第59話「セルフファースト・ツームストン」
「うおおおおおっ! 」
カードの咆哮が、岩肌に反響した。ジャケットとシャツを脱ぎ去ったその肉体は、鋼のように引き締まっており、年齢を感じさせない威圧感を放っていた。彼の目の前に立つのは、黒いオーラを全身から噴き出す…………ゴルン。もはや人間の姿はなく、顔はゴリラに酷似し、体躯は巨木のように逞しい。筋肉のうねりが生む衝撃波で、足元の石が小刻みに震えていた。
「さあ、プロレスの時間だ……! 」
カードは低く呟くと同時に、地を蹴って突進した。全速力のラリアットがゴルンの首元を捉え、重たい衝撃音が響く。だがゴルンは耐えた。その巨体は微動だにせず、カードを睨みつけたまま口を開く。
「無駄だ。我に効くのは……我より強き者だけだ! 」
次の瞬間、ゴルンは両腕を胸に叩きつけた…………ドラミング・インパクト。その衝撃で空気が弾け、目に見える波動が襲ってくる。カードは吹き飛ばされ、地面を数メートル転がった。身体中に土と岩が食い込み、擦過傷が走る。
「クッ……しかしな……」
立ち上がるカードの表情は、満面の笑みだった。
「私は弱き者を助け、強き者をねじ伏せる。それがセルフファーストだ! 」
再び突っ込むカード。ゴルンが腕を振り下ろすが、カードはその一撃を寸前でかわし、すれ違いざまに足払い。バランスを崩したゴルンに、今度はジャーマン・スープレックスをし掛ける。地面に叩きつけられたゴルンの背中が鈍く鳴った。
「なっ……ぬるい……! 」
すぐに立ち上がったゴルンは、地面に拳を叩きつけ地割れ衝撃波を放つ。数本の岩柱が地中から突き出し、カードの足元を揺さぶった。岩に足を取られたカードは態勢を崩す。
そこへ、ゴルンが跳んだ。上空から両手を振り下ろす、全力のゴリラハンマー。
「この一撃で終わりだああああ! 」
「甘い! 」
カードは体をひねり、岩柱を蹴って空中に舞い上がる。その軌道上で、ゴルンの頭を掴むと、逆さまに抱え込み、重力を味方につけ急降下する。
「これは……! 」
「…………セルフファースト・ツームストン・パイルドライバー!! 」
ズドンッッ!!
大地が震える轟音とともに、ゴルンの頭が地面に叩きつけられ、岩盤がひび割れた。地面が割れ、粉塵が立ち上がる。その中心に立つのは、ゆっくりと拳を握るカードと、動かぬゴルンの姿だった。
「勝者は…………この私だ」
その瞬間、周囲にいたゴリラ人間たちが一斉に叫び声を上げた。
「グ……グボボ……! 」
「ゴルン様が……敗れた!? 」
「に、逃げろおおお! 」
蜘蛛の子を散らすように走り出すゴリラ人間たち。彼らの視線には恐怖と敗北が刻まれていた。圧倒的な支配者の敗北。それは、ゴリラ軍団の支配構造そのものの崩壊を意味していた。
その様子を見ていた**作業員たち**が、徐々に集まってくる。中には目を潤ませ、口を手で押さえている者もいた。スコップや鉄パイプを手にしていた彼らが、一人、また一人とカードの周囲に集まっていく。
「……あんたが……あんたが俺たちを救ってくれたんだな」
「ヒーローってのは作り話だと思ってたけど……本当に現れるんだな」
「ありがてぇ……カードさん! 」
歓声が沸き上がった。誰かが泣き出し、それに釣られてまた一人泣いた。男たちが、泣いた。誇りを奪われ、命を搾取され、家族のもとに帰れなかった日々。その呪縛から解き放たれた瞬間だった。
「さあ、みんなで町へ帰ろう」
カードが静かに言った。
作業場の奥にある大きな鉄扉…………そこには重たい南京錠がかかっていたが、カッパーが持ってきた鍵で開けられた。ギィ……という音とともに扉が開かれ、外の光が差し込む。それは、自由の光だった。
誰かが「うおおおおお! 」と叫び、それに全員が続いた。作業員たちは肩を組み、笑い、泣きながら山を下っていった。カードはその後ろ姿を見ながら、ひとり拳を握りしめる。
(……黒幕の気配が、まだ残っている。お前の正体……必ず突き止めてやる)
こうしてスパイア鉱山の戦いは、幕を下ろした。
だが、戦いの終わりは、物語の新たな始まりを告げていた…………。




