第8話(20歳) 忘れ去りし夢
「ウィル! 無事だったの……か?」
レッドが一瞬嬉しそうな表情をした後、すぐに信じられないものを見るように目を見開いた。
「あなた……その姿……やっぱり……」
ナタが全てを理解したのか睨みつけてくる。
「……まさか、魔族になったというのですか!? どうして!」
姫様が怒るような口調で言った。
「どうしてだと? 弱々しい人間の体なんかより魔族の体の方が素晴らしいからだ! 全身に魔力がみなぎってくる。こんな風になあ!」
俺はいつの間にか腰に着けていた剣を思いっきり引き抜いた。その瞬間、衝撃波のようなものがレッドの方に凄まじいスピードで飛んでいった。
「くっ……」
レッドが自分の剣を引き抜いて、その攻撃をすんでのところで防いだ。
まさか剣を振るだけでこんなものが出せるようになるとは。さすが魔族の身体だ。なんて素晴らしい力だろう。
「ククク……。良く使いこなしているようだな」
後ろから魔王が愉悦に満ちた表情で現れた。
「魔王! ウィルに何をした!」レッドが魔王に向かって叫ぶ。
「何もしていない。ただ選択肢を示しただけだ。この状況を選んだのはこの男自身だ」
「そんな……。ウィル、嘘だろ……」
「嘘じゃない。来いよ、レッド。ここで決着をつけてやる!」
俺は剣先をレッドに向けると、そのままレッドに突っ込んだ。自分でも驚くほどのスピードが出る。
「う……!」
レッドは持っていた自身の剣を慌てて振ると、俺の攻撃をなんとか逸らした。
レッドの動きが今までないほどにゆっくりに感じる。それに先程から攻撃を加える度に多幸感が全身を回り、どんどん調子が良くなっていく。
勝てる。そう思った俺はさらに剣を振りかざし、追撃を続けた。
「やめろ、ウィル! 君とは戦いたくない!」
レッドが必死に攻撃を剣で防いでいる。あと少しでその剣を叩き落とせる、と思ったその時だった。
ガンッ
そんな音がして俺の剣が何か固いものに止められた。
ナタが持っていた杖で俺の剣を受け止めていた。
「お前、邪魔をする気か?」
「邪魔じゃないわよ。私だって勇者の仲間なのよ。……あなたと違ってね!」
ナタがギロリと俺を睨みつけた。
「あなたが魔王の味方をして、勇者に攻撃してくる以上、あなたは私たちの敵、いや世界の敵よ!」
「誰が味方か敵かなど、どうでもいい。俺とレッドの勝負の邪魔をするな!」
俺は持っていた剣に力を込めると、思い切り振り下ろした。バキリと音を立ててナタの杖が割れた。
「なんて力なの……!?」
ナタが驚いている。
そのまま俺は剣を勢いよく上げた。強風のようなものが発生し、ナタに飛んでいく。
「くっ……」
ナタが折れた杖で飛ばされないように踏ん張っている。
「ナタ! 下がった方がいい!」
レッドがようやく戦う気になったのか、剣を構えながら言った。
「悪いけどそうさせてもらうわ。体勢を立て直したらまた参戦するから!」
ナタはそう言うと杖を抱えて、離れる。
「ウィル! どうして仲間に攻撃するんだ!」
レッドが声を張り上げる。
「俺の邪魔をするからだ! さあ勝負の続きだレッド!」
俺は剣を構え直すと、レッドに飛び掛かろうと地面を蹴った。
「……ん?」
だが、足が何かに縛られているように動かない。見ると足が光るリングのようなもので地面に固定されている。
俺は背後を見た。姫がこちらに向けて手をかざしていた。何か魔法でも使ったのだろう。
「だから邪魔をするなと言ってるだろ!」
俺は再び魔法で強風を発生させると、姫に向かって放った。
「きゃあ!」
姫が後方に吹っ飛ぶ。そのまま地面に叩きつけられると、ごろごろと転がった。
「姫様!!」
レッドが姫の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか姫様! しっかりなさって下さい!」
「う……」
レッドが姫を抱き抱えて、必死に声を掛けている。姫は目を閉じたまま呻き声をあげた。
「これは……急いで治療しないと……」
ナタが折れた杖で回復魔法を使おうと試みては失敗している。
その様子を眺めながら、俺は剣を持ってレッドの方に歩いた。
完全にこちらに背中を向けている。チャンス以外の何者でもない。
そのガラ空きの背中に向かって剣を振り下ろす。
ガキンッ――
その瞬間、レッドが素早く振り返りながら剣を抜き、俺の攻撃を受け止めた。剣がぶつかる鈍い音が響いた。
「ウィル、こんなことをしてまで僕と戦いたいのか?」
そう聞くレッドの目はさっきまでとは違い、怒りに満ちていた。
「こんなこと? いつまでも勝負をしないお前が悪い。俺はお前に勝つためなら何だってするさ」
「だからって、魔族になって仲間を傷つけるのは違うだろ! そんな勝ち方で良いわけがない!」
「黙れ! ここまでしないとお前には勝てないんだ! お前に勝てないと俺は……。俺は……?」
一瞬だけ何かを思い出しそうな気がしたが、その考えはすぐに頭の中で闇に飲まれるように消えていった。
「とにかく、俺はお前に勝つんだ!!」
俺はそう言って剣に力を込めた。鍔迫り合いになっているレッドの剣を押し返そうとした。
「もう君に何を言っても無駄なようだね! わかったよ! それなら君と勝負してやる!」
レッドもまた自分の剣に力を込めた。先程とは比べ物にならないほどの重い感触が俺の剣越しに伝わる。
「っ!」
そしてゆっくりと俺の剣が押し戻されていた。負けじとさらに力を込めるが、押し戻される……!
