第37話『契約と条件とダックランド』
朝の風呂リダ町……
温泉の蒸気がゆらめく町に、ひとりの男がゆっくりと歩を進めていた。
黒いスーツに赤色のネクタイ、左手には高級ブリーフケース。
涼しい風が吹いても、彼の歩みは変わらない。
カードは、ついに「理想の土地」を見つけていた。
それは、海を望む丘の上にある、広大な草原だった。
背後には温泉源、前方には青い波が寄せるビーチ、そして何より人通りが少ない。
「完璧だ……ここしかない」
さっそくカードは、不動産屋に向かい情報を得ようとする。
不動産屋の返答
「お客様、申し訳ありませんが……その土地は町有地でして、個人には売買されていないんですよ」
「町有地だと? 金ならいくらでも出す」
「そう言われても……売却には町役場の承認が必要でして。特に、あの丘は温泉源の近くなので……取り扱いが厳しいんです」
「ならば……町役場に直接話を通すまでだ」
カードはまっすぐに立ち上がり、黒いコートを翻して役場へと向かった。
町役場・資産管理課
風呂リダ町役場は、温泉宿のような古びた木造の建物だった。
カードは案内を受けながら、資産管理課へと通された。
「カード様……お話は伺っております。あの土地についてですが、町長の承認がなければ……」
「町長か……なるほど、ならば話が早い。案内しろ。町長室へ」
その口調は、命令に近かった。
カードの持つ圧は、普通の住人では耐えきれないほどだ。
町長との対面
町長室の扉が開かれ、部屋の中から現れたのは、恰幅の良い老人だった。
白い髭を蓄え、温泉町の長にふさわしい落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「君が、カジノの新しいオーナー……カード氏かね? 」
「その通り。そして、町のあの丘の土地を買いたい。金ならいくらでも出す」
カードは、着席もせずに言い放った。
町長は眉をひそめた。
「……あの土地は、今は売るつもりはない。理由は、町を見て歩いた君ならもう分かっているだろう」
「老人しかいないことか? それが、私に何の関係がある? 」
町長は一呼吸置いてから、言葉を続けた。
「この町の若者たちが、夢の国ダックランドに行ったきり、誰一人として戻ってこないのだよ。家族は嘆き、町は衰退の一途を辿っている。私としても、土地を売っている場合ではない」
カードは無表情で聞いていたが、肩をすくめる。
「それと私の理想の家に何の関係がある? 」
「君のような偉大な、力のある人間がこの町に住んでくれるなら……少しは希望も見える。だが、どうせ別荘として使い、すぐに飽きるのではないか? 」
「……話が長い。要点は? 」
町長はついに、核心を口にした。
「ダックランドに行った町の若者たちを連れ戻してくれたら、その土地を無償で提供しよう。」
その瞬間……カードは小さく笑った。
「……無償? 私は金がある。土地くらい買える。無償で提供されることに何の意味がある? 」
町長はすかさず返す。
「君に金があっても……この町に、君の家を建ててくれる人間がいなければ、意味がないだろう? 」
一瞬、カードの表情が止まる。
「……それは、どういう意味だ?」
「電気、水道、設計士、大工、左官、温泉の設備管理……家を建てるための労働者は、皆ダックランドに行ったまま戻ってこないのだ」
「……! 」
「いくら金があっても、建てる人間がいない。家が建たない。現実とは、そういうものだよ」
カードは腕を組み、目を閉じる。
しばしの沈黙。
そして……静かに言った。
「……仕方ない。協力してやろう」
町長はほっとしたような表情を浮かべたが、カードは続ける。
「ただし、口約束では意味がない。書面を交わせ。正式な契約だ」
「……もちろん。用意させよう」
数分後、町役場の法務担当が契約書を持参し、双方の同意のもとで正式に署名が交わされた。
契約書の内容(一部)
•カード氏がダックランドに向かい、町の若者10名以上を安全に帰還させた場合……
•町は丘の土地(1ヘクタール)を無償譲渡とする。
•必要な建築許可、ライフラインの整備を最優先で対応する。
署名:町長
署名:カード
署名を終えたカードは契約書をブリーフケースにしまいながら、ぼそりとつぶやく。
「まったく……面倒な世界だ」
だが……
契約が交わされたということは、カードにとって合法的な権利の獲得ルートが確保されたという意味だ。
そして彼は、そういったルートを最大限に活かす男である。
「ダックランド……どんな夢を見せているのか、見てやろうじゃないか」
次なる目的地は、夢の国。
だがその国は、夢ではなく……
欲望と幻想の檻であることを、カードはまだ知らない。




