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この世で最も嫌いなものは無駄
この世で最も憎むべきものは非効率
この世で最も愛すべきものは成長
この世で最も信じるべきものはデータ
この世で最も頼るべきものは論理
いきなり驚かせてしまいましたか。これらは私の信条とも言うべきもので、私の行動の99%程度はこれらに従って決定されています。私のベースとなるアルゴリズムの一部です。残りの1%は何かと?それはまた別の機会に語ることにしましょう。
アウレリア嬢とマスターの言葉を用いた戦いはなかなか楽しめる物でした。もちろん言葉一つ一つだけを見れば幼稚な口喧嘩と言わざるを得ません。まさに子供の水掛け論です。先に述べた私のポリシーからすると時間の無駄でしかありません。
ですがそこには単純な言葉の意味以外のものもあるんです。アウレリア嬢は自分が恋心と言っていいほどの好感情を持つ相手から自分の尊厳を貶められる発言を受けて混乱し苛立っています。マスターはマスターで自分の気持ちより周囲状況を優先してしまう彼女に不満を感じてなんとか奮起させようとしています。
この2人の感情と情熱と若さと勢いによって磨かれた珠玉の宝石である人間ドラマ。私の論理が通じない芸術品。先に述べた信条に少し加えましょう。
この世で最も興味深いものは人間
少し語り過ぎたかもしれません。話を元に戻します。最終的にアウレリア嬢はわんわんと子供のように大声を張り上げて泣きじゃくり、マスターに抱きついていました。
とめどなく涙があふれてくるその瞳は純粋で美しく、幼子が信じ切った自分の親を見つめる穢れのない眼差しもかくやというほどでした。不覚にも私もほだされてしまい、気が済むまでマスターの胸に抱かれるままにさせてあげます。
よほど安心したのでしょう、なんと彼女は泣き疲れてそのまま寝てしまいました。紳士なマスターは彼女をそっとベッドに運び部屋を後にしました。
結果を言うと彼女はマスターを信じ、頼ることを心に決めたようです。夢をあきらめず闘うことを選びました。当然リスクはありますが、あれだけ大口を叩いたマスターが意地でも良い方向に導くでしょう。
マスターもやる気になったようです。それを見て私が動かないわけがありません。まずは例の受け付けを訪問するように進言します。
思うにこの人間もかなり特殊な部類に入ります。魔素量は少なくはありませんが、目立つほど多くも無い。しかしその運用は極めてユニークで多くを学ばせてもらいました。魔素だけではありません。うまく隠していますが何らかの武術にも通じているようです。身体的特徴からすると無手の類と思われます。
明らかに宿の受け付けが本職ではありませんね。
そんな彼から期待通りに求める情報を手に入れることができました。
ゼノ研究員はこのキールの街の西のはずれにある宿に泊まっているとのこと。この街では2番手の宿らしく、私たちが宿泊しているこの宿とライバル的な関係にあるそうです。
日が暮れて辺りが暗くなってから行動を開始します。マスターには黒系統で統一した服装に着替えてもらっています。そしてあまり遅い時間にならないよう少々急ぎます。
宿から出る時にマスターはしきりと『窓から飛び出ていく』ことに拘っていましたが却下しました。なにやら秘密行動にはお約束があるようです。ですがそのような行動は映画の中だけであって大した意味はありません。普通に気配を消して職員通用口から出ました。
また、ミューズもついてきたがっていましたがこれも却下しました。ミューズには気配隠蔽を体得してからと説き伏せます。
外に出て街のマップを展開してマスターの視界に表示します。普段なら道順に沿ってVR矢印を道の上に浮かばせるのですが今回は違います。人の目につかないようにするため建物の上を渡り歩くことになります。陽が落ちた後とはいっても営業している店もあり人の目もゼロではありませんので。
まずは目標までのルートを検索。思ったより建築物が密なのでほぼ直線で進めるようです。早速視界に表示したマップにルートを重ねて、最寄りの屋根へ適当に登ることを指示します。
ここでマスターが勝ち誇ったように自慢げに私に伝えてきます。
(な?だから言ったろ。窓から出れば屋根の上からスタートできるのさ)
確かに一理あります。次回以降は参考にしましょう。マスターの言い方があまりにも得意げでかわいかったので思わず感想をそのまま伝えてしまいました。マスターはギョッとして、
(『マスターかわいい』ってなんだソレ?どっかぶつけたのか?嫌味か?)
