第56話「鉱山奪還作戦」
ナイフを握った作業員が、血走った目でカードに向かって突っ込んでくる。無言の一撃……だがその動きは粗雑で、焦りと恐怖に満ちていた。
「ほう。まるで護身の心得もないな? 」
カードは冷静にその刃をかわすと、袖口で風を巻き起こし、その勢いで作業員の手からナイフをもぎ取る。力ではなく、技で奪う。刃を足元に投げ捨てると、カードはゆっくりと男に近付いた。
「……殺すなら、さっさとやれ……」
男は肩を落とし、視線を伏せた。声は諦めと疲労に濁っていた。
「殺す? 誰がそんな面倒なことを頼んだ? 私はただ、この鉱山の現状を知りたいだけだ」
カードの声は静かで、それでいて底冷えするような威圧を含んでいた。男……カッパーと名乗ったその作業員は、しばしの沈黙の後、口を開いた。
「……全部話す。ここは、もう人間のものじゃない」
カッパーが語る過去は、想像以上に異常なものだった。数ヶ月前、灰色の仮面を付けた黒いローブの人物が、十数体のゴリラ人間を引き連れて現れたのだという。彼らは武力をもって鉱山を制圧し、従業員たちを拘束。以降、昼夜を問わず採掘作業を強制する地獄が始まった。
掘り出された鉱石は本来なら町へと輸送されるはずが、黒ローブの指示により、別のルート……どこか得体の知れない場所へと送られているらしい。
「俺は脅されて、ここの見張り役をやってた……やらなきゃ家族をどうにかするって言われて……! 」
膝をついたカッパーの声が震えていた。
「まあ、そのくらいで命を差し出すとは思わん。よく耐えた、感心だ」
カードは苦笑しながらも、冷ややかに言い放つ。
「この鉱山、私が解放してやろうじゃないか。もちろん、ただじゃない。あの黒いローブを着た者が誰なのか――見極めたいという好奇心が私を駆り立てているのだ」
立ち上がったカードは、カッパーに鍵のありかを尋ねる。
「今夜、奴らの詰所から鍵を盗み出してきてくれ。それができれば、お前の罪は忘れてやる」
カッパーは驚いた顔をした後、深くうなずいた。
そして、夜が明ける。
採掘場に作業員たちが列を成すと、十体ほどのゴリラ人間たちが姿を現す。その手にはおぞましいほど太い鞭が握られていた。鞭が地面を叩くたびに、乾いた音と共に空気が震える。
「働けェエエエエッ!! 」
誰とも知れぬゴリラの一体が怒声を上げたその時だった。
……バキィッ!!
次の瞬間、一体のゴリラ人間が、突如現れた何かに殴り飛ばされた。
「……やれやれ、朝から猿芝居は見てられんな」
砂煙の中から現れたのは、黒いジャケットと黒のスラックスを纏った男。……カードだ。
「人間に鞭を振るうなど、貴様らには野生の誇りすら残っておらんのか? 」
悠々と歩み出たカードは、ゴリラ人間たちに睨みを利かせる。その目は獣以上に鋭く、その声は支配者のそれだった。
「オイオイ、なんだコイツ! 」
「おい、やっちまえ! 」
残りのゴリラ人間たちが一斉にカードに飛びかかる。
「そうこなくては! 」
カードの体が躍動する。迫る一体を片手で払いのけ、次の一体にドロップキック、背後から襲いかかってきた別のゴリラには、スピンを加えたバックブリーカー。鋼鉄のような肉体を持つゴリラ人間たちでさえ、カードの連撃には為す術もなかった。
まるでプロレスリングのリング上で舞うかの如き流麗な動きで、次々とゴリラたちがなぎ倒されていく。カードはジャケットを翻し、最後の一体に強烈な掌底を見舞った。
ドォン! という音と共に、ゴリラ人間は宙に浮き、そのまま岩壁に突っ込んで意識を失った。
沈黙……そして、作業員たちの中から歓声が漏れ始める。
「すげえ……! 」
「ひとりで……あのゴリラたちを全部……! 」
「誰なんだ、あの人は……? 」
その問いに、カッパーがぽつりと答えた。
「……カードさんだよ。あの人が、俺たちを救ってくれたんだ……」
カードは振り返り、作業員たちを見渡す。そして、静かに口を開いた。
「さあ、今こそ立ち上がれ。奴らの支配は終わった。だが……黒幕はまだ姿を現していない」
空を見上げるカードの目には、深い思索の色が宿っていた。
「奴の本当の目的は、鉱石じゃない。……別の何かだ」




