第57話「演説のチカラ」
スパイア鉱山の地下空間には、粉塵の舞う空気と、硬い岩盤を削る金属音が響いていた。その空気を切り裂いたのは、カードの拳だった。ゴリラ人間の群れを撃退したその姿に、作業員たちは一瞬の歓喜を覚えた。しかし、それも束の間……。
「……まだだ。奴らは、終わっちゃいない」
誰かの震える声が鉱山にこだまする。顔を見合わせる作業員たちの目に、不安と恐怖が広がっていた。彼らが怯えるのは、まだ鉱山に潜んでいる残りのゴリラ人間と、そして何よりあの黒いローブをまとった男の存在だった。
「無理だよ……どうせまたやられる……」「あいつらが来たら、終わりだ……」
その言葉に、カードはゆっくりと前に出た。背筋を伸ばし、どこまでも傲然とした態度で作業員たちを見回す。口元には、静かなる微笑。そして、あの特徴的な、堂々たる口調で語り始めた。
「……諸君。私の名はカード。そう、異世界において最も信頼される指導者であり、勝利の男である」
一瞬、場が静まり返った。誰もが彼の次の言葉を待っていた。
「見たはずだ。この私が、ゴリラ人間どもをいとも簡単に屈服させた姿を。あれが力だ。だが私が本当に欲しているのは、力ではない。自由だ。諸君らの手に、再び握ってもらいたいのだ。働く者が笑い、家族と共に明日を語る未来を! 」
作業員たちは、驚いた顔でカードを見ていた。地下の暗闇で、まるでスポットライトを浴びたかのように、カードの言葉が響き渡る。
「恐怖に震えて生きるのか? それとも、私と共に歩むのか? ……さあ、選ぶがいい!」
沈黙が数秒流れ、やがて——。
「……俺は、あんたについていく!」
「私もだ! このままじゃ終われねぇ!」
「やってやろうじゃねぇか、黒ローブの野郎どもを!」
歓声が広がった。作業員たちは次々と鉄パイプやスコップを手に取り、決意の光をその目に宿らせる。長年奴隷のように扱われてきた彼らが、今、ひとつにまとまった。
その瞬間、入り口の方からドスン……ドスン……と重い足音が響いてきた。
「来たぞ……! 」
現れたのは、残りのゴリラ人間十数体、そしてその先頭に立つ、黒いローブの男。顔は灰色の仮面に覆われており、その瞳にはまるで感情がなかった。仮面の隙間から、冷酷な声が漏れる。
「下等な連中が……一匹、余計なことをしたようだな」
カードは一歩前に出て、右手を高く掲げる。
「そうだ。余計なことをした男がここにいる。そして、この男は言う。お前たちを、今ここで終わらせると! 」
「何を……! 」
ローブの男が叫ぶより早く、カードが続けた。
「作業員たちよ! 奴らを私が引き受ける。君たちはこの隙に、外へ向かえ! 」
「違う! 俺たちも闘う! 」
「ここで逃げたら、一生後悔する! 」
「俺たちはもう、奴隷じゃねぇんだ! 」
作業員たちは鉄パイプを振り上げ、叫びながら前へ飛び出していく。その顔には怯えが消え、怒りと誇りが宿っていた。
「ふむ……ならば私も全力でいこう。久々に演説以外の力を見せる時が来たようだな」
カードが黒ローブの男に向かって走り出す。地面を蹴るたびに小さな爆風が起こるほどの脚力。対する男も、ローブの袖から黒い魔力を纏った剣を取り出し、構える。
「貴様が……この事態の元凶か。ならば、私はこの地の英雄として、責任を取らねばならぬ!」
剣と拳が交錯する。金属と魔力の火花が地下空間を照らし、背後では作業員たちが次々とゴリラ人間に立ち向かっていく。
血しぶき、怒号、破砕音、そして……。
「我々は、奴隷ではない! 人間だッ! 」
「この鉱山を取り戻せェェェェ! 」
作業員たちの魂の叫びが、地の底から天へと響いていく。
そして、カードの声が重なる。
「我らが勝利する日、それは今日だ! 今こそ、自由の時だッッ!! 」




