第11話(15歳) 初めて?の敗北
その日の夜、俺達は修練場がある建物の前に来ていた。
修練場は生徒達が剣の練習や魔法の使い方などを学ぶ場で、自主練などもできるらしい。
「あれ? 朝の二人じゃない! 何してるの?」
建物を眺めていると、そんな声と共に建物の中から女子生徒が出てきた。それは朝に出会った杖を持った女子生徒だった。
「また会うとはな。俺達は今からここで模擬戦をしようと思ってるんだ。えーっと……?」
女子生徒の名前を言おうとして言葉が出てこない。そういえば俺はまだこの女子生徒の名前を知らなかった。
「私の名前はナタよ。散歩のついでに建物を見学してたの」
そう言って女子生徒――ナタが名乗った。
「そうだったんだね。僕の名前はレッドだよ」
「俺はウィルだ。よろしく」
「よろしく、二人とも。この建物、中も結構広くて模擬戦をするには丁度いいと思うわ」
――これなら中で多少暴れても安心ね。
小声でナタがそっと付け足した。何をする気なのだろう?
「それは楽しみだ! ナタさんも模擬戦をするの?」
「うーん、気になるけど……まだ荷解きが終わってないのよね。今日はもう寮に帰ることにするわ」
「うん、わかったよ。また明日!」
「ええ、二人ともまた明日」
ナタはそう言うと、こちらに手を振りながら修練場から離れていった。俺達も手を振りながらナタを見送ると、修練場の中に入った。
修練場の中はナタの言った通り、広い空間があった。夜ということで部屋の端っこで素振りをしている生徒が数人いるぐらいで、ほとんど人はいない。
俺達は木刀を借りると、部屋の中心に移動した。お互いに向き合うような体勢になると、そのまま2人とも1歩後ろに下がった。
「じゃあ先に相手に致命傷を与えたとみなせるような状況にした方が勝ちにするか?」
「うん、そうしよう。じゃあスタートはあの時計の秒針がちょうど真上に来た時ね」
「わかった。……じゃあ始めようか」
俺はそう言うと木刀を構えた。そのまま正面にレッドを見た後、横目で時計を見る。ちょうど秒針は真下にあった。
秒針がゆっくりと上に移動していく。
ついに秒針が真上を指したその瞬間、俺達はほぼ同時に後ろに飛んだ。
俺は素早くレッドの出方を伺うべく体勢を整えた。だがレッドは――
(早い!)
レッドは後ろに飛んだ勢いを利用して地面を踏み込むと、電撃のようなスピードで正面から真っ直ぐこちらに飛びかかってきた。
剣先は俺の胸の辺りを捉えている。俺は咄嗟にその突きを木刀ではらうと、負けじと剣先を突き出した。
「くっ!」
だがレッドはその突きをひらりとかわすとさらに俺との距離を詰めてきた。再び俺とレッドの剣が交差する。
このまま攻防を繰り返していればいずれ押し負けてしまうだろう。俺はひときわ力強くレッドの剣を弾くと後ろに大きく跳ねて距離を取った。
持っていた木刀を頭上に振り上げる。魔法を発動することにしたのである。
振り上げた刀の先端に小さな水滴のようなものが現れた。それは段々と大きくなり、次第に空中に渦を巻く大きな水の塊のようなものが形成された。俺が村での修行で身につけた、俺の得意魔法だ。
俺はそのまま刀を振り下ろすと、レッドに向かってその水の塊を放った。
レッドは自分に向かって飛んでくる魔法を見つめると、そちらに向かって手をかざした。
次第に手のひらの前に小さな炎の渦のようなものが現れた。それは段々と大きくなると、やがて俺が放った水の渦と同じくらいの大きさになった。
そして次の瞬間、渦を巻く炎の塊が俺の水の塊に向かって放たれた。
水の塊と炎の塊が激しくぶつかり、塊同士が大きくなる。そして――
「なっ!?」
炎の塊が水の塊を飲み込むように包んだ後、小さく破裂するようにしてかき消えた。
あたりにはしばらく小さな火花が漂っていたが、やがて消えた。
「…………」
俺はその光景が信じられず、魔法が消えたあたりを見つめていた。レッドの方をチラッと見るとこちらに追撃するために木刀を握り直しているのが見えた。
「……降参」
俺は半ば言い捨てるように言った。このまま戦っても勝てないことに気づいてしまったのである。
「……ということは僕の勝ちだね」
レッドが笑いながら言った。さっきまでの戦闘中の緊張感が嘘のように解けている。
「…………ああ」
俺はそう言うので精一杯だった。
俺が初めて誰かとの勝負で負けた瞬間だった。
その日、俺はベッドに入って考えていた。
レッドには剣でも魔法でも押し負けていた。それどころかレッドは全力を出していなかったと思われる。
最後の俺の魔法とレッドの魔法がぶつかって消えたのは俺の魔法とレッドの魔法が反対の性質を持った上で同程度の威力だったからだ。わざわざ俺の威力に合わせた魔法を打って、当てることで魔法を打ち消しあったのだ。
全力の得意魔法すら打ち消される――。俺とレッドにはあまりにも格差があった。その事実がとてつもなく悔しいのと同時に、どこか冷静に受け止めている自分がいた。
このままだとダメだ。
俺は思った。
このままだとレッドに勝てない。勇者になれないかもしれない。俺の夢が叶えられない。
いや、それどころかもっと大変なことになる。なぜかそんな予感がしてならなかった。
二段ベッドの上の段からはレッドの寝息が聞こえる。2人で一つの部屋に住むので、寮のベッドは二段ベッドだった。
レッドが試合に勝ったからというのもあるが、俺が下の段の方が妙にしっくりきたので今日は上の段をレッドに譲った。俺は頭上の床版をじっと見つめた。
もっと修行しなければ。俺は思った。
俺の夢を叶えるためにも、妙な予感から逃れるためにも、修行して勇者になるのだ。勇者になるためにも、レッド以上の実力を身につけなければ。
勇者に選ばれる3年生までの3年間、必死に修行しよう。剣も魔法も勉学も。
必ず勇者になるのだ。




