§.07 Act on Measures Concerning Specified Dangerous Organisms
これまた幼少期の話。初めて魔術の練習をやってから数年が経過した頃だ。
俺は無事にこの街の義務教育学校へと入学していた。日本で言うところの小中一貫校で、この国だとこの形式が一般的らしい。
その義務教育学校も、はや残すところあと1年となった14〜15歳くらいの時だ。
ガッシュトフィルト家が家業として営む傭兵業だが、どうやらそこそこの評価を受けているようで、先月大きな仕事(具体的に何かまでは教えてくれなかった)を終えて帰投した傭兵のおっちゃんたちは皆緊張の解けた顔だった。
そんな家業こと“ガッシュ傭兵”である。ファミリーネームを縮めるどころか切断してしまうその潔さは評価するが、ガッシュトフィルトの名前をそのまま使おうとは思わなかったのだろうか。商標登録してしまったから変えられないのかもしれないが。
実際、今からの回想に名称がどうのこうの、という話はあまり関係ない。むしろ、俺がガッシュ傭兵のオフィスに入り浸っていたことのほうが問題……というか、事の発端だからだ。
ある日のことだ。俺はいつも通り、学校帰りにガッシュ傭兵のオフィスへと向かった。その日は部活動(とでも呼ぶべき、課外活動のスポーツチーム等の組織)が休みだったため、放課後になった直後に帰宅、オフィスへとなだれ込んだわけだ。
傭兵のおっちゃんや兄ちゃん、一部姉ちゃんたちは実に多種多様な人材で、その中にはあの自称家庭教師よりも勉強を教えるのが美味い兄ちゃんもいるぐらいだ。実際、俺もその兄ちゃんから勉強をあれこれ教わっているわけで。お陰で学習塾に通わせる予算が省けるわ、とは母の言だ。
その日の宿題が早くに終わったので、暇そうなおっちゃんと謎のボードゲームに興じていた。たぶんチェスに近いゲームだと思われるが、駒の形状や動かし方に差異があるので別のものだ。兵士のリボーンがあったり、特定条件下では裏切りがあったりとか、本当にボードゲームなのだろうか。TRPGでもやっているのだろうか。
悩みに悩んだ挙句、騎馬兵の駒を俺は動かした。対戦するおっちゃんが竜騎士の駒へ手を伸ばしたとき、オフィスにある固定電話が鳴った。
「はいこちらガッシュ傭兵」
そのおっちゃんが電話を取る。いつものように気だるげな返事だ。
『こちらライナー=ガンマ派出所。アグネス山脈にて、魔獣が発生したとの報告を受け、特定危険生物対処法に基づき、戦力の提供を要請いたします』
スピーカーモードに設定された固定電話から警官の声が聞こえてきた。
「魔獣か。規模は?」
おっちゃんの声が切り替わる。気だるげはいずこへ、キレのある声だ。
『個体数は1。二足歩行型で、身長は最低でも5.4メートル。原型となった生物はクマの類と推測されます』
「承知した。今すぐ向かう」
特定危険生物対処法というのは、極稀に発生する魔獣など、人間社会に大きな損害をもたらしうる生物を駆除するため、戦力の投入を可能とする法律だ。山が近いこの都市では、年に数度のペースでこれに基づく武力行使が行われ、そのたびに実家が駆り出されている。代表たる父の了承無しで行動できる、数少ない事例である。
そもそも、国軍の基地や駐屯地が近くにないこの都市で、軍以外にまとまった戦力を展開できる組織自体がいない、という背景もある。
「通知の通り、魔獣狩りだ。場所はアグネス山脈付近。行くのは俺とお前とお前と……」
おっちゃんが次々と指差していく。何人か指名して、はたと俺を向いた。
「社会勉強だ。来るか?」
「……そうだな。行くよ」
二つ返事だった。魔獣駆除に民間人、それどころか未成年を連れて行って良いのか甚だ疑問だが、そこの問題はこのおっちゃんがなんとかしてくれるのだろう。
屋内駐車場に停めてあった非装甲車両2両に機関銃を載せ(どうやら取り外し式のRWSらしい)、貨物室に機関銃やサーフボードっぽいモノ(一体何に使うんだ!?)、槍っぽい名前の対戦車ミサイル風味の無反動砲めいた筒(製品名を見ると“ATM ‘brise’”であった)を詰め込み、貨客室に分乗して走り出した。
ここまでする魔獣って、一体どんな存在なんだ……?警官殿は原型がクマ、と言っていたが。対戦車ミサイルを持ち出すあたり、ヒグマやツキノワグマ程度では無いのは確かだ。全く予想がつかない。
非装甲車両(外見はほぼ6輪のハンヴィーである)に揺られること十数分、緊急車両であることをいいことに信号無視を繰り返すこと5度(RWSを載せた車両が街を走っていたら誰だって道を譲るに決まっている)、アグネス山脈の入り口に到着した。運転していたおっちゃん(ボードゲームをしていた相手)がハンヴィーもどきから降りて、警官とあれこれ話していた。
おっちゃんが戻ってきた。真っ先に俺を見る。
「イリヤ。ここで降りて、お巡りさんと一緒に居てくれ」
やっぱりね。まぁそうだろうな、とは薄々思っていた。
「はーい」
元気よく返事して、ハンヴィーもどきを降りた。RWSが火を吹くところを見たかったが、それはまた今度の空砲練習の時に期待しよう。




