第63話「闇の宣戦布告」
夕暮れが沈みきり、風呂リダ町を発ったカードの馬車は、米リカの首都地区へと到着した。
黒いスーツを身にまとったカードは、いつも通りの完璧な身なりで馬車を降りる。
執事が心配そうに尋ねた。
「旦那様……仮装はなさらないのですか? 本日はハロウィンパーティーでございますが……」
カードはゆっくりとネクタイを締め直し、にやりと笑った。
「心配無用だ。私は既に“偉大なる大統領”として仮装している。これ以上の完璧な衣装があるかね? 」
その堂々たる態度に執事は言葉を失い、ただ深々と頭を下げた。
風呂リダ町を出発し、馬車に揺られて数時間。目的地……大統領公園に到着する。
会場……大統領公園。
そこは幻想的な光に包まれていた。
無数のランタンが浮かび、屋台にはキャンディやパンプキンパイが並び、魔女や吸血鬼、ミイラ男、ゴーストといった仮装の群れが歓声を上げていた。
カードはゆっくりと歩きながら周囲を眺める。
「ふむ……この世界の仮装は実にレベルが高い。あれなどは本物のドラキュラと見紛うほどだ」
周囲の人々も、黒いスーツ姿のカードを見てひそひそと囁き合う。
「あれ、誰? 」「あれも仮装? 」「いや、本物の政治家みたいだぞ」
そんな声を気にも留めず、カードは悠然と進んでいった。
公園の奥へ進むにつれて、音楽や笑い声は次第に遠のき、代わりに重い静寂が広がっていく。
しかし、カードの鋭い目には、何か異質な気配が映っていた。
「……賑やかだが、何かが違う。華やかさの裏に、妙な静寂が潜んでいる」
公園の奥へ進むにつれて、音楽や笑い声は次第に遠のき、代わりに重い静寂が広がっていく。
人々の姿がまばらになり、やがて見えてきたのは……漆黒の館だった。
それは転生前の世界で見覚えのある形。ホワイトハウスを模した建物だ。
だが、その壁は白ではなく、夜よりも深い黒に染まっていた。
「……なるほど。これはホワイトハウスではなく“ブラックハウス”というわけか」
カードは眉をひそめる。どこかで鐘の音が鳴った気がした。だが、それは風の音にすぐ掻き消された。
転生前の世界で見覚えのある建物、ホワイトハウスの黒い鏡像。
月光に照らされたその姿は、不気味なまでに静まり返っている。
カードが一歩踏み出した瞬間、足元から波紋のように黒い靄が広がった。
「さて……ここまで招かれた以上、ホストが出てこなければ礼儀知らずというものだ」
その言葉に応えるように、重々しい扉がゆっくりと開いた。
ギィ……と鈍い音が闇に響き渡る。
中から一人の男が現れた。
全身を黒いローブに包み、深く被ったフードの影で顔は見えない。
ただ、そこに立つだけで、空気が凍りつくような圧を放っていた。
「……ようこそ、元大統領」
重く低い声。
姿勢を崩さぬカードが冷ややかに言う。
「やはり貴様が“私”を呼んだ張本人か」
「そうだ。あなたが来ることはわかっていた。あなたのような男は……招かれなくても、権力の匂いに惹かれてやってくる」
カードは眉をひそめる。
「随分と口が悪いな。私はただ礼儀正しく招待に応じただけだ」
男は一歩前に出ると、ゆっくりと両手を広げた。
その瞬間、大地が震え、闇色の光が公園全体に広がっていく。
祭りを楽しんでいた人々の体が、まるで糸が切れた人形のようにピタリと止まった。
次の瞬間、彼らの皮膚がひび割れ、仮装の衣装が溶けてゆく。
中から現れたのは……牙をむいた化け物、角を生やした悪鬼、異形の獣たちだった。
それらはうめき声を上げ、苦痛と狂気が入り混じった目で辺りを見回す。
「これは……貴様、何をした? 」
カードの声が鋭く響く。
黒いフードの男はゆっくりと笑った。
「ハロウィンとは“仮装の夜”……だが私は私のスキルで“真の姿”を解き放ってやっただけだ。彼らの仮装は仮面ではなく、封印だったのだよ」
人々が次々と異形に変わっていく光景を前に、カードの拳がわずかに震える。
「……貴様の仕業か。普通の市民を巻き込むとは、実に下劣だな」
「下劣? 違う、これは進化だ。人は力を求める。私はそれを与えた。君が倒してきた者たちと同じようにな」
その時、空が裂けた。
眩い光が走り、上空に巨大な魔法陣のような紋章が浮かび上がる。
そこから無数の映像が投影され、宙に浮かぶモニターとなった。
モニターには、米リカの他の町……風呂リダ、入浴町、テギュサス町などが映し出される。
そこでも同じように、人々が次々と変貌し、暴れ回っていた。建物が燃え、悲鳴が響く。
「……これは……! 」
カードの瞳が怒りに燃える。
「見えるだろう? 君の愛した国……米リカが、いままさに混沌へと沈んでいく様を」
黒いフードの男が冷たく告げる。
「止めたければ、私を倒すことだ」
「……貴様の狙いは何だ? 」
「単純だ。この国の“王”の座を決めること。
……大統領の座を、私と賭けて戦え、カード」
その瞬間、公園全体が揺れ、周囲の街灯がすべて爆ぜた。
炎と黒い霧の中で、二人の姿だけがはっきりと浮かび上がる。
カードはゆっくりと腕を組み、低く言った。
「……私と“大統領”の座を賭けて、だと? 」
「そうだ。この世界の支配者がどちらにふさわしいか……決めようではないか」
風が強く吹き、木々の葉が舞い上がる。
炎に照らされたカードの瞳が、鋭く光った。
「面白い。貴様が本物の“国の指導者”か、それともただの仮面の下衆か……この私が証明してやろう」
黒いフードの男は静かに微笑んだ。
「その意気だ、元大統領。
さあ……この夜を、“歴史に刻む夜”にしよう」
闇と炎が交錯し、ブラックハウス前は戦場と化していった。




