第46話「王の陥落」
吹き飛んだ湖水の霧がようやく晴れ、地面に深く削れた湖底があらわになる。だが、そこに立つふたりの姿は、まるで新たな戦場の門出を告げるかのように、対照的だった。
「……まだやるのか、ダックキング」
濡れた髪をかき上げながら、カードが一歩を踏み出す。その足元には小さな水たまりが広がり、そこに彼の鋭い眼光が映っていた。
対するディッドは、濡れた羽を大きく広げ、どこか苦しげな呼吸をしながらも、まだ戦意を失っていない。
「当然だ……我は、王として……! 」
叫びながら、ディッドの背中から羽がいくつも抜け落ち、それがまるで刃のように空中を走ってカードに向かって飛来する。羽は鋭く、しかも追尾性を持っているのか、軌道を変えてカードの背後を襲う。
「チッ、こんな芸当まであるのか!」
カードは身体をひねり、羽を一枚一枚紙一重で避けていく。刹那の判断力と、獣のような直感。回避のたびに羽が地面に突き刺さり、地面はまるで刃物で削られたようにえぐられていく。
「いい加減にしろッ! 」
すれ違いざま、カードは一気に距離を詰め、ディッドの背後を取る。そのまま羽交い締めにして、腕をがっちりとクロスさせた。
「逃がさねぇ! 」
羽交い締めにされたディッドがもがくが、カードの腕力はまさに鉄のごとし。ディッドの身体がくるくると宙を舞い始め、そのまま空高く放り投げられる。
「なっ、なんだこれは……! 」
「空中戦は苦手だろ? なら飛ばしてやるよ! 」
カードは勢いよく地を蹴る。地面が陥没するほどの跳躍力。空中で羽をばたつかせながら落ちてくるディッドに向かって逆方向から飛び上がり、空中で組み付くように捕らえる。
「これで終わりだ……セルフファースト・パワーボム! 」
そのままディッドの身体を上下逆さにし、カードは自身もろとも垂直に落下していく。轟音と共に、ディッドの背中が地面に叩きつけられた。
ズドォォォォォォン!!
大地が揺れ、衝撃波が庭園全体を包む。石畳はひび割れ、木々は震え、遠くの城の窓ガラスまでもがガタガタと揺れた。
その中心にあるのは、深く陥没したクレーター。そしてその底に、全身から黒い煙のような霧を吹き出しながら倒れているディッドの姿だった。
「ぐ……ぐああああっ……! 」
ディッドの身体がビクビクと震え始める。黒い霧が目や口、羽の隙間から溢れ出し、空へと舞い上がっていく。それは呪いのようにも、邪悪な力の発散のようにも見えた。
やがて、黒い羽根が抜け落ち、足の水かきが縮み、くちばしだったものが人間の顔に戻っていく。
「……元に、戻って……? 」
羽毛が全て抜け落ち、そこに横たわっていたのは、顔色の悪い中年の人間の男だった。濁った瞳がぼんやりと空を見つめている。
カードはゆっくりとその男に歩み寄り、少しだけ目を細めて呟いた。
「選挙で選ばれていない王などその程度だ。」
「お前は……クビだ」
その言葉と共に、ようやく戦いは終わりを迎えた。
その瞬間だった。
庭の片隅に倒れていた数人のダック人間の兵士たちの身体からも、同様の黒い霧が立ち昇り、次々と人間の姿へと戻っていく。羽根が消え、くちばしが縮み、手足が元の人間の形へと戻る。
「う……うああ……俺の手が……! 」
「俺……人間の姿に……戻ってる!? 」
それは、かつて村から行方不明となった村人たちだった。彼らは戸惑いながらも、お互いを確認し合い、涙を流して抱きしめあった。
「ミナミ……ミナミじゃないか! 」「カズオ……? 本当に、あなたなの……? 」
園内に鳴り響く歓声と涙。だがその裏側で……
「うう……ああ……いてて……」
兵士としてカードに倒された数人の村人たちは、元の姿に戻っていたものの、明らかに身体に傷を負っていた。中には骨が折れている者も、顔を腫らしている者もいる。
「ちょっと……この人、たしかにダックだったけど……やられすぎじゃない……? 」
「ひ……ひどいよ、蹴り飛ばされた時、意識なかったもん……」
カードは、どこか居心地悪そうに頭をかいた。
「……あー……まあ、確かに、ちょっとやりすぎたな」
つい先ほどまで「容赦ゼロ」の勢いで闘っていた男とは思えないような、苦々しい表情で傷ついた村人たちを見つめるカード。
「すまない。襲い掛かって来たから反撃してしまった。」
苦笑いする彼に、周囲の村人たちの中には、少しだけ笑顔を見せる者もいた。
「なんだかんだで……助けてくれてありがとう、カードさん」
その言葉に、カードは肩をすくめながらも、小さく頷いた。
「さあ村へ帰ろう」
こうして、ダックキャッスルでの戦いは終わりを迎え、失われた村人たちは元の姿と暮らしを取り戻した。




