7話 どうしよっか
「英途、そういえば担任の先生から電話が来てたわよ」
その日の夜、いつも通り家で晩御飯の支度をしていると母親からそんなことを言われた。
両親には僕が体育館倉庫で過ごしていることは伝えられているが、そのこと以外で名前おもしろ先生が電話した要件はなんだろう?
「なんか空き教室で過ごしてるらしいわね」
「......うん」
「もう英途も高校生だから、とやかく言うのはやめてるんだけどね」
何かを悟ったように答える母の居華。
「授業くらいは...」
「うぃーっす、反省してまーす」
既視感のある舐めた口を聞いて流すことにした。
「でもにいたん、前より少し感情出るようになったんじゃない?」
妹の奈菜がそんなことを口にする。
「知らない」
「もー冷たいー」
ほっぺをぷくーとして血縁殺しは、謎のあざとさを見せるが僕はそんなのに屈せず冷たい言葉を投げかける。朝のシャワーのように。
◇
翌日、朝川さんは昼休みもここで弁当を食べ、放課後も行くからねーと律儀に言ってきた。もうすぐ放課後の時間なのだが、そもそも吹部の練習とか大丈夫なのだろうか。
そんなことを考えていたタイミングでちょうど朝川さんが教室に入ってきた。
「おっはー」
「放課後だけどね」
元気な挨拶とは反対に、空は日が落ちかけている。
ソファに座り、スクールバッグを床に置いた朝川さんはスマホを取り出し、質問してきた。
「宣告されてから結構経っちゃったけどどうしよっか」
宣告て...死ぬわけじゃあるまいし。
「知らない」
「月咲くん当事者意識なさすぎじゃない?」
当事者意識などないし、そもそもこの空き教室を使おうと提案してきたのは朝川さんなので僕は蚊帳の外というわけに...行かないかな?
「そもそも僕たちって何のためにこの教室使ってるんだろう」
「んー」
人差し指を顎に当て、考える仕草を取る朝川さん。
一拍置いてから、
「......休むため?」
そうだった。休息ファンクラブとかいうふざけたテーマがあるんだった。
「それじゃあ活動実績にならないってせんせーも言ってたじゃん...」
休息ファンクラブという名前そのものが活動内容を邪魔するという意味不明な状況になっている。
「......校外学習は水族館だよね」
一旦廃部の話から逸らそうと思い、校外学習の話をしようとか鑑みる。
「あれ、行く気になった?」
「別にそういうわけじゃないけど」
「行くならちゃんと考えなよ」
スマホを弄りながら声だけ真面目なトーンでそう言ってくる。
「......どこの水族館行くんだっけ?」
そもそも場所すら確認していない。校外学習のしおりとかあるのかな。
「鴨シーだよ」
「わざわざ千葉市から...」
鴨川シーワールドに行くらしい。シャチやイルカのショーなんかが有名な水族館である。
「今回は他のクラスの人とグループ作ってもいいみたいだし」
「そのせいでいちいち生徒に聞いて先生に報告するの面倒なんだけどね」
いちいち委員長を通して名前おもしろ先生に伝えているのか。先生側も忙しいとはいえ、なんとも非効率な。
「それにあの先生、若干贔屓があるように見えるからね」
「......ちょっとわかる」
スマホをみながら愚痴を吐く朝川さんに少し共感を覚える。担任が合わないと感じたのも僕がクラスに行かなくなった理由の一つでもある。
「......そういえば昨日の子」
僕が出したお茶を一口飲んでスマホを置いた朝川さんはこちらを向いた。
「白石さん?」
「うん」
「去年はしばらく学校に来てたみたいだけど、ある時から色々あって来なくなったらしい」
色々、か。
「......どこで聞いたの?」
「ちょっと気になってね。クラスの友達に」
うわ、陽キャ属性のやることだ。簡単に情報共有ができるのは羨ましいけど。
「なるほどね」
「月咲くん、昨日の帰りに白石さん見かけたとき...ちょっと関わりあるって言ってなかった?」
「......関わりって言うほどでもないんだけどね」
4月8日、入学式の日。
家族と共に高校の体育館に向かい、途中までは何事もなく式が進んでいたのだが。
新入生の名前紹介の時だった。
教員が僕の名前を呼び、立ち上がった際にハンカチを落としてしまったらしい。
その時に、たまたま別クラスだった白石さんが拾ってくれていたらしい。なんで同じ列にいるはずの男子じゃなくて女子の白石さんが拾ってくれたのかはわからない。
『あの...ハンカチ、拾ってくれて、あ、ありがとうございます』
当時の僕はお礼を言って、一人にならないように余計な誘いを行った。
『いえいえ...』
彼女はハンカチを見つけた経緯をそのまま話してくれた。
『あの、よかったらこの後の歓迎会、行きませんか...?』
この誘い方、普通に痛いやつだったんだろうなと思う。
『い、いいです...よ!』
か細い声で承諾してくれた。
1年生はなぜか強制参加の歓迎会。入学式終了後、体育館がそのまま新入生歓迎会の場になったのだが、入った瞬間にアルファベットの文字が入った謎の紙を配られて、グループ分けされた。
僕と白石さんは当然違うグループで、ここでトムと出会った。最初は自己紹介から話を広げて、他の人もうんうんと相槌を打ってくれたのだが、結局連絡先の交換とかもなく、トム以外とは全く会話がなかった。
白石さんは僕がトムと仲良くなっていて、話しかけに行くのが気まずかったんだろう。この歓迎会以降会うことはなかった。彼女の視点からすれば、せっかく話せそうな人ができたかもしれない、と思っただろう。僕はその縁を切り捨ててしまったのかもしれない。




