§.01 The Princess in the Crisis
入学から半年弱が経過し、学院の1年生の間にはようやく落ち着いた雰囲気が表れだした……はずだった。
扉の向こう側に、聞き耳を立てる。
『わかっていると思いますけどね。あなただけなんです、まだ提出されていないのは』
これは召喚術の担当教官殿。
『提出しないんじゃなくて、提出できないんですよ、先生。どれだけ召喚しようとしても、向こうからパスを切られるんです』
受け答えするのが“深窓の姫騎士”ことフィリアである。誰だ、そんなあだ名をつけた奴は。ネーミングセンスの観点でしばくぞ。
『言い訳はいいですから、とりあえず何かを召喚するなりして登録申請書を出してください。何を召喚したのかは評価に含めませんから』
『じゃあ先生、今週中になんとかします。来週の頭まで待っててください』
『それ、3回目です』
夏季休暇中、幾度となく召喚を試みては失敗し、そのたびに教官殿に頼み込んで締め切りを延ばしてもらっていたのが現実だ。
『次は無いですからね。またできなかったら、単位あげませんよ。進級できなくても何もしませんよ』
『任せてください。なんとかします』
追い出されたフィリアだった。
「というわけで、どうしようか?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。てか何故に俺に頼る」
ふらっと立ち寄ったカフェテリアにて。流石に何も頼まないのはアレだなぁと思い、カフェオレかカフェラテかのどちらかのアイス版(コーヒー牛乳ではないのは分かるのだが、いかんせん見た目が似ているせいで判別できない)を頼んだ。気がつけば、フィリアは平然とミニサイズのパフェを食ってやがった。この金持ちめ。
「いやだってさ。イリヤ以外にいないんだもの。あたしが頼れる人」
「いやいや、そう言われても……」
フィリア本人はかなり陽キャな側だが、どうやら家柄のせいか、あるいは他の理由か、周囲の女子生徒とはうまくつるめていない様子。
「できるならなんでも助けてやりたいよ。流石にそれはフィリアのためにならないだろ」
「それはそうよね……。あたしとしては、召喚できる何かがいさえすればいいのよ」
「たいていの生物は使役できるものだろ」
「あたしが使役しようとしたら、毎度毎度パスが繋がらないのよ」
パス、というのは魔力の受け渡し回路のことだ。主人たる魔術師と、従者たる生物との間をつなぐもので、ぶっちゃけ、想像通りのものだ。
「パスが繋がらない、ねぇ……」
虚空を見上げる。あれこれ考えてみたところ、いくつかの仮説にたどり着いた。
「無理やり考えるなら、フィリアの魔力が多すぎるか、相手が耐えられないか、あるいはそれ以外か、ってところだな。……そうだ、いっそのこと、〈恐怖の源泉たる大蜘蛛〉でも召喚してみたらどうだ?」
「嫌よ、あんな化け物」
また出てきたメルクートゥス教の神話に登場する化け物、それが〈恐怖の源泉たる大蜘蛛〉ことウェンディゴである。流石にフィリアと言ってもそれは嫌だったか。
「冗談だ。あんなのを召喚してみろ、俺は躊躇いなく核を使うぞ」
「少しは躊躇いなさいよ。あとしれっと恐ろしいこと言わないで」
拒絶された。そりゃそうだ。
「……でもそうね、神話の登場人物ならイケそうね。やってみるわ」
パフェを食べ尽くした彼女が、至ってはいけない結論にたどり着いてしまった。
「辞めとけ。何が起こるかわからん」
「それじゃ、責任を取ってイリヤにも立ち会ってもらうわ。問題ないでしょ?核、使うんだものね」
……げ。口は禍の門。やっちまった。
フィリアに連れられて、彼女の寮室に来た。ここは本来女子寮のはずなのに、あれこれとフィリアに世話を焼いていたら寮監のマダムからすっかり信頼されてしまい、1年生の男子生徒として、唯一女子寮への立ち入りを許されてしまったという裏話があるが、それはまたいつかの機会に。
そんなに広くない、と言うフィリアの部屋(貧乏くさい学生寮を使っている俺からみたら十分に広い)に所狭しと詰め込まれているベッドやテーブルなどをどかして広い空間を確保した。
カーペットを剥いでクローゼットに放り込む。露わになったフローリングに、フィリアはおもむろにチョークで魔術式を描き始めた。
「それで、一体何を召喚する気なんだ?」
「さあ。教科書に従って、テキトーに作ってるから分からないわ」
――今、なんと?
「さあ、ってお前……」もはや二の句が継げない。「正気か?マジでヤバいもの出てきたら……」
「その時はその時よ。それに、サクヤちゃんもいるじゃない」
「まぁ、いるにはいるが……」
サクヤ、というのは俺が使役している(ことになっている)ゴーレムの個体名である。なお、この場にいる。
「何ですか。〈恐怖の源泉たる大蜘蛛〉が出てきたら、虚数魔術でぶち殺せばいいんですか?」
いや、言い方よ。もう矯正できないから諦めるけど。
そうこうしているうちに、フィリアは魔術式を描き終えたらしく、ネクタイを外して放り投げ、自身の掌にナイフを走らせた。
重力に導かれ、赤いクラックが縦に広がる。やがて魔術式の一端に到達すると、チョークの線に従って広がりながら、怪しい光を発し始める。
「今度こそ、上手くいってよ……!」




