行き違い
――お掛けになった電話は、現在電源が入ってないか、電波の届かない所にいる為かかりません。――
「ウソでしょ!?」
亜里実はすっとんきょうな声を上げてしまう。周囲の視線を集めて慌てて背を丸める。駅のホームの売店横まで移動して、もう一度電話をかけた。
さっきと同じ音声ガイダンスが流れて、ガックリ肩を落とす。
「……もうっ! 有り得ないからっ! 電波の届かない所なんて、まず有り得ない。絶対絶対、電源が切れてる!」
亜里実は憤慨して、足を踏み鳴らす。……でも、直ぐにため息をついた。
解っている。よぉく解っている。カレシの清之助は、名前からして今どき見かけない程、時代がかった名前だが、その名前にピッタリな浮世離れした男だと。
本日はクリスマス。恋人同士が過ごすと言ったら、前日・イブの夜がベストだろう。
だが、そんな世間一般の恋人同士とはかけ離れた男が、亜里実のカレシ清之助。なにしろ、亜里実が「クリスマスは一緒に過ごしたい」と言ったら「クリスマスってなんだっけ?」と真顔で問いかける男。
さすがにそういう男だ、と理解している為、亜里実は悲しくなりながらも説明から始めた。
「キリストって人の誕生日が12月25日でしょ? それがクリスマス」
「亜里実ちゃんって、キリスト教徒だった?」
「違うけど」
「じゃあなんでクリスマスに一緒にいたいの?」
……世間一般を知らない人間とは、時に正論で相手を悲しませるものである。
「いたいから、いたいのーっ」
亜里実は強引に押し切った。そもそもこの2人、亜里実が清之助に惚れ込んで、押し掛け女房宜しく強引に付き合い始めた。
カレシいない歴3年の25歳の亜里実が、カレシが欲しい。と愚痴をこぼして、愚痴をこぼされた友人の紹介で、清之助に出会った。本当は以前付き合っていた男の浮気で、恋愛と距離を置いていたのだが、クリスマスという季節に引っ張られるように、なんとなく口に出していた。
だから正直乗り気ではなかった。
でも会ってみて、一目惚れした。何しろ、亜里実好みの顔はあっさり系、メガネ男子だったからだ。友人から忠告されたのは浮世離れしている、という部分。見た目は結構イイセンなのに、その浮世離れした性格でザンネンな人として、女性から避けられていた。
亜里実に押し切られた清之助。但し、女性の気持ちは解らないため、クリスマス当日に会う。という約束を取り付けた。亜里実としては、イブの夜を2人で過ごしたいわけだが、清之助にそれを求めても仕方なく……。
しかも、会う。としておくと、本当に会って終わりになる。最初のデートは待ち合わせ場所に何時と決めて、会ったら「じゃあ会ったから、またね」と帰りそうになった清之助を、亜里実が引き留めたという逸話がある。
元カレみたいに浮気の心配が無い、浮世離れしている清之助の世話をするのが、亜里実は好きだった。ただ、亜里実は気になっていることがあった。
……好きになったのも、亜里実。押し切って彼女にしてもらって、いつも会いたいというのも、亜里実。電話をかけるのも、亜里実。我が儘を言うのも、亜里実。
清之助の気持ちを、知りたかった。
その為にも今日は会っておきたかった。クリスマス。特別な日。そして、待ち合わせ場所の最寄り駅に着いた所で、忘れてないか確認しようと清之助のケータイにかけてみれば……電源切れのガイダンスが流れた、という事態だった。
「はぁ。もう、無理かも。絶対忘れてるよ。……私清之助の押しに弱い所を突いて、押し切って彼女になったし。……きっと私はめんどくさい女なんだろうな。ううん、うざったい女かも。ここらが潮時かな」
クリスマス。寂しいクリスマスになっても仕方ないのかもしれない。元々清之助の気持ちなんて確認しないまま、だったから。
亜里実はそう思って自分を納得させる。顔とか浮世離れとか全部ひっくるめて、清之助を好きになっているけれど、きっと亜里実の空回り。
それでも、亜里実は待ち合わせ場所まで僅かな期待と共に行く事にした。
待ち合わせ場所は、何故か某銀行の○○支店前、を清之助が指定した。理由は知らない。時刻は夕方5時。これは亜里実が決めた。早めの夕食のつもり。
帰られないように、会う理由を作らなくてはならない。今回はクリスマスにディナーというベタベタな理由だ。……清之助に理解をされなくても、ディナーじゃなくてファミレスだとしても。清之助と一緒に居られれば、亜里実は満足だった。
5時10分前。期待した清之助の姿は無い。忘れているかもしれないし、遅刻してくるかもしれない。だからしばらく待ってみる事にした。半分諦めながら。
ポツ。
髪の毛や頬に冷たい何かが当たる。どうやらパラパラと雨が降って来たらしい。折り畳み傘を差して、周囲を見回す。……パラパラ程度だから、と気にしないで歩く人。雨は雨だから、と急ぐ人。けれどそこに清之助はいない。
