第13話(18歳) 嫌な予感
三日後。すなわち選定試験当日。俺は選定の間と呼ばれる大聖堂の中にいた。
俺を含めた10人の学生が祭壇の前に横一列に座っていた。俺達の正面、祭壇には石の台座が置かれており、そこにひときわ輝きを放つ剣が突き刺さっていた。あれこそが勇者の剣だった。剣に認められた者だけがこの剣を抜くことができるらしい。
「これより選定の儀を始める!」
校長が俺たちの前に出てきて宣言した。いよいよ選定試験が始まった。
「バス・リーンズ!」
名前を呼ばれた生徒が剣の前に立ち、力一杯剣を引き抜こうとする。だが剣は全く動かない。一人目ががっくりした様子で椅子に戻ってきたのを見て、本当にこの剣は選ばれし者しか引き抜けないのだと思った。
その後も数人の生徒が呼ばれ、どの生徒も剣を抜くのに失敗した。
「レッド・アイソニー」
そして、ついにレッドの名前が呼ばれた。
俺は睨みつけるように前を見た。
名前を呼ばれたレッドは椅子から立ち上がると、剣の前へと移動した。剣の正面に立ち、真っ直ぐ剣を見つめる。小さく深呼吸をした後、レッドは剣の持ち手を掴んだ。
失敗すれば良い――。俺は思った。
シュリン
だが、そんな軽い金属音と共に剣は持ち上げられていた。先程まで台座に隠れて見えなかった勇者の剣の先端が見えた。
そして勇者の剣を引き抜いて驚きと喜びの混ざった表情をしているレッドの顔が見えた。
「おおおおーーっ」
大聖堂全体から歓声が聞こえた。
「新たな勇者が誕生したぞ!」「さすがレッドだ!」
皆が口々に喜びの声を上げている。
俺は呆然とレッドの手の中に収まっている勇者の剣を見つめていた。この風景を見たことがあった気がする。
自分でもびっくりするぐらいに目と前の風景を冷静に見つめていた。
これ以上、選定の儀を続ける必要はない。選定の儀は終了し、レッドが勇者に選ばれた。
俺は勇者になれなかった。勇者の剣に触れることすらできなかった。
〇
勇者が決まった後は、早速魔王を倒しに旅立つ為の準備が行われる。
まずは勇者の旅の仲間決めだった。
勇者……レッドと何人かの偉い大人達が話し合いの為に席を外した後、俺達勇者に選ばれなかった生徒達は自室に戻ることになった。
自室に戻った俺は項垂れていた。
やっぱりレッドが勇者に選ばれた。
何度努力したって無駄だと言うのか。あいつよりも勉強も剣術も魔法も練習していたはずなのに。
何であいつは俺よりも毎回できるのだろうか。どうして俺はあいつに毎回勝てないのだろうか。どうしてあいつは勇者に毎回選ばれて、俺は選ばれないのだろうか。
もうこれからどうしていけば良いかわからない。わからないのに、このままではまずいと思う。理由のわからない恐怖がどんどん大きくなってくる。
勇者にならないとまずい。このまま勇者になれないままだと俺は。俺は……何かをやらかすのではないか……。
ふいに部屋の扉が開いた。
「決まったよ!」
そう言って入ってきたのは、レッドだった。手に何かの紙を持ち、ニコニコとした明るい表情をしている。項垂れている俺とは正反対のその姿に無性に腹が立った。
「……随分と嬉しそうだな。そんなに勇者になれたのが嬉しいのか?」
自分でも意外なぐらい低い声が出た。
「もちろん嬉しいけど、驚きの方が大きいかな」
「何が驚きだ。いつも成績一位を取ってるくせに驚く要素なんかねえだろ」
「……ウィル? ……どうかした?」
レッドが俺の声音の違いに気づいたのか、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「どうせ勇者になれたのなんか当たり前だと思ってるんだろ? 自分には才能があるから当然だってな」
レッドの言葉全てに腹が立つ。堰を切ったように次々と言葉が出てくる。
「ウィル……」
「だからそんな呑気に嬉しそうにできるんだ。どうせこの先も――」
「……そこまでだ」
レッドは俺の言葉を遮るように声を上げた。
「……ウィル、自分が勇者に選ばれなかったからって、そんな風に感情をぶつけたってどうしようもないよ」
諭すように言われた。
「君の気持ちはわかる。でも、もう決まったことなんだ。ならば次の段階に進まないと。口喧嘩なんかする前に、僕達は魔王を倒す準備を始めないといけない」
