第62話「大統領からの招待状」
夜の風呂リダの空は、静寂に包まれていた。
湯気を立てる露天風呂に、カードの逞しい肩が沈む。湯面が月光を反射し、銀の揺らめきが肌を撫でるように広がっていた。
「……ふむ。静かすぎるな」
湯の心地よさに身を委ねながらも、カードの思考は休むことを知らなかった。頭の中に浮かぶのは、これまで幾度となく戦ってきた「黒いフードの男たち」のこと。彼らは皆、死の間際に口を揃えてこう言っていた。
“あのお方のために”
その言葉の響きが、未だに耳の奥でこだまする。
さらに不可解なのは、彼らが持っていた“他者に力を与える”能力だった。元サル人間のゴルファー、そしてスパイア鉱山を支配していたゴルン……どちらも同じように、何者かから力を授けられていた。
カードは湯に顎まで沈め、目を細めた。
「……つまり、すべての元凶はあのお方という存在か。だが……奴は何者だ? 」
風が吹き抜け、湯けむりが流れる。庭の松がざわめき、虫の声が微かに響いた。
その時、邸内の方から慌ただしい足音が近づいてくる。
「カード様っ! たいへんでございます! 」
執事の声が響き、数秒後、庭の扉が開く。
年老いた執事グラントが息を切らせ、両手に一通の封筒を抱えていた。
「何事だ。風呂の最中に騒がしくするとは、貴様らしくもない」
「も、申し訳ございません。しかしこれは緊急でございます。この国の……大統領からの手紙です! 」
その言葉に、カードは眉をひそめた。
「……大統領、だと? 」
執事から受け取った封筒は上質な羊皮紙で封印され、金色の紋章が押されている。丁寧に開封すると、中から香りの良い便箋が現れた。
そこには堂々たる筆跡でこう記されていた。
『カード殿。
貴殿の活躍は我が国においても話題となっている。
我々は貴殿の功績を称え、特別に“大統領公園”で行われるハロウィンパーティーにご招待したく思う。
国の発展のため、ぜひご出席いただきたい。
米リカ合衆国 大統領 』
カードは文面を読み終えると、しばらく沈黙した。
やがて湯面に肘を乗せ、低く呟く。
「……米リカ大統領、だと? 米リカ? ……この国の名が、米リカ? 」
その名を口にした瞬間、胸の奥にざらつく違和感が生じた。
転生してから、カードはこの世界の地理に大きな関心を持っていなかった。
だが、“米リカ”という響きは、どう考えても無視できない。
「執事、すぐに地図を持ってこい」
「かしこまりました! 」
執事が屋敷へ駆け戻り、数分後に大判の地図を携えて戻ってきた。
カードは風呂から上がるとバスローブを羽織り、湯上がりのまま露台のテーブルに広げる。
そこに描かれていた国の形……それは、記憶の奥にこびりついた地図とまるで同じだった。
北に山脈、中央に大河、南西に大都市群……
まさしく転生前、カードが大統領として治めていた“某合衆国”に酷似していたのだ。
「……まさか、ここが……? 」
思わず手が震え、地図を握り締める。
この世界は確かに異世界のはずだった。しかし……もしも、何らかの形で前世の世界が干渉しているとしたら?
カードはゆっくりと椅子に腰を下ろし、鼻で笑った。
「フフフ……面白い。私の知らぬところで“大統領”を名乗るとは。いい度胸だ」
執事が恐る恐る尋ねる。
「カード様……お手紙の招待、どうなさいますか? 」
カードは手紙を指先でくるくると回し、天井を見上げた。
「決まっている。出席する。この私を差し置いて“大統領”を名乗る男が、どんな愚か者か確かめねばな」
執事がほっとしたように頷き、すぐにスケジュール帳を取り出す。
「ハロウィンパーティーは三日後、場所は首都ワシン郊外の大統領公園でございます。服装は仮装との指定が……」
「仮装、だと? ふむ……ならば、最高の演出をしてやろうではないか。大統領には大統領らしく……真のリーダーの仮装でな」
カードはバスローブの下から立ち上がり、湯気を背に笑った。
その笑みは自信に満ち、どこか危険な輝きを帯びていた。
「フフ……面白くなってきた。ようやく退屈が終わるようだ」
こうして、カードは再び動き出す。
風呂リダの静寂を破り、彼の新たな舞台……米リカ大統領公園のハロウィンパーティーへと。
その先に待つのは、偶然か、あるいは必然か。
しかしカードは確信していた。
この招待状こそ、“あのお方”へと繋がる糸口であると……。




