3話 休息ファンクラブ
電子書籍を読んでいたら、あっという間に放課後になってしまった。
授業が終わるのは16時半頃で終礼を挟み、17時すぎには完全な放課後になる。
スマホの時間が17時になった瞬間、僕の体育館倉庫の扉が勢いよく開いた。
「......来たんだ」
「来るって言ったじゃん?」
「私、委員長だし」
「便利な役職だな」
スマホを置き、朝川さんの話を聞く体勢を取る。
「......ソファを移動させるって話、考えてくれた?」
「その話だけど、そもそもとしてどこに持っていくのさ」
僕が勝手に持ち込んだソファは割と大きく、二人くらいなら余裕で寝転がれる。
クッション付きで寝心地も座り心地も非常に良いと僕の中で評判が高い。
「一番いいのは月咲くんがお家に持って帰ることなんだけど」
「断る」
「知ってた、はぁ」
ため息を吐きながら右手を腰に持っていく朝川さん。
「だから、空き教室を使おうかなって」
「空き教室?そんなとこあったっけ?」
普段朝礼しか行かないせいで、校舎の作りをあまりわかっていない。
「3年生の方の校舎、元音楽室の奥に実は一つだけあるんだよ」
「放課後なら生徒も少ないだろうから見に行ってみる?」
「......わかった」
渋々承諾すると、朝川さんはなぜか気分良く歩き始めた。
◇
3年生の方の校舎は比較的新しめで、白い壁や階段が目立つ。
朝川さんの言う通り、放課後だからか生徒とは全くすれ違わない。
階段を上がり、元音楽室の場所を抜けるとこじんまりとした教室に辿り着く。
この教室もそこまで古くなく、机と椅子が綺麗に並べられているが、一際目立つのがピアノ。
「ここにソファとか諸々持ってこようよ」
夕日が差し込んで、朝川さんの茶髪が綺麗に映っていた。
「......元々空き教室って言ってたけど、ここ何の教室だったの?」
「確か隣が音楽室だったから、楽器とか置いてたって聞いた」
長い茶髪をくるくるしながら答える。確か音楽室は今は別の教室に移動していて、合唱部や吹奏楽部は活動場所がそこになったと聞いたことがある。それを知っているってことは。
「それ知ってるってことは」
「そ、私吹部だからね」
朝川さんは吹奏楽部に入部しているらしい。
「......なぁ、なんでそこまでやってくれるんだ?」
吹部なら今日も練習があるはずだし、わざわざ放課後に問題児扱いされている自分に構う必要なんて全くと言っていいほど皆無なはずだ。
「高橋先生に頼まれたから」
やっぱりそれか。あの名前おもしろ先生と単なる善意。
「てかソファ持ってくるってまさか、、人力で?」
「え?それしかないに決まってんじゃん」
わかっていた。でもあのソファはデカすぎる。自分で持ち込んでおいて言うのもなんだが、あの時は学校の台車を勝手に使っていたから一人でも運べた。だが、人力で、しかも二人だけで運ぶとか嫌すぎる。
「結構重いんだけど」
「でしょーね」
冷たい口調で言われげんなりしてしまう。いや、自分のせいなのだが。
◇
そこから体育館倉庫へ戻ってソファを運ぶことになったのだが...地獄だった。
「あ、待って待って先生いるから」
「えちょ」
朝川さんが後ろに戻る反動で指を間に挟んでしまう。
「いっt──」
その痛さに声を出しそうになるも、朝川さんに口を塞がれる。
「次階段登るからねー」
そう言い、朝川さんは後ろに気をつけながら右、左、右、左とテンポ合わせて進んでいく。
ここを越えて左に進めば先ほどの空き教室に辿り着く。無事、先生や生徒には気づかれなかった。
ソファをいくつかに分け、小物と一緒に二人で運んだ。思いの外空き教室に持っていくものが多く、ソファ以外にもタペストリーやリードディフューザー、本なんかがあって痛い目を見た。因果応報とはまさにこのことである。
「ふぇー疲れたぁ」
朝川さんは床に寝転がった。
「汚いから床やめなよ」
「じゃあ月咲くんのソファでいい?」
「......」
女子が座ったソファ。ちょっと込み上げてくるものがあるがその感情は出すべきではない。
「僕のソファなんだけど」
否定とも肯定とも捉えられない回答。どう答える?
「なら二人でくつろげば解決」
「僕の絶対領域が......」
「それは体育館倉庫の時だけでしょ?」
「チッ」
「舌打ちすんな」
ツッコむ朝川さんを横目に縦に長いロッカーが二つほど目に入る。掃除用具入れは古い方のが目に見えてわかるが、もう一つの方は何が入っているだろう。
「そのロッカー、綺麗な方は使い古したバイオリンが入ってた、はず」
「なんで知ってんの?」
「掃除でここ入ったことあるからね」
そう言われ綺麗な方のロッカーを開けてみると、案の定使い古したバイオリンが出てきた。
全体的に色が薄くなっていて、弦が一つ切れていた。弓は見当たらない。
「楽器新調したからね。そこのピアノも古くなって使わなくなっちゃった」
「詳しいんだね」
「まあね」
吹部ならこの空き教室を掃除するのも自然な流れだろう。まぁ、僕が使うことになるなら僕がこれから掃除しなきゃいけなくなるんだが。
「......勝手に使って大丈夫かな」
「今まで勝手に体育館倉庫でくつろいでた問題児がそれ言う?」
「......」
何も言い返せず黙り込んでしまう。
「図星乙」
「......委員長がこんなうざいやつだと思ってなかった。顔はいいのに」
「うわルッキズム?キモいよ」
ネタで言ったつもりだがちゃんと受け取ってくれたらしい。女子のスイッチはよくわからん。
「まぁ、なんか言われるかもだし部活にでもすれば?」
ソファで足を組み、そんな提案を朝川さんがしてきた。
「嫌だよ、まず部員が僕と朝川さんしかいないじゃん」
窓を開ける音と僕の声が重なる。
「じゃあ同好会的な」
「嫌だよ」
「じゃあファンクラブ」
「は?何の」
「ん〜そうだな」
「私も自由にくつろいでるし、休みたい人の」
「休息ファンクラブなんてどう?」
自由じゃなくて勝手の間違いだろ。おまけにくそみたいなファンクラブの名前を提示してきた。
「意味不明すぎる」
「......誰が入るんだよ」
「今のところ私と月咲くん」
「結局二人しかいないじゃん」
「ファンクラブなんてそんなもんでしょ」
そんなやり取りをしているうちに17時半になったらしく、最終下校を告げるチャイムが鳴った。
部活動や居残りをしている生徒も下校時間になる。
「じゃあまた明日来るからね」
立ち上がり、スクールバッグを肩に持った。
「もう来ないでいいよ」
「いや、来るから」
少し笑いながら返事をした。
「てか月咲くんも帰るでしょ。正門まで行こ」
「はぁ」
休息ファンクラブとかいうしょーもないファンクラブに加え、変な縁ができてしまったな。




