第5話(18歳) 勇者を目指す
勇者が決まった後は、早速魔王を倒しに旅立つ為の準備が行われる。
まずは勇者の旅の仲間決めだった。
勇者……レッドと何人かの偉い大人達が話し合いの為に席を外した後、俺達勇者に選ばれなかった生徒達は自室に戻ることになった。
自室に戻った俺は項垂れていた。
幼い頃から抱き続けていた夢が破れた。勇者になることを夢見て今まで頑張って来たのに。その努力は無駄だった。
何が足りなかったのだろうか。あいつよりも勉強も剣術も魔法も練習していたはずなのに。
何であいつは俺よりもできるのだろうか。どうして俺はあいつに勝てないのだろうか。どうしてあいつは勇者に選ばれて、俺は選ばれなかったのだろうか。
そこまで考えた時、ふと俺は思った。
確かにあいつは勇者に選ばれた。だが俺はそもそも選ばれる機会すら与えられていない。もしあいつよりも俺の方が先に名前を呼ばれていれば、俺が勇者に選ばれていたかもしれない。
そうだ。こんなに俺は努力してきたんだ。俺が勇者に選ばれないわけがない。ただあいつの方が運が良かっただけだ。俺の方が勇者にふさわしいんだ。俺こそが勇者なんだ。証明しなければ。俺こそが真の勇者だと。俺の実力を、努力を、勇者への思いを。世間に認めてもらわなければならない。そのためにはレッドが勇者であるのは間違いだと示さなければならない。
そのためにはレッドを……。
俺の考えがここまで来た時、ふいに部屋の扉が開いた。
「決まったよ!」
そう言ってちょうどよく入ってきたのは、レッドだった。
「……なあ、レッド」
俺は唸るような低い声で話しかけた。
「……本当にお前は勇者なのか?」
「……? 何を言っているの?」
レッドは不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあ僕だってびっくりしたし、今も信じられないけど……。でも勇者の剣を抜くことができた以上、僕が勇者に選ばれたってことだし、頑張ろうと思うよ」
「最初に剣が抜けたやつが勇者なのか? お前の後で誰かがさらに剣を抜いていたとしたらどうする?」
「二人以上勇者が選ばれるってこと? 考えたことがなかったなあ。今まで前例も無いし」
「それは今までだって最初に勇者の剣を抜いたやつが出た瞬間に選定の儀を終えていたからだろうよ」
「それはそうだけど……。ただでさえ勇者の剣を抜ける人が1人も現れなかった年もあるんだよ。実は二人いることなんてあるかな?」
「やってみなきゃわからないだろう!!」
急に俺が声を張り上げたので、レッドは驚いたのか目を丸くした。
「ウィル……? どうしたのさ?」
「あんな形で勇者が決まるなんて間違ってる! 俺だって勇者に選ばれてたはずだ!」
「ウィル……。ああ、そうか……」
レッドは何かを理解したのか真剣な表情をして頷いた。
「君は自分が勇者に選ばれなかったことを認められないんだね」
「違う! 俺は選ばれてたはずなんだ!!」
そう言って俺は立ち上がった。
「俺と勝負しろ、レッド。俺の方が勇者にふさわしいって証明してやる!」
「…………」
レッドは声を荒げる俺を冷静に見つめていた。その余裕のあるような、落ち着いた態度がますます俺を腹立たせた。
「……いいよ。その勝負受けるよ」
やがてレッドは静かにそう言った。
俺達は修練場に向かうこととなった。
〇
修練場の中はひんやりとした空気に覆われていた。寒さもあってか、まわりに生徒はいない。
俺とレッドは木刀を構えて、修練場の真ん中に向かい合わせに立っていた。
「いつもとルールは同じだ。あの時計の秒針が一番上に来た時に試合開始で、最初から魔法も使って良しだ」
「わかった。……ウィル、今回は最初から本気でやるよ。……あまり時間もないから」
「……当たり前だろう。俺だって本気だ!」
やがて俺達はお互い黙った。時計の秒針がゆっくりと頂点に登って行った。
そうして秒針が真上を指したその時、俺はすぐさま後方に飛んだ。前のようにレッドが突っ込んで来ても防げるようにだ。
だが、レッドはその場でトントンとつま先を地面に何度か打ち付けていた。
何をしているのだ、そう考えていた時点でもう決着はついていたのかもしれない。次の瞬間レッドが目の前から消えた。
「え?」
――気づいた時にはもう遅かった。
レッドの顔が俺の目と鼻の先にまで迫ってきていた。レッドの持つ刀の先端が俺の首筋のすぐ横を通り抜けていくのを感じた。ヒリヒリと首が焼けるような感覚があった。
「ごめんね。僕の勝ちだ」
レッドが冷たく言い放った。レッドの持つ木刀が俺の首筋にピタリと当てられていた。
「ふざけるな! ほとんど不意打ちじゃねえか!」
