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コミュ障の憂い

 僕は子どもの頃から時折、他人に『答えるのが遅い』と言われる。煽ってるのか、それとも本当にそう思ってるのか『無視?』と訊かれることも未だにある。

 こちらは別に無視してるつもりなんかないし、遅く答えてるつもりもない。自分のペースで勝手に突っ走り、付いて来ない人は遅いと決め付け、無視していると煽る。僕からすれば無視しているのは『俺に合わせろ』とでかい態度を取って対話する姿勢すら保てない身勝手な人間のほう。しかし、一般的にコミュ障とは僕のような人を指す言葉だ。

 コミュ障とひとえに言っても、症状には個人差がある。僕の場合は人と面と向かって話すことに苦痛を覚える。相手が自分の信頼する人だったり、面と向かっていない場合(チャットやメール等)は割と問題なく話せるのだが、よく知らない人や自分が嫌いな人が相手だと会話に苦痛が伴ったり、受け答えに多少時間がかかることもある。しかし、さっきも書いたように僕は苦痛を感じるからといって無視しているなんてことはない(稀に本当に無視することもあるが、まずそんなことはしない)。時間がかかってしまう時も『うーん』とか『えーと』と発して言葉が途絶えないようにしている。それでも煽ってくるような奴は本当に面倒くさい。僕はその手の輩と話さないといけない時は極力何も考えないように努める。そうして適当に話を合わせてさっさと会話を終わらせる。早く終わらせたところで沸き立つ不快感を抑えることはできないのだが。

 僕が人と話すことに苦痛を覚えるようになったのは兄の所為だ。あいつは僕のすることに悉く口を出し、制限し、暴力を以って従わせた。話すことに関してもそうだ。僕はあいつの許可なしに人と話すことすら禁止された。守らなければ殴られた。

 殴られれば痛いから、それを避けられるなら避けたいと思う。黙って人と関わらずにいれば、少なくとも『人と話すこと』であいつに殴られることは無くなる。なら、黙っていよう。誰とも関わらないでおこう。そうやって暴力を回避する為に喋らなくなり、いつしか話すことにも苦痛を覚えるようになった。

 どうして喋らない。頭のおかしな奴。親しくもない他人が投げかけてくるそんな罵倒文句はこの身に与えられる暴力と比べたら屁でもなかった。でも、親に言われた『チハルは何を考えているかわからない』という言葉と、親戚に言われた『チハルの声を聞いたことがない』という言葉は刃物のように僕の心に突き刺さった。

 僕だって好きで黙っている訳じゃない。

 ただでさえショックを受けた言葉なのに、それを一緒に聞いていた兄に繰り返しネタにされ、鋭い刃は更に奥へとずぶずぶと沈み、僕の心を深く抉る。僕が高校生にもなれば、兄の束縛も弱まり、事務的な会話くらいならできるようにもなったが、それでも自分から誰かに積極的に話しかけようと思うことはなかった。

 このまま誰ともろくに喋らないまま死んでいくんだろうな。ずっとそう思っていた。しかし、そうはならなかった。

 僕は19歳の時、尊敬する人と出会った。その人と出会ったばかりの頃、僕は学校に行くことなく、ひたすら本を読み、夢だった作家になるんだと拙い小説を書くことにばかり時間を費やしていた。でも、その尊敬する人が歩んできた道を知れば知るほど、自分を恥ずかしいと思うようになった。その人を支えられるようになりたいと思うようになった。ちゃんと人と話せるようになりたいと、変わりたいと、心の底から思うようになった。

 それから月日が流れて、僕は自動車学校に通う決意を固めた。正直、通う前から不安しかなかった。技能教習はよく知りもしない人と、車という狭い空間の中で共に過ごさなければならない。僕は車が嫌いだし人も嫌い。おまけにー以前と比べたら多少マシになったとはいえーコミュ障だ。自分のような人間ではまともに教習を進められないのではないかと思った。でも、実際はとりあえず『はい』と返事をしていれば問題なく進めることができた。勿論、投げやりな態度では教官に悪い印象を持たれるだけなので、そんなことはしなかったが。

 結局のところ、僕は世の中の人間の多くは話すのが得意ではないと思う。自分はまともだと思っている人の中には、先述したような自分のペースで突っ走って行く奴だっている筈だ。話すのが上手い人間なんて元から多くない。だから、自分はコミュ障だと気にするだけ無駄なんだと僕は思う。少なくとも、話す意志を捨てていない人は解る人なら気付いてくれる。僕に優しく声を掛けてくれたAさんのように。

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