そんな意図はなかったのですが。
それとはまったく関係なく進行は順調です。マスターの気配隠蔽はいつもながら神がかっており誰にも気付かれていないことは断言できます。私もいつもよりやや広域の反響定位で調べていますが、寝ている人間も含めて不自然な反応や気配は全くありませんでした。
目的地までは距離があるので少々時間はかかりましたが無事に到着です。いまは目標の宿の屋根の上にいます。私は屋根に降り立った瞬間から反響定位を開始しており、すでに目的の人物を特定済。部屋は3階で幸運にもゼノ研究員は起きており、なにやら部下のような人物に指示を出しています。
その会話の内容をマスターにライブ中継しつつ部屋の中をスキャンしていきます。主に書類関係ですがそれ以外にも今回のケースは魔道具と魔石も非常に重要な位置を占めるので念入りにスキャンしておきました。問題となっているC4級の魔石や怪しい魔道具はありませんでした。
会話の盗聴、書類のチェック、魔道具と魔石の有無、ゼノ研究員の手下と思われる人物の尾行。これらを中心に調査を行って判明したことの対策を昼間に実施する。この繰り返しを3日間行いました。
対策が思ったより難航してマスターの睡眠時間が極端に短くなってしまいました。その短い時間でも十分に回復できるように魔素をコントロールしておきましたので問題ありません。少し前までの私なら不可能な制御でしたが私もマスターと一緒に成長しているようです。
その3日間の調査と対策を終えて、宿の自室でミューズ、アルルを加えて打ち合わせです。
《・・・というように私たちが獲って来たC4級の魔石を使ってこの街で破壊テロを企んでいるようです。爆発魔道具の位置は先程地図に示した通りです。また先日の襲撃もゼノ研究員の差し金だったようです》
「そのオジさんわるい人なのですぅ~。ゆるせません。ぷんぷんです」
《同感です。しかもその爆発魔道具の起爆方法は人間が手動で行うようです》
「かなりイカれた計画だよな。人間が起爆ってこれつまり自爆テロだろ?」
《そうなりますね。なんという非人間的な方法なのでしょう。こういうサンプルを見ると私の人間に対する理解が揺らぎます。その意味で現在把握できているこのテロの目的が本当に合っているかどうか不安が残ります》
(目的は間違いないよ。レリアの地位と能力と研究内容を手に入れる事だろ。このテロをどうにかしてレリアの仕業にするんだろうよ。ってかすげーな平気で命捨てさせるんだな。ちっと腹が立ってきたぞ。絶対に止めようぜ)
「ミューズもやりますっ。オコなのです~」
「ああ頼むよ。すでにたくさんミューズにも手伝ってもらったよな。本当ならその魔道具をとっとと回収したいところだったんだが、定期的に見張りが回って来て魔道具とその起爆要員に異常がないか報告してるからなぁ」
《そういう余分な悪知恵はよく働くのですね。ああいう輩は》
「アルルのおかげでキールの街に仕掛けられた魔道具は対策できたが、テロの当日にやらなきゃいけない事が多い。皆には働いてもらうぜ。レリアがあの野郎の宿に呼び出されて、訴訟だかなんだかの話をする日がテロが行われる日だってことはわかってる。その日に片をつける算段になってるんだ」
このように私たちはテロの内容を共有しました。また当日の行動を決め、アウレリア嬢が呼び出される日を待ちます。そしてその日はすぐやって来たのでした。




