第49話「鋼と試練とサル人間」
翌朝……
青空がひろがるペンシル町。私は鋼の匂いがほのかに混じった空気を胸に深く吸った。昨日までの静けさが嘘のように、今は一人の使命感に胸が高鳴っている。
「……今日は大事な日だ」
カードは旅館をチェックアウトし、再び鉄鋼組合の建物へ向かう。前夜の決意を胸に、ゆっくりと重々しい扉を押し開けた。
受付に声をかけ、スティール組合長の事務所へ通される。扉を開けると、彼は書類の山から顔を覗かせた。
「カードさんか。早いな。もう来たのか」
「提案をしに来た。私がこの町で作ったゴルフクラブを使い、大会で優勝しよう。その代わり、腕のいい職人を紹介してくれ。それが条件だ」
カードは真っ直ぐに組合長の目を見据えた。信念がない者なら引いてしまうだろう。スティールは沈黙したまま、数秒私を見つめた。
「……わかった。お前ならやれるかもしれない。よし、条件を飲もう」
そう言うと、彼はデスクの引き出しを開け、中から古い革製のケースを取り出した。重厚な金属製の留め具を外すと、中にはペンシル町でかつて作られていた一世代前のゴルフクラブセットが入っていた。
「これが、昔この町で作られていたクラブの現物だ。古いが、品質はいい。これを使って大会に出ろ。結果次第では、本格的に職人を集めて新たなクラブを作れるようにしよう」
その言葉に、カードは左手でそっとケースをとめた。
「ありがとう。……では、すぐに大会へ向かおう」
会場は町外れにあるゴルフ場。朝露の光る緑の丘が目の前に広がっている。受付にはすでに何人もの選手が並び、列を成していた。
「カードだ。エントリーを頼む」
受付嬢がスムーズに書類と番号札を渡してくれる。番号は47。私の胸の中で、一瞬だけ緊張が走る。
その後、私は第1ホールへ向かった。参加者は3人1組で進行する形式らしい。しばらく待つと、組み合わせを示す掲示板が目に入った。
【第47組:中年男性(名前不明)、サル人間、カード】
「……サル人間って何だ? 」
明らかに人間ではない外見、毛深い体に長いしっぽ。木製のクラブを軽々と持ち、愛嬌のある顔をしている。サル人間は明朗な声で挨拶してきた。
「よろしくお願いします、カードさん。私はゾウジロウ。木製クラブで練習しています」
木のクラブとはいえ、ゾウジロウが放つスイングは鋭く、打球は障害物を捉えて力強く飛び出していった。
「……あれで木クラブか。なかなかの腕前だ」
私も負けじとセットされている鉄製クラブを手にし、スイングしてみる。ボールは爽快な音と共に芝生を切って飛んだ。
三人目の中年男性は無言だったが、経験者らしく、距離と方向性は見事だった。
ホールを巡っているうちに、ざわつきが広がる。第3ホールでの出来事だった。
ゾウジロウのボールがバンカーに落ちたように見えたが、よく見ると、砂の中にぼんやり動物の足跡が見える。まるで、誰かがボールを移動させたかのように――
私はクラブを握り直し、砂地に近寄ってそっと覗き込んだ。
「……これは? 」
バンカーの底には、明らかに動物の足跡が見える。ゾウジロウは首をかしげた。
「うーん……いつの間にか、こうなってたみたいです」
中年男性もやって来たが、彼も眉をひそめる。
「これは……何かの悪戯か? ゴルフ場の管理ミスか……」
カードはその芯に触れず、軽く砂を押しのけて目立たせないようにしてその場を去った。
「突発的なトラブルかもしれない。でも……気になるな」
心の片隅で警戒が走る。誰が何の目的でこんなことをしたのか。
だが今は気にかける余裕はない。予選はまだ中盤。3つのホールで差をつけておきたい。
カードはクラブを握り直し、気持ちを切り替えた。
昼が近づき、3人組はそれぞれのペースで次のホールへ向かう。ゾウジロウは相変わらずゆったりと、だが確実にボールを飛ばしていた。中年男性も黙々と進める。
「……見た目に惑わされるな。あのサル人間、侮れないぞ」
カードは内心でつぶやきながら、砂地の緑の芯に思いを巡らせつつ、目の前の一打に集中するのだった……