「……強化魔法でスピードを上げたんだ。確かに不意打ちかもしれないけど、それがダメなんてルールにはないでしょ?」
「…………クソ!」
俺は両膝を地面に付けた。俺の手から離れた木刀が地面に落ちた。
「いいかい、ウィル。こんなことで争ってる場合じゃない」
レッドは諭すように話した。
「僕だってまだまだ戸惑ってる。でももう僕は勇者に決まったんだ。ならば次の段階に進まないと。喧嘩なんかする前に、僕達は魔王を倒す準備を始めないといけない」
そう言ってレッドはポケットから折り畳まれた紙を取り出した。それを俺の目の前に広げる。
「君は僕の仲間に選ばれた。君は勇者一行の剣士だ。明日には先生達から説明があるから準備するんだ」
目の前の紙にも同じような内容が書かれていた。
『汝を勇者一行の剣士に任命する』
「剣士……?」
「そうだ。詳しくは明日話があるよ。剣士になるか否かは君が選べる。今日はもう帰ってよく考えて欲しい」
レッドはそう言うと、自分の木刀と転がっている俺の木刀を回収して修練場から出て行った。先程広げた紙は俺の前に残されていた。
俺はその場で呆然としていた。
レッドに一瞬で負けてしまった事実と自分が勇者の仲間に選ばれているという事実で頭が整理できずにいた。
〇
数週間後、俺は鎧と剣を身に付けた状態で、校門の前に立っていた。
今日は勇者一行が魔王を倒すために旅立つ日だった。
俺の周りにはあと2人の生徒が立っている。1人はレッド、そしてもう1人はナタだった。
ナタ――あの入学式の日に出会った杖を持った女子生徒だ。ナタは俺と同様に勇者の仲間に選ばれた生徒だった。役割は勇者一行の魔法使い。
確かにナタは非常に優秀な魔法使いだった。こと魔法の知識に関しては全学年でトップと言っても良い程だろう。
俺もレッドも魔法学の成績では常に彼女に負けていた。もちろん実践での腕前も相当なものだ。
「ついにこの日が来たわね」
ナタが話し始めた。
彼女は大きな杖を持ち、紫のローブに紫のとんがり帽子という、いかにも魔法使いというような格好をしている。
「いよいよ、出発するんだね」
白と赤の鎧に、腰に勇者の剣をさしたレッドが言った。
そう、俺は勇者の仲間として、魔王討伐の旅に出かけることを決意していた。
レッドに負けたあの日、俺は悩んだ末に勇者一行の剣士の立場を受け入れた。
勇者になることを諦めたのかというと、それは違う。
俺はこう考えた。
確かに俺の今の実力ではレッドに勝てない。だから、今しばらくは俺は勇者の仲間としての役割を全うしよう。
だがこの旅を通して俺は成長し、いつか必ずレッドを追い抜くのだ。
俺の実力がレッドより上であることを世間が認めれば、自ずと俺が本当の勇者だったのだと理解されるはずだ。
そうして俺はレッドから勇者の剣を奪い返し、勇者として魔王を倒すのだ。
「頑張って!」「応援してるぞ!」「勇者バンザイ!」
校門には俺たちの他にも沢山の生徒や先生達が見送りに来ていた。
「まさかこんな盛大に見送られるとはな」
「こんなに来るとなんか照れるね」
「私達は勇者一行なのよ? 堂々と行きましょうよ」
俺達が話していると見送りの集団の中から校長先生が出てくるのが見えた。
「……オホン!」
校長は俺達に近づくと咳払いをした。
「君達のその姿を見るに、準備はできたようだね」
「ああ、バッチリだ」
「必ず僕達が魔王を倒してみせます」
「世界を救ってみせるわ」
俺達の返事を聞いて、校長は嬉しそうに頷いた。
「それでは行ってきたまえ! 君達の旅に幸があることを祈っているよ」
「行ってらっしゃい!」「元気でな!」「生きて帰ってこいよ!」
背中で皆の激励を聞きながら俺達は校門の外へ踏み出した。
「さて、旅立ったはいいものの……、まずはどこに行くんだ?」
しばらく歩いたところで俺はレッドに聞いた。
装備や食料に関してはしっかり準備してもらったからしばらくは何も心配することはない。とはいえ、次に行く町ぐらいは決めておいた方が良いだろう。
「そうだね……。確か魔王の力を完全に消すにはこの国の王女様の祈りも必要だったよね」
「そんなこと誰か言ってたか?」
「私やあなたが勇者の仲間に選ばれた翌日に説明されてたわよ」
「そういえば言われた気がする……」
その日は剣士を受け入れるかどうかで悩んで、まともに寝てなかったからな。
「ねえ、まずは王女様に会いに王都に向かってみない?」
レッドが俺たちの方を見て尋ねてきた。
その腰には立派な装飾の付いた鞘に収まった勇者の剣がさしてある。
……いつか俺が取り返すべき剣だ。
「それが良いと思うわ」
「……そうだな。じゃあ出発だ――」
こうして俺達の魔王を倒すための旅が。いや、俺が勇者を目指すための旅が始まった。




