第61話「豪邸完成、そして極上の湯けむり」
カードは風呂リダ町の石畳をゆっくりと歩いていた。旅と戦いの疲れがまだ体に残っている。しかし、その足取りは軽い。理由はただ一つ……依頼していた夢の邸宅が、ついに完成したと報せを受けたからだ。
町外れの小高い丘に差し掛かると、目の前にそれは姿を現した。
白い壁が陽光を受けて輝き、二階建ての堂々たる佇まい。広々とした敷地には、黒鉄の門と丁寧に刈り揃えられた生け垣が整然と並んでいる。カードは思わず足を止め、鼻で小さく笑った。
「フフ……やはり私の選択は常に正しい。金を惜しまねば、結果も輝くのだ」
門の前では、設計から施工まで全てを指揮した建築士の男が待っていた。中年ながらも姿勢は真っ直ぐで、鼻の下の口ひげがきちんと整えられている。
「カード様、お帰りなさいませ。約束通り、露天風呂付きの豪邸をお造りいたしました」
建築士は誇らしげに胸を張り、両手を広げて完成した屋敷を示す。
「よろしい。では、案内しろ。私がどれほど満足するか、直に見てやろう」
門をくぐると、広い石畳のアプローチが玄関まで続いている。両脇には季節の花々が咲き誇り、中央には小さな噴水まで設けられていた。
カードは内心「これだけでホールインワン分の価値はあるな」と計算していた。
重厚な木製の扉が開かれ、玄関に足を踏み入れた瞬間……思わず感嘆の声が漏れた。
天井は高く、真新しいシャンデリアが煌めき、床には磨き上げられた大理石。壁際には客人を迎えるための大きな花瓶と、贅沢な赤い絨毯が敷かれている。
建築士が誇らしげに案内を続ける。
「奥には大規模なパーティルームをご用意しました。百人規模の宴も可能です」
その扉を開ければ、広々とした空間が目に飛び込んできた。壁には巨大な暖炉が備え付けられ、長テーブルが中央に堂々と置かれている。窓から差し込む光が床を明るく照らし、ここで催される未来の豪華な宴を容易に想像させた。
さらに進むと、天井が吹き抜けになったリビングが広がっている。革張りのソファが並び、壁際には高級ワインラック。カードはソファに腰掛け、ふむと頷いた。
「これならば、退屈な来客にも優雅に対応できる」
続いて案内された書斎は、重厚な木製の机と壁一面の書棚が圧巻だった。窓からは庭が一望でき、午後の陽射しが机を温かく照らしている。
そして……庭に出ると、そこにあった。
大きな岩を巧みに配置した露天風呂。湯けむりがゆらゆらと立ち昇り、湯面は青空を映してきらめいている。風呂の縁からは湯が溢れ、心地よいせせらぎを奏でていた。
カードは口元を綻ばせ、建築士の方へ向き直る。
「見事だ。期待以上だ。貴様、なかなかやるな」
そう言って右手を差し出すと、建築士は深く頭を下げながら固い握手を返した。
さらに驚いたことに、屋敷の管理を任せられる執事とメイドまで用意されていた。
執事は白髪混じりの老紳士で、背筋がまっすぐに伸び、眼光は鋭い。
「カード様、これより屋敷の管理と日々のご用命は、すべて私どもにお任せください」
メイドは三人おり、皆揃って一礼する。その動きは揃いすぎていて、まるで一糸乱れぬ舞のようだった。
ひと通りの案内が終わると、カードは即座にこう告げた。
「よし、まずは露天風呂だ。戦いの疲れを癒すには、湯と静寂が必要不可欠だ」
執事の手で衣服が整然と脱がされ、バスタオルを肩にかけたカードは、湯気立ち込める庭の露天風呂へと向かった。岩の縁に足をかけ、ゆっくりと湯に身を沈める。
「……ふぅ……これだ……これこそ、私が求めていた世界だ」
湯は程よい熱さで、体の芯まで染み渡っていく。空を仰げば、薄雲の間から柔らかな日差しが降り注ぎ、遠くでは小鳥のさえずりが聞こえる。まるで全てがカードを労うかのようだ。
肩まで湯に浸かりながら、カードはゆったりと目を閉じた。
スパイア鉱山での戦い、ゴルンとの死闘、町の人々の歓喜……それらが走馬灯のように脳裏をよぎる。だが、今はただ湯の中で全てを忘れ、己の贅沢を噛み締めるだけだった。
「フフ……この屋敷、この風呂……私に相応しい舞台の始まりだ」
湯けむりの中、カードの口元は満足げに歪み、その目には次なる野望の光が宿っていた。




