第45話「アヒルの王とセルフファースト」
ダックキャッスルの庭園。カードとディッドは静かに対峙していた。風が二人の間をすり抜けるたび、芝生がさざめく。
カーーーン
ゴングが鳴る!
次の瞬間……ディッドの足が地面を砕くほどの勢いで前へ出た。
「喰らえぇぇぇえッ! 」
巨大な水かきの足が唸りを上げ、カードの腹部を狙う。カードは紙一重で横に跳び、そのままカウンター気味に拳を振り抜いたが、ディッドはその一撃を片翼のような腕で受け止めた。
「おっと、遅いぞ! 」
ディッドの肘打ちがカードの肩口にめり込み、カードの身体が横滑りするように弾き飛ばされる。
「ちっ……」
カードは受け身を取り、肩を軽く回した。ディッドの一撃は重く、そして鋭い。見た目こそコミカルなダックの姿をしているが、完全に格闘のプロだった。
「思った以上にやるじゃねぇか、鳥野郎……! 」
「我をなめるなよ、人間。ダックランドの王にして最強の兵士、それがディッドだ! 」
二人の間に再び稲妻のような動きが走る。拳と拳、蹴りと蹴りが激しくぶつかり合い、庭の石像は崩れ、芝はえぐられていく。しかし、次第に形勢はディッドに傾いていた。
「おや、どうした? もう限界か? 」
「……ふん、こっからが本番だ」
カードはジャケットを脱ぎ捨て、続けてシャツも破り捨てるように脱ぐ。上半身を露わにした彼の筋肉には、光り輝いていた。その姿を見て、ディッドの目に僅かに警戒が宿る。
「見せてやるよ……私のセルフファーストを! 」
気合と共にカードが突進する。ディッドの攻撃を紙一重でかわしながら、鋭くえぐるような拳を叩き込む。その一撃が顎に入り、ディッドの体が浮いた。追撃の蹴りが背中に炸裂し、ディッドは湖の方向へと吹き飛ばされた。
「ぐぅ……! 」
ディッドはそのまま庭園の湖へと転がり落ち、水面が激しく波立つ。水飛沫の中、ディッドの頭がぬっと水上に現れた。
「ハッ、やるではないか……だが、ここからが我の領域よ! 」
ディッドは大きく息を吸い込み、口を開ける。次の瞬間、水鉄砲とは思えぬ水圧のビームがカードに向かって放たれた。
「ぐっ!? 」
激しい水圧に一瞬身をすくませたカード。その隙を見逃さず、ディッドは水面下から勢いよくカードの足を掴み、湖へと引きずり込んだ。
「……ッくそっ! 」
冷たい湖の水が全身を包む。視界は濁り、息は止まり、肺が悲鳴を上げ始める。だが、水面に顔を出そうと浮上したその瞬間……ディッドの水中蹴りがカードの顔面に炸裂した。
「グハッ……! 」
水面が赤く染まる。カードの身体は再び水中に沈み、重力に引かれるように湖の底へと沈みこんでいく。
「フハハハ! 水中では貴様はただの餌だ! 」
勝利を確信したように、ディッドは水面に浮かび、翼のような腕を広げて嘲笑った。しかし……その直後、湖の底から、異様な振動が水を伝って広がってきた。
「……なんだ? 」
水底の暗闇の中、カードが両手を横に広げ、身体を中心に高速で回転し始めた。回転はどんどん加速し、その動きが湖全体の水を巻き込んでいく。
「な、なにをしている!? 」
湖の水が渦を巻き始め、激しい竜巻のように水柱が天へと伸びていく。ディッドが慌てて飛び退くも、水圧の暴風に煽られて体勢を崩す。
「ば、馬鹿な……! 湖が……! 」
次の瞬間……
ズオオオオオオッッ!!
凄まじい竜巻が湖の水を一気に空へと吸い上げた。庭園全体が水煙に包まれ、空中には無数の水滴が散乱して虹を生み出していた。そして、竜巻の中心から――濡れた身体のままのカードが、堂々と立ち上がる。
「私が……溺れるとでも思ったか」
肩で息をしながらも、カードの目には確かな光が宿っていた。
「この命、水に沈めるほど安くない」
沈んだ湖、崩れた庭、そして対峙する二人。もはや、ここには遊園地の牧歌的な雰囲気など一片も残っていなかった。
ディッドは怒りとも恐れともつかぬ表情で、静かに呟いた。
「やはり……貴様は、放っておけぬ存在だな……」
カードは拳を握りしめ、静かに返す。
「上等だ。次は、お前の羽根を引きちぎる番だ」




