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局面






 右を取るか左を取るか。たったそれだけの事が人生を変えてしまう事は良くある。





 例えば、朝起きて天気予報を見なかったから、傘を持って出かけなかった。それによって、夕立に降られて夕立が過ぎるまでは帰る事が出来なかった。


 たったこれだけの出来事に、実は選択肢がいくつもある事をご存知だろうか。天気予報を見る・見ないの選択肢。


 見れば、傘を持って行ったかもしれない。しかし、見ても持って行かないかもしれない。という、傘を持って行く・行かないの選択肢。


 天気予報を見て、傘を持って行ったから、夕立に降られても大丈夫だった。だから早く帰れた。いや、天気予報を見て、傘を持って行ってもやはり夕立をやり過ごす為に早く帰る事をやめた。という夕立の中を帰る・帰らないという選択肢。


 他にも傘を持たないで出かけて、びしょ濡れで帰る選択肢もあるかもしれない。ただそれだけの事、なのか。そうでないのか。それは誰にも解らない。


 さて、ここにも1人。些細な選択で右か左かを迫られている者がいた。彼の名前はタクミ。人生初のクリスマスデートのプランを練っていた。タクミは、23歳。年齢=彼女いない歴という男性である。


 「うーん……。初めてのクリスマスだし、奮発してホテルのレストランを予約しようか。それとも、俺の身の丈に合ったチェーン系のレストランにしようか……」


 ファミリーレストランという選択肢が無いので、タクミの彼女も選択肢を知ったらホッとしただろう。クリスマスまであと3ヶ月。もう早い所では、予約で満席になっている頃だろう。世の男性諸君も迷う些細な選択。


 けれど、タクミにとって、実は重要な選択肢であった。なぜなら女性とはリアリストでロマンチストな生き物だからだ。その相反する女性の心理をタクミは理解出来ているのか、という試練の重要性。


 「よし! ちょっと奮発して、ホテルのレストランを予約するぞ! 善は急げ」


 どうやらタクミは決断を下したらしい。インターネットで超が付く程の一流レストランは手が届かないけれど、ホテルの一流レストランを予約したらしい。


 「で、ついでにホテルの部屋も……。エヘヘ」


 ……オイオイ。人生初の彼女だからといって、そんな下心丸出しでは、彼女が逃げて行くぞ? これも、重要な選択だ。下心を如何に隠して彼女と素敵なクリスマスの夜を過ごせるか、否か。


 あからさまな下心丸出しでデートをしたら、女性はドン引きである事をタクミは覚える事が出来るのだろうか。


 まぁ何はともあれ、選択はなされた。この選択が彼に良い作用をするのか、悪い作用をするのか。それはこれからだ。


 さて、クリスマスまであと2ヶ月弱のある日、タクミ宛てに1本の電話がかかってきた。この電話に出るか出ないか。それさえも、選択肢の一つ。


 「おう、久しぶり。……そうなんだよ、マリちゃんと初めてのクリスマスなんだよー。俺、すっげぇ楽しみでさぁ。……え? プレゼント? ヤベ。なぁんにも考えてなかった。うわっ。なぁ、何が良いと思う? ……うん。アクセサリー関係か。指輪? ……えっ? ダメ? なんで? いきなりソレは重いのか! って、じゃあ何にすりゃあ良いんだよ。……ふぅん、ピアスとかネックレスとか腕輪とか。同じ指輪でもファッションリングか。……成る程な、サンキュサンキュ。決めたら電話掛けるわ。おぅ、じゃな」


 やれやれ、友人から電話がかかってくるまで、クリスマスプレゼントの存在を忘れているなんて、恋人のいる男としては、やってはいけない事だろうに。


 まぁ、プレゼントを買いに行く時間はまだある。これは良い作用だろう。


 クリスマスまであと半月余り。ある日、浮かれ顔のタクミが、友人に電話を掛けていた。


 「モシモシ、俺! 良いプレゼントが見つかったんだよ、聞いてくれ! ……おぅ。店員にオススメってヤツ聞いて、プラチナチェーンのシンプルなデザインで、えーとなんだっけ? ああ、そうそう。ピンクサファイアって宝石が3個付いたブレスレット。だ。腕輪ってブレスレットって言うんだな。知らなかった。でもこれも奮発したぜ! ……えっ? これもってなんだって? 言わなかったか? ホテルのレストランを予約したの。ついでに、部屋も予約をしたんだよ。ヘヘヘ! ……うっせーな。気色悪くて、ほっとけよ! ……あ、下心丸出しにならないように? でもよ、普通ホテルのレストランって言ったら、部屋も予約しねぇ? ……あー。そうか。下心丸出しだと、ドン引きなのか。解った。気をつける。じゃな」