亜里実が待ち合わせ場所で待つ1時間前。清之助は待ち合わせ場所の銀行に来ていた。ここを指定した意味は無い。なんだか良く解らないが亜里実が会いたい。と言っていたので、咄嗟にこの銀行が思い浮かんだだけだ。
「……あれ? 亜里実ちゃん、まだ来てないや」
清之助は首を傾げたが、まぁいいや。と呟く。5時の待ち合わせを4時だと思い込んでいるのである。仕事は売れっ子とは言わないが、そこそこに仕事があるイラストレーターで、比較的時間は作りやすい。締め切り日はさすがに覚えているが、他の事はわりと忘れやすかった。
それでも、亜里実との約束は覚えておくようにしている。初めて2人で会う約束をして会って直ぐに帰ろうとしたら、引き留められた。2回目は会う約束を忘れていた。その日、亜里実が電話の向こうで泣いていた。それ以来、忘れないように努力している。
亜里実は、忘れた清之助を怒るのではなく、清之助の身を案じていた。何かあったのではないか……と。そんな反応をする女性に会ったのは、初めてだった。その時、この人だけは泣かせてはいけない。と心に誓った。
初恋すら記憶に無い清之助は、老若男女を問わず特別な感情を持った事など無い。家族は家族の愛情が、友人は友人の友情が、それなりに清之助には芽生えている。だが、恋愛による恋情はまるで無かった。
だからこそ、亜里実の存在は、なんて名前を付けたらいいのか解らない感情を抱かせる唯一の人間だった。この人だけは泣かせてはいけない。笑顔でいて欲しい。自分にいつまでも笑顔を見せて欲しい、と願う女性だった。
その気持ちが恋愛による恋情だとは、清之助は気付いていなかった。それでも亜里実に会う事は楽しいと思っていた。
ふと、雨が降りそうだと気付いた。雲が流れているからだ。通り雨だろうが、待っている間に濡れると亜里実が泣くかもしれない。と思って、近くのコンビニに寄った。きっと傘を売っているはずだ。
傘を買ってからふと思った。ケータイに連絡があったかもしれない。亜里実は連絡を欠かさない女性だ。だが、ケータイを見ると電池切れだった。もう5年以上使用している為、充電を1日忘れると直ぐ電池がなくなる。
「あ……。亜里実ちゃん、困るだろうなぁ。どうしよ」
公衆電話から連絡をしよう、と思い立つものの最近はケータイが普及して公衆電話が無い。もちろん、コンビニにも無かった。駅ならあるかもしれない、と駅へ歩き出す。
この時、清之助はJRの駅へ向かったが、亜里実は地下鉄の駅の改札を抜けた所だった。その為、2人はスレ違う事さえなく、清之助は駅へ歩き出し、亜里実は銀行へ歩き出した。
亜里実はしばらく待ったが、ただでさえ暗い時間帯にパラパラとはいえ、雨が降って寒さが増す。5時ちょうどになったが、清之助は現れる気配が無い。
「やっぱり、私だけが空回りしているのね」
肩を落としながらも、もう少しだけ待とうとする。しかし寒さには勝てずに暖を取ろうとした。コンビニが見えて、中に入る。ホットコーヒーを買って外へ出る。既に雲が流れて、雨はやんでいた。
亜里実がコンビニに入った頃、JRの駅に着いた清之助が公衆電話を探していた。見当たらなかった為に地下鉄の駅を目指す事にする。もう待ち合わせ場所には来ないだろう、と考えていた。
JRの駅から地下鉄の駅へは、銀行前を通らない方が近い事を思い出して、道を変えた。そのまま銀行前を通れば、コンビニから出て来た亜里実と出会えるとも知らずに。
それから亜里実はまた待とうとして、思い付く。もしかしたら清之助はJRの駅から来るのかもしれない、と。自分は地下鉄から来たけれど清之助は地下鉄は解りにくい。とボヤいていた。
JRの駅は、確かあっちだ。と歩き出した。まさか、清之助は地下鉄の駅へ向かっているとも知らずに。……清之助と亜里実は、行き違いばかり。キリストの試練なのか、神の気紛れか。だが、亜里実は気が変わった。何故か地下鉄の駅へ向かい始めた。
理由は簡単で、折り畳み傘を仕舞おうとバッグを開けたら、ハンカチが無かったのだ。コンビニでは気付かなかった。おそらく地下鉄の駅トイレで手を洗った後、化粧直しをするためにその辺に置き忘れたのだろう。取りに行こうとしたのだ。
……十数分後、地下鉄駅前で見事に会えた2人。コンビニから地下鉄駅までは、JRから地下鉄駅までの半分の距離だ。会えた瞬間、ホッとした顔を見せた亜里実を見て、全く知らなかった情熱に押されて人生初のキスを交わした清之助だった。
お題は「折り畳み傘」でした。
テンポズレてる恋人に振り回される女の子が思い浮かんだもので執筆しましたが可愛い恋人同士になったなぁ……と懐かしく思います。