レッドは続けた。その余裕のあるような、落ち着いた態度がますます俺を腹立たせた。
「そうやって――」
俺が何か言い返そうとした瞬間、レッドは制すように俺の目の前に紙を広げた。レッドが部屋に帰ってきた時に持っていた何かの紙だ。
「君は僕の仲間に選ばれた。君は勇者一行の剣士だ」
レッドが宣言するように言い放った。
目の前の紙にもレッドが言った事と同じような内容が書かれていた。
『汝を勇者一行の剣士に任命する』
「剣士……?」
「そうだ。詳しくは明日先生から話があるよ。剣士になるか否かは君が選べる。どうするかよく考えて欲しい」
レッドはそう言うと、部屋から出て行った。先程広げた紙は俺の前に残されていた。
俺はその場で呆然としていた。
やり場のない怒りだけが残る。剣士は勇者とは違う。選んだところでどうするというのだろうか。
でもこのまま何もしないままだと俺は……。
〇
数週間後、俺は鎧と剣を身に付けた状態で、校門の前に立っていた。
今日は勇者一行が魔王を倒すために旅立つ日だった。
俺の周りにはあと2人の生徒が立っている。1人はレッド、そしてもう1人はナタだった。
ナタは俺と同様に勇者の仲間に選ばれた生徒だった。役割は勇者一行の魔法使い。
確かにナタの魔法使いとしての腕前は相当なものだった。実践もそつなくこなすナタが選ばれているのは当然のことだろう。
「ついにこの日が来たわね」
ナタが話し始めた。
彼女は大きな杖を持ち、紫のローブに紫のとんがり帽子という、いかにも魔法使いというような格好をしている。
「いよいよ、出発するんだね」
白と赤の鎧に、腰に勇者の剣をさしたレッドが言った。
そう、俺は勇者の仲間として、魔王討伐の旅に出かけることを決意していた。
レッドが勇者になったあの日、俺は悩んだ末に勇者一行の剣士の立場を受け入れた。
あのまま何もしないままでいられなかったのだ。
あのままレッドに負けたまま、勇者になれないまま、妙な予感への恐怖を抱えたままでいるのが嫌だった。それよりは勇者の仲間としての役割を全うした方が良いと思った。
それに、もしこの旅を通して成長することができたのなら、いつかレッドに勝てるかもしれない。レッドに勝てれば、もしかすると俺が勇者として認められることもあるかもしれない。俺が勇者になれれば、このままでは大変なことになるというあの予感も、なくなるかもしれない。
だから、あのまま何もしないよりは旅立つ方を選んだ。
「頑張って!」「応援してるぞ!」「勇者バンザイ!」
校門には俺たちの他にも沢山の生徒や先生達が見送りに来ていた。
「まさかこんな盛大に見送られるとはな」
「こんなに来るとなんか照れるね」
「私達は勇者一行なのよ? 堂々と行きましょうよ」
俺達が話していると見送りの集団の中から校長先生が出てくるのが見えた。
「……オホン!」
校長は俺達に近づくと咳払いをした。
「君達のその姿を見るに、準備はできたようだね」
「ああ、バッチリだ」
「必ず僕達が魔王を倒してみせます」
「世界を救ってみせるわ」
俺達の返事を聞いて、校長は嬉しそうに頷いた。
「それでは行ってきたまえ! 君達の旅に幸があることを祈っているよ」
「行ってらっしゃい!」「元気でな!」「生きて帰ってこいよ!」
背中で皆の激励を聞きながら俺達は校門の外へ踏み出した。
「さて、旅立ったはいいものの……、まずはどこに行くんだ?」
しばらく歩いたところで俺はレッドに聞いた。
装備や食料に関してはしっかり準備してもらったからしばらくは何も心配することはない。とはいえ、次に行く町ぐらいは決めておいた方が良いだろう。
「そうだね……。確か魔王の力を完全に消すにはこの国の王女様の祈りも必要だったよね」
「確か……次の魔王がいなくなる……? だったか……?」
「何でそんなうろ覚えなのよ。魔王の力が次の魔王に移らなくなるのよ」
「そういえばそう言われた気がする……」
その日は剣士を受け入れるかどうかで悩んで、まともに寝てなかったからな。
「ねえ、まずは王女様に会いに王都に向かってみない?」
レッドが俺たちの方を見て尋ねてきた。その腰には立派な装飾の付いた鞘に収まった勇者の剣がさしてある……。
「それが良いと思うわ」
「……そうだな。じゃあ出発だ――」
こうして俺達の魔王を倒すための旅が始まった。




