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救い

 一日降り続ける雨が、これ程嬉しい事がかつて有っただろうか。多分、無かったと思う。包装紙を綺麗に掛けてリボンもしてある、いかにもプレゼントの体を為す箱は、包みを解かないまま雨に打たれて悲惨な状態になっていた。


 涙は雨のおかげで解らなくて、私はびしょ濡れになりながら、あとからあとから流れ落ちる自分の滴を感情に任せていた。


 「……ばっかみたい。私だけが浮かれていた、なんて」


 泣き過ぎて頭も目も痛い。けれど、一番痛いのは心と呼ばれる目に見えない部分。もう頭も目も痛くて痛くて泣くのも嫌なのに


 涙は勝手に流れ落ちていく。


 今日が雨で、良かった。


 今日の休みは、とても貴重だった。土日祝日出勤になるサービス業勤めの私は、平日の休みはついつい銀行に行ったり、家事に勤しんだり、趣味に打ち込んでしまう。買い物も食料品のみになる事がしょっちゅうで。


 だから、珍しく土曜日のお休みをもらった私は、もうすぐクリスマスだから……とカレへのプレゼントを買いに出た。せっかくの土曜休みが雨で憂鬱だったけれど、店内まで雨が降るわけじゃなし。


 我慢をすれば良いと思って出かけた。


 カレが何を欲しがっていたのか、あらかじめリサーチをしておく事を忘れた自分が情けなかったけれど、カレの財布が少し古くなっていた事を思い出した。


 うん、財布を買おう。


 ブランドにも、色にもこだわりが無いカレだから、逆に迷った。カノジョの立場なのにみすぼらしい財布なんて渡せない。


 たかが財布。されど財布。


 そう思って、売り場にある財布を隅から隅までじっくり吟味する。ただブランド品では無くて、カレが持っていてしっくりくる物が良くて。カレの顔を思い描きながら一つ一つ手に取る。


 黒・ダークブラウン・ブラウン・ベージュ・ダークグレー・グレー・ライトグレー・ブルー・ネイビー・ブルーブラック……


 カレは自分が童顔だということを気にしていた。必ず実年齢より5歳は下に見られる事がショックらしい。私は気にしなくて良いとは思うけれど、カレは気にしているのだから、とやかく言わない事にした。


 そんなカレだから、シンプルなデザインかつベーシックな色にしよう、と考えて。最終的に決めたのはダークブラウンの長財布。クリスマスプレゼントとして、ラッピングをお願いして……。


 3時間かけて選んだその財布を気に入ってくれるだろうか。


 不安と期待が入り混じる。でもきっと、大人の男を演出出来る財布だから、喜んでくれる。……そう思っていた。雨で濡れないように店員さんが気を利かせてくれて、店を出た。


 傘を差して、傘越しにちらと空を見上げて。止みそうにない雨にため息をついて、それでも私の心は晴れていた。足取り軽く帰宅への道のり。可愛いクレープ店が見えて、チョコバナナ生クリームを買った。


 傘の柄を肩と首で挟んで、右手でクレープを頬張りながら左手のプレゼントに視線を向けて、自然に笑みが溢れた。







 それなのに。


 クレープを食べる私の数メートル先には、私より若い女性と並んで歩くカレの姿が有った。






 私に気付かずに通り過ぎるカレ。


 こういう事って、あるんだ……。ドラマや映画だけの世界かなって思ってた。


 不思議なもので、その光景がショックで食べていたクレープと挟んでいた傘とプレゼントを落としてしまった自分を、どこか冷めた目で見ている自分がいるような感覚があった。


 ショックなのに冷静でいられる私の感情はおかしいのかもしれない。


 そのあとは、どこかぼんやりしながら落としたクレープをゴミ箱に捨てて、傘を畳んでプレゼントを持った。プレゼントは、防水加工をしていてもきっと役に立たない程、雨で濡れている。それが解っていても、だからどうすればいいのか解らない。


 そのまま、私は雨に打たれながら止められない自分の滴を流し続けた。


 パサリ。


 俯いて泣き続ける私の頭に何かが被さった。見るとタオルだった。


 「あまりずぶ濡れのままじゃあ風邪をひくから」


 背後から掛かった声に振り向くと、クレープ屋さんの店員さん。私は無言で店員さんを見た。すると彼女は私の手を引っ張った。グイッと強く私がつんのめる程。


 「痛い」


 「良かった。痛みの感情もあるみたいね。悲しみだけじゃなくて」


 店員さんの柔らかい微笑みに、私はぎこちなく笑う。今度は彼女は優しく手を取って、店の中に入れてくれた。


 「かなりびしょ濡れだから着替えた方が良いけど、とりあえず拭くだけ拭いたら」


 私より年上だろう店員さんに言われて、素直に従った。彼女は何を聞くでもなく、何を訊ねるでもなく、干渉せずに居てくれた。


 何だろう。ただ側に居てくれるだけで私は救われた。黙っているのに。いや、黙っているからこそ。


 この空間に癒された。


 店の中と言っても休憩室みたいだから、外から私は見えない。それに気付いた私は、雨の中クレープを買い求めに来るお客さんと、彼女の働く姿をぼんやりと眺めた。


 きびきび動く姿は、同性の私でも憧れた。

 働く音を聞きたくて、目を閉じた。


 「……あら」


 その声で目を開けて慌てる。別に眠っていたわけではない、と言い訳をしようとしたら、彼女は私を見て声を上げたわけでは無かった。


 いつの間にかお客さんが途切れたらしく、彼女が窓から外を見ていた。


 「雨が上がったわ。空見てみなさいな。綺麗だから」


 その声に導かれるように、私は外へ出て見上げた。







 雲が切れて夕陽の光が射し込んでいた。まるで、絵の中の風景に思えた。







 「お世話に……なりました」


 私は自然に頭を下げていた。


 「もう平気?」


 店員さんの笑顔につられて私も今度はうまく笑えた。店員さんと夕陽の光に救われたと思う。


 「まだ、何も知らないから。これから知って来ようか、と思って」


 私の言葉に店員さんは「そうですか」とだけ、答えた。彼女は困惑しているだろう。私が何を言っているのか解らない、と。


 それでもいいからお礼を言いたかった。だから頭を下げた。……勝手に悲観して、悲劇のヒロインになっている場合じゃない。


 仮にも私はカノジョという立場なのだ。カレに説明をしてもらう権利はある。知る権利が、私にはある。泣くのも自棄になるのも怒るのも、知ってから。


 「また、来ます」


 もう一度私は頭を下げた。


 その夜、タイミング良く電話をかけて来たカレに、私は切り出した。カレが焦るから浮気を確信する私。だけど、直接会って話したい。というカレの言葉を受け入れた。


 世間では楽しく幸せになれるクリスマス。


 その当日の私は、決戦に赴く戦士の気持ちで、いつもより丁寧なメイクと普段なら着ない服でドレスアップをして武装する。


 カレに会った私は……


 息巻いていた私の気持ちが空回りした。という結論が出た。……隣で歩いていた女性は妹、という、これまたドラマか何かでありがちなオチだった。


 穴が有ったら入りたい


 とは、まさにこの事で。要するに私宛てのプレゼントを妹さんに頼んで買い物に付き合ってもらったらしい。


 ……私の涙と武装とダメになったプレゼントを返して欲しい。

お題は「光」でした。


こういう勘違いで空回る女の子ってもうちょっと人の話を聞こう?と落ち着かせたくなるな。って思いながら書いた記憶があります。

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