第12話(18歳) ナタの観察
【18歳】
「チッ」
自室に届いた通知表を見て俺は舌打ちした。
あれから3年が経った。
レッドに初めて負けたあの日から、俺は必死に修行した。おかげで実技も勉学も成績は常にトップレベルだった。
だがレッドにだけは勝てない。成績の順位表では、俺の上には常にレッドがいる。レッドは学園内でもトップレベルの実力の持ち主だったそうで、常に総合成績の1位に君臨していた。
あれから俺は何度かレッドに試合を挑んだ。だが一度も勝てたことはない。最初の頃よりは渡り合えているような気はしている。でもいつも一歩のところでレッドに及ばない。スピードが、威力が、戦略が、いや全てにおいて及んでいなかった。
時々、このまま俺はレッドに勝てずに勇者にもなれないのではないかと思うことがある。その度に俺は必死にその考えを振り払った。
俺は勇者にならなければならない。ならないと俺は――何かはわからないが恐ろしいことになる。そんな理由も分からない恐怖が日に日に大きくなってきていた。
相変わらずあるデジャブとも違う。未来に対するよく分からない恐怖だった。
部屋に届いた通知表はこの間のテストの成績表だった。1位にいるのはもちろんレッド。俺は2位だった。
通知表の下部にはいつもは書かれていない一文が添えられていた。
『総合成績の上位10位以内の者は勇者の選定試験を受ける権利を与える』
それはいよいよ新たなる勇者が誕生する機会が訪れたことを表していた。
勇者の選定試験の内容は単純で、伝説の勇者の剣を台座から引き抜けるかどうかを試す。ただそれだけだった。
それなら全員に引き抜けるか試させれば良いのではと思うが、勇者は実力と知識を持った者の方が良いという学園の方針があるそうで、3年生の上位10位以内の者だけが剣による選定を受けることができる。
俺は通知表をしまうと、運動着と剣、そして魔法書を持って部屋を出た。じっとしていられなかった。
勇者の剣の前では総合成績の順位なんて関係がない。勇者の剣に選ばれるか、それだけだ。通知表によれば選定試験があるのは3日後らしい。それまでに出来ることをしなければ。
時刻は夜から深夜に差し掛かろうとしていた。辺りはひんやりと寒い。
俺は修練場に到着すると、建物の中には入らずに裏口の方にまわった。裏口横のスペースが人があまり来ず、黙々と練習をするにはうってつけの場所であることを知っていた。
俺は魔法書を取り出すとページをめくった。
魔法にはさまざまな種類がある。炎や水などの自然現象を操るもの、刃やシールドなどの物質を具現化させるもの、回復や筋力の増強など肉体に変化を与えるもの。
俺がページをめくるのを止めたのも強化魔法のページだった。自分の筋力やスピード、頭の処理能力まで上げる魔法だ。レッドが戦闘時によく使ってくる魔法だった。レッドの戦闘時のあのスピードはこの魔法によるものだ。
俺は自分にその魔法をかけると、剣を鞘から抜き素振りを始めた。
何回ここで練習しただろうか。ほぼ毎日のようにここで魔法と剣の練習をしていた。だがまだ足りない。まだレッドを越えられない。
もっと早く剣を振れるようにならなければ。あのレッドのスピードに追いつけるようにならなければ。
「何してるの?」
「!」
どれぐらいそこで素振りをしていただろう。
突然何者かに話しかけられて俺は剣を振る手を止めた。まさかこんな時間に、こんな場所で話しかけられるとは。
声の主を見るとそこにいたのは、ナタだった。
ナタ――あの入学式の日に出会った杖を持った女子生徒だ。ナタは非常に優秀な魔法使いだった。こと魔法の知識に関しては全学年でトップと言っても良い程だろう。俺もレッドも魔法学の成績では常に彼女に負けていた。
そんなナタがなぜか立っている。
「何してるの?」もう一度ナタは聞いた。
「魔法と剣の練習だ。もうすぐ選定試験だから何かやっておきたくてな」
「へえー、真面目なのね。そんなに勇者になりたいの?」
「当たり前だ。ナタだって何でこんなとこにいるんだ? 選定試験に備えて自主練してるからじゃないのか?」
俺は聞いた。確かナタも総合成績の10位までに入っていたはずだ。
「私? ……自主練に来たのは事実だけど、選定試験も勇者に選ばれることも別に興味ないわね」
ナタが答える。意外な答えだった。この高校に来る生徒達はみんな勇者を目指しているものだと思っていた。
「勇者になんか誰がなってもいいわ。私は世界を救えたらそれでいい」
ナタは続けた。その顔は至って真剣だった。
「……立派だな」
「そう言われてきただけよ。『世界を救わなければならない。このままではこの世界に未来はない』って感じでね」
「? 誰かにそんな事を言われたのか?」
「私の故郷でそういう風に教えられるの。……機会があれば詳しく教えてあげるわ」
そう言うとナタは黙った。黙って遠い何かを見るような目をしている。ちょっと気になるがこれ以上は教えてくれなさそうだった。
時計を見ると、素振りを始めてから一時間ぐらい経っていた。これ以上起きていると、明日の授業に影響が出そうだ。
「もうこんな時間か。そろそろ寝ないとな」
「ふわぁ……。じゃあ私も帰ることにするわ……」
ナタがあくびをしながら答えた。俺達は一緒に修練場を後にする。
「寒いし眠いし……あなたよくこんな時間に練習するわね……」
帰り道でまたナタが話し始めた。
「今日だけだ。普段はもう少し早い時間に切り上げてる」
「選定試験前だからってあまり無理しすぎるんじゃないわよ。さっきの練習方法、消耗激しいでしょ」
俺は足を止めた。ナタは真剣な顔でこちらをじっと見ている。見透かされているようだった。
「……じゃあ、私の寮はこっちだから」
少し間があってから、ナタは切り替えるように笑顔になるとそう言った。
「……ああ、おやすみ」
「おやすみなさい。また話しましょ」
ナタは軽く片手を上げた。そのままくるりと背を向けて彼女は自分の寮の方に歩いて行く。ナタの寮であろう建物の前にたどり着くとまたこちらを向いて手を振った。
ナタが建物の中に入っていった。俺もしばらく立ち止まっていたが、やがて自分の寮に向かって歩き出した。
部屋に戻った。二段ベッドの上段からレッドの寝息が聞こえてくる。夜中に部屋に帰ってくることが多いので、下段が俺の固定の寝床になっていた。
俺は布団の中に入ると目を閉じた。
勇者の剣に触れさえできないまま、目の前で勇者の剣を抜かれている風景が、ふと浮かんだ。俺は必死にその風景を頭の中から消した。
こんなに練習しているんだ。また勇者に選ばれないなんてことは――。