 なかなかに良いプレゼントをゲットしたらしい。友人への説明は店員の受け売りだろうが、だからこそ安心出来る。うむ、女心に響くはず。オマケに下心も控えるようで、友人よ、ナイスアドバイスだ。


 さて、クリスマスまであと1週間。タクミは、というと。


 「うわっ。ヤベー。本当にヤベー。金を下ろすのも忘れないように、だけど、服! 服を調達しねぇと。あんまり変な格好だと会った瞬間に帰られそうだし! 何を着て行けば良いんだよ~」


 情けない声を響かせていた。家中に響き渡る情けない声。全く成人したとはいえ、今どきこんな情けない声は、中学生でも居ないだろう。


 しばらくドタドタバタバタ音がして……ガチャン! と玄関の閉まる音だけが聞こえて来た。……やれやれ、1週間前とはいえ、服にまで気を遣える頭が働いたのは良い選択だ、と言えるはず。


 よっぽどの奇抜なファッションでなければ。


 帰って来たタクミが持っている紙袋は、メンズブランドの服。ふむふむ、どうやら店員に、一流ホテルのレストランに入れる服をコーディネートしてもらったというところか。普段なら絶対に入らない店なら、そういった選択をしただろう。


 そして、とうとうクリスマス当日。タクミにとっては当然だが、数々の選択肢から、おそらく最良と思われる選択をしてきた。……はずだ。その数々の選択肢が実るかどうかは……これからにかかっている。


 待ち合わせは、地下鉄の駅前。成る程、予約した一流ホテルに一番近い駅前にしたらしい。駅から多少歩くにしても5分くらいの距離なら全く問題ない。


 待ち合わせ時間の15分前に到着しているのもまずまずだろう。彼女の方は、5分遅れ。それくらいも問題ない。タクミも彼女も、お互い照れているが、ファッションは2人とも申し分無い。


 これなら、一流ホテルのレストランに入るにも、ホテルのボーイに止められる事なく入れるだろう。


 腕を組んで歩く姿も様になっている。やがて見えてきたホテルに入る時、彼女が嬉しそうな顔を見せた。どうやら、このホテルのレストランという選択は良い作用をしたようだ。


 爽やかに入って行く2人が、ボーイに案内されてエレベーターへ向かう。エレベーターに乗った2人の嬉しそうな顔が見えた。その後の事は、タクミがいつ帰って来るかによって変わるだろう。


 若い2人のクリスマスが幸せなものであるように祈る。クリスマス。それは、イエス・キリストの誕生日。クリスチャンで無くても、幸せな日を過ごす事が出来る。


 それはとても素敵な事だ。素敵な日を過ごせる為にタクミが懸命に選択した出来事が、今日に活きていると思ってあげよう。


 クリスマス翌日の朝、タクミは満面の笑みで、如何にも手作りと分かるマフラーをして帰って来た。


 朝帰り。

 手作りマフラー。


 ここから導き出される答えは……ベストなクリスマスを過ごせたという事。


 どうやら、店員のアドバイスに従って買ったプレゼントも喜ばれたようだし、下心を丸出しにしなかったようだし、レストランでの食事も美味しい上に会話も弾んで、良い時間を過ごせたようだ。


 そして、甘い雰囲気が2人を包んだ事と、抑えていた下心のおかげで、予約しておいた部屋もムダにしなかったようだ。


 つまりタクミは、些細ではあったが、最良の選択をした事で幸せなクリスマスを過ごす事が出来た。人生の選択が最良の結果となり、彼は無事、一つ大人になる為の階段を乗り越えたようだ。


 選択とは、常に、大人になっていく為の階段だ。


 ……えっ? 最初から最後まで語り口調のお前は誰か、ですか? 私は……


 「いやぁ、クリスマスって良いよなぁ。でも、奮発しまくって、今月ピンチになっちまった。ってことでさぁ、ねーちゃん、金、貸して!」


 「はあ? 人生初の彼女と素敵で幸せなクリスマスを過ごして来たんでしょ! タクミ、甘えた事を言わないの!」


 「チェッ。だからねーちゃん、今年はカレシ無しのクリスマスなんか送るんだよ。寂しかったろ!」


 「アホね。女友達と朝までカラオケで騒いで、今帰ってきたところよ!」


 「それもそれで寂しいじゃん」


 「金は貸さないから、自分でなんとかしなさいよ!」


 「ねーちゃんの鬼!」


 ……ええ、そうです。私はタクミの姉です。しっかし、陰ながら弟の応援をしていたのに、鬼とは失礼なヤツめ。前言撤回。幸せなクリスマスなんて、祈ってあげなきゃ、良かった!


 でもまぁ、ホテルに入るところまで見送ったお詫びに、1万円だけ恵んでやるか。1日遅れのクリスマスプレゼントだ。

お題は「大人の階段」でした。


こういう第三者視点で書くのが結構好きな夏月です。寧ろノリノリで書いた記憶が。

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