第47話「露天風呂とゴルフクラブ」
ダックランドの事件が収束した翌朝、カードは村人たちと共に、再び風呂リダ町へと戻ってきた。青空の下、馴染みの道を歩くその顔には、安堵と希望の表情が浮かんでいた。
町の門が見えると、そこには家族や友人たちが心配そうに集まっており、失われた人々との再会の場が一気に歓喜と涙で満たされた。
「お母さん! 」
「帰ってきたのか、カズオ……! 」
「おい、ミナミ! 生きてたのか、てめえ! 」
村人たちはそれぞれの家族と抱き合い、声を上げ、涙を流した。再会の光景を少し離れた場所で眺めていたカードは、小さく頷くと、くるりと踵を返し、役場へと歩き出す。
「さて……こっちはこっちでやることがある」
風呂リダ町役場の中に入ると、町長がすでにカードの訪問を予期していたように待っていた。年季の入った木製の机の前で、彼は静かにカードを迎える。
「カード殿、無事に戻られて何より。まさか本当に村人たちを救い出すとは……あんたはただの人じゃないな」
「ふん、約束は守ってもらうぞ。俺は土地が欲しくて命懸けたんだ。ちゃんと譲ってもらう」
「もちろんだとも。町の西側、温泉の湧く丘の下……あの一帯を丸ごと譲渡する手筈を整えてある」
町長が差し出した地図には、赤く囲まれた広い区画が示されていた。小高い丘と、そこから流れる湯の川。まさに理想的な立地だ。
「やはりいい場所だ……文句はない」
その後、町長の紹介で建築士の元を訪れたカードは、家の設計について熱心に語り始めた。
「まず、広いリビング。それと書斎はいるな。そしてなにより、露天風呂だ。これは譲れん」
「ろ、露天風呂ですか? 」
「当然だ。温泉地に家建てるんだぞ? 風呂がなかったら意味がない」
職人はやや面食らいながらも、真剣なカードの目に頷きを返した。
「ですが、完成にはそれなりに時間がかかります。材料の調達や温泉の引き込み、排水の調整などもありますから……」
「わかった、急かして欠陥住宅を作られてはたまらない。金ならいくらでも出すから最高の家を作ってくれ」
そう言って、カードは手を軽く挙げ、仮住まい先に戻ることにした。
「……しばらくはベガス町のホテルに戻るか。あそこの朝食はうまいしな」
再びカードは旅路につき、数日後にはベガス町のいつものホテルに腰を落ち着けていた。
ホテルでの生活は、思っていた以上に快適だった。
ふかふかのベッド、頼めばすぐ出てくるルームサービス、そして何より、朝食のハンバーグが絶品だった。
その朝も、カードはテラス付きのダイニングで、ナイフとフォークを優雅に使いながら朝食を楽しんでいた。
「……やっぱり肉は正義だな」
ジュワッとした肉汁が皿に広がる。香ばしい匂いに満ちたその瞬間、ふとカードは手を止めた。
「……毎日同じことの繰り返しでは暇だ、そういえば、私の趣味って何だったかな? 」
静かに自問しながら、目を細める。過去の記憶……異世界に来る前の自分……そこには、スーツ姿で芝の上に立つ自分の姿があった。
「……ゴルフだ。私はゴルフが趣味だったんだ。何故忘れていたんだ! 」
ここに来てようやく思い出した。汗ばむ午後にアイアンを振り、グリーン上でラインを読む、あの静かな勝負。己と向き合い、心を整える時間。
「この世界にも……ゴルフって、あるのか? 」
食後、興味本位でホテルの従業員に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「ございますよ、ゴルフ。まだ上流階級の遊びですけど、人気です。特にペンシル町では、鉄工技術が高く、腕のいいゴルフクラブ職人がいるとか」
「ペンシル町……鉄鋼の街、か」
カードは興味深そうに顎に手を当てた。
「よし、決まりだ。私のための最高のクラブを作らせてやる」
露天風呂付きの家が完成するまでにはまだ時間がある。ならば、その間にもう一つの理想を叶えよう……この世界で、ゴルフを極めるのだ。
次なる目的地、ペンシル町。そこには、職人技が光るクラブと、新たな出会い、そしてまた波乱の予感が待ち受けているかもしれない。
だが今はただ、満腹の腹をさすりながら、カードは静かに旅支度を始めるのだった。