「く……そ……!」
俺は必死に自分の剣に力を込めた。
カッ――
次の瞬間、突然視界が真っ白になったかと思うと、全身を殴られたかのような衝撃が襲ってきた。レッドの持つ勇者の剣が爆発したのでは。そう思えるほどの光と衝撃が目の前の勇者の剣から発せられた。思わず自分の剣を引っ込めると、後ろに下がって防御する体勢を取ってしまった。
顔を上げると、目の前には剣を頭上に高く上げたレッドが立っていた。レッドを中心にまばゆい光が満ちている。
「……光魔法!」
俺は憎らしげに呟いた。レッドが最近使えるようになった、魔族に対する切り札とも言えるような魔法だ。
『光よ! 魔を払え!』
レッドがそう詠唱すると、まばゆい光の波が近距離から俺に向かって放たれた。逃げることなどできないほどの高く厚い光の波が襲ってくる。
次の瞬間には視界が白い光に覆われたかと思うと、物量を持っているかのような重みと衝撃を全身に感じた。
「ぐぅぅ……負けるかあっ!」
波にさらされながらも俺は両足で踏ん張ると、自分の剣に魔力を集中させて魔法を放とうとした。だがなぜか魔力が上手く込められない。
「ぐわあ!」
そのまま光の波に押し流されるように、両足が地面から離れると地面を転がった。
「クソ……!」
光の波が止んだ。俺は膝をつくと、こちらに剣を持ったまま向かってくるレッドを見た。相変わらず魔法がうまく使えない。
また勝てないのか?! 魔族の力を手に入れたんだぞ? 人なんかより筋力も魔力も何倍もあるんだぞ?
そんなの認められるか。認めてたまるか。否定しなければ。
ふと、レッドの脇でナタの治療を受ける姫の姿が目に入った。
思い出す。さっき姫が俺に吹っ飛ばされた時、レッドは姫に駆け寄って隙だらけだった。
ならば今ここでもう一度姫がピンチになれば、アイツにも隙が生まれるかもしれない。
俺はニヤリと笑うと、持っていた剣を姫に向かって投げつけようとした。
「やめろ! この馬鹿!!」
レッドは俺の動きを見ると、何をしようとしているのか瞬時に理解したのだろう。
一瞬で俺との間を詰めると、咄嗟に剣を前に突き出してきた。
「ぐはっ」
――俺の胸にレッドの剣が突き刺さった。
「……あ、え?」
何が起こっているのか理解ができなかった。
身体から力が抜けていく。
今まで全身に満ち足りていた魔力が消えて無くなっていく。
支えを失ったように地面に倒れた。
「ウィル。ごめん。……でもこんな事をしようとする君はもう……」
剣が胸から引き抜かれた。
胸のあたりがひどく痛い。
そのまま痛みはどんどん広がっていき、胸が、頭が、全身が痛くなってきた。
視界がぼやけてくる。
痛い。
何で俺が負けている?
俺は力を手に入れたはずなのに。
あいつより強くなったはずなのに。
何故まだ勝てない?
意味がわからなかった。
だがもう動けなかった。
段々と周りの色が、音が、わからなくなっていく。
薄れゆく意識の中、最期にこう思った。
それは先程、一瞬だけ考えたことだった。
そもそもなんで、俺は、あいつに、勝とうと、していたんだっけ……。
〇
【5歳】
止まった心臓が動き出したような感覚で目が覚めた。
「ウィルお兄ちゃーん! 起きてー!」
誰かが呼んでいる声がする。
「!」
そこで一気に目が覚めた。飛び上がるように身体を起こす。
そこは子供用のベッドの中だった。
ばたばたという音が近づいて来たかと思うと、ガチャリと部屋の扉を開ける音が聞こえた。
幼い妹のリリがそこに立っていた。
「え…………?」
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次回から2章開始です!
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