。信号が変わった後、今度こそスピード出すぞと思ったのだが、またしても前方の信号が赤に。

 仕方ない。軽くフットブレーキをかけた後、また極力エンジンブレーキを使って停止するか。とやっていると、教官に『もっと速度出してください』と刺々しい言い方で注意される。

 ひぃ~怖。止まるの分かっているのにわざわざ速度出す意味がわからんけど、出せって言うから出すか。

 言われた通り、目の前の信号は赤だがアクセルペダルを踏んで速度を上げる。そんでブレーキペダルを踏んで下げる。なんだかアホらしい。

 その後『停車可能位置で停車してください』と言われ、慎重に周りをよく見てから道路端に停車。その時教官が助手席側のドアを開けて後ろ見ていてすげえ焦る。

 え?ここ駄目だったのかな。駄目だったとしたらどのくらい減点なんだろ。

 発進した後も、教官が後ろを見ていたことが気になって仕方ない。さすがにここまで来て、教官の挙動一つで注意力が散漫になることはなかったが、不安な気持のままゴール地点まで辿り着き、検定の前半が終了。この後、受験番号3番君と4番君が路上を走り、それが終わったら所内で縦列駐車のテストを行う。

 暫しの待ち時間、1番君に声をかけようかとも思ったが、自分だけ受かって1番君が落ちたら気まずいので話かけなかった。

 3番君と4番君の検定が始まってから約1時間。所内に検定用の車が戻って来たので、1番君と共に乗り込む。

 まずは1番君のテスト。難なく駐車スペースに車を入れ、発進と思いきや、そのままバックギアのままアクセルを踏み、後輪が縁石にぶつかる。

 あちゃ~。この子もう駄目だろ。

 駐車スペースから出た後は発着点に停車し、今度は僕の番。

 検定では縦列駐車か方向変換のどちらかしかテストしない。運良く僕のグループがテストするのは縦列駐車のほうだった。心配なのは方向変換だったので、運転する前から気持は落ち着いていた……筈なのだが、ここに来て失敗するのではないかと無駄に慎重になる。そんな僕を見兼ねたのか、教官は路上の時とは人が変わったように優しく『自分のペースで良いよ』と言ってくれて、安心したのと同時に『これもう合格したも同然だろ』と確信した。それからは大分リラックスして、縦列駐車は綺麗に駐車スペースに収めることができた。と思いきや、すんごい慎重に低速で後退していたので、あくまでも『こつん』程度だが、後輪が縁石にぶつかってしまう。

 あぁ~やべぇ!これ試験中止か?減点超過か?

 めちゃくちゃ焦るも、特に教官から言及もないので発着点に戻り、検定の後半もこれにて終了。ちなみに4番君はAT車の検定なので、続く3番君の検定では僕が同乗した。

 3番君とは路上で一緒になっていないので、路上での運転がどのようなものなのかはわからないが、所内で同乗した時に見た限りでは、動作が滑らかで、自分より運転が上手いと思った。これは余談になるが、3番君も縦列駐車の際、後退中にこつんと縁石に後輪をぶつけていた。

 3番君の検定が終わった後はひたすら待ち時間。1番君が減点超過になってないってことは俺が落ちることはないだろと、余裕な気持で待つこと約2時間。再び第3教室に集まり、結果発表。3つほど空席ができていたのは、そこに座っていた人が検定中に減点超過になったのだろう。

 修了検定の時の合格発表では、教室に残っていた人全員が合格だった。なので、1番君が合格を言い渡された時点で自分の合格も確信した(ていうか1番君はあれで合格にして良いのかよ)。

 修了検定の時もそうだったが、教官が合格を言い渡した後に、運転で悪かったところを今回も個々に伝えていくようだ。1番君はあれこれ言われていた。

 そして待ちに待った自分の番。結果は合格。指摘されたのは『エンジンブレーキを活用するのは良いことだけど、ブレーキペダルを踏まないと後続車はなんで減速しているのかわからないからもっと踏んでね』ってことだけ。一応減速する時はブレーキペダルを軽く踏んで後続車に伝えるようにしてたんだけどね。まあ、もっと何回も踏んでおけということか。

 そんで、3番君も4番君もあれこれ言われた後、解散。このまま帰っても良かったが、この後午後6時から卒業証明書の配布があると聞いたので残ることに(精神的に疲れているのにすぐには帰らず残ったのは、もう二度とここには来ないと決めていたから)。

 待ち時間は学習室みたいなところでスマホゲームやったり、まとめサイト見たりして時間を潰す。途中、男子高校生2人が隣に座り、ずっとお喋りしていて、片方が2段階のATで片方が1段階のMTらしいのだが、2段階君がやたらこうしろああしろ言っていたのが気になって仕方ない。どうして気になるかって、2段階君は的外れなことしか言わないから。中でも解せなかったのは、学科試験の勉強をしている1段階君に『MUSASIよりも問題集のほうが良いよ』と言っていたこと。

 お前も2段階に上がっているのなら問題集が大して役に立たないのは知ってる筈だろ。友達騙して楽しいか?

 大ぼら吹きの2段階君に口出ししたかったが、僕は見ず知らずの人間に説教できるほど勝気な性格をしていないし、他人の意見を間に受けているようでは1段階君はどの道先に進めないと思ったので黙っていた。黙っていたが、すげえ気になった。

 その後、2人は技能教習の時間になったらしく、学習室からはいなくなり、僕も時刻が午後6時に近付いてきたので第3教室に移動する。

 教室に集まったのはざっと30人ほど。この日検定を受けた人以外にも受け取りに来た人がいるので割と多い。時間になったところで職員から一人ずつ卒業証明書やらなんやらが入った封筒が渡されていく。全員が封筒を受け取ったところで、封筒の中身の確認、本試験での注意事項の説明が一通りあり、全て終わった後解散。ここでようやく卒業したんだなと実感することができた。

 帰り道、尊敬する人のことが何度も脳裏に浮かんでは消えた。僕がお節介なメールを送った後、その人からの返信はまだ来ていなかった。その人の気持を理解したくて頑張ったのだから、本当なら真っ先に卒業したことを伝えたかった。でも、それをするには前向きな返事を貰ってからだと決めていた。その為、僕は卒業証明書の入った封筒を片手に、冷たく強い風が吹く中、夜道を一人寂しく歩いて帰路についた。

 1時間ほど歩き、やがて自宅の影が見えてきた。ようやく着いたことにほっと息を吐く前に、かつて自分に懐いていたサビ子猫が眠る庭に向かって、僕は心の中で呟いた。教習所を卒業したよと。もうこれで終わりだから、ごめんねと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