§.06 The remainder of the day
その日の授業は終わり、ヴァジュラは例の古臭い軽自動車に乗って帰っていった。いいなぁ。いつか俺もあれにまた乗りたいなぁ。四輪車の運転免許を取れるのは18歳からだから、実にあと13年。それとも、先に二輪車(こちらは16歳から)のほうを取ろうか。待ちきれない。あと10年とちょっと。実に待ちきれない。
今世の母、アナスタシアと首が座ったばかりの弟、アレクセイと一緒に円卓を囲んでアフタヌーンティーっぽい何かを楽しんでいた。アフタヌーンティーってイギリスじゃね?と思った人、正直に言いなさい。俺もそう思った。
実態はただ昼食後、小腹が空いた時間帯にちょっと飲み食いするだけである。買いだめのスコーンみたいなものとかワッフルみたいなものとか。自家製じゃなくて買いだめかよ。夢を壊さないでくれ我が母よ。
アナスタシアは飲んでいたカップをソーサーに置き、俺をまっすぐ見た。
「イリヤ。今日、魔術の練習を始めたそうね」
「うん」
口の中のワッフル風を飲み込んでから返事した。情報がもう伝わっているのか。それにしてもこのワッフル風は美味い。どこの店だ。
「道はまだまだ長いわ。なんでも手伝うからね。困ったことがあったら、すぐに言うのよ」
「うん」
なんと人のできたお方だ。しゃべり方が柔らかいし、第一言葉が優しい。きっといい人なんだろう。
「あ、今日ね、魔術杖?ってやつ借りてきたよ」
さっきの報告。金は使ってないとはいえ、母に知らせないわけにもいくまい。
「魔術杖、ね。ということはアルヴァロさんのところ?」
「そだよ」流石は領主夫人。市場の店はだいたい覚えているらしい。
「いいもの見つかった?」
「たぶんね。使い始めたばっかりだから、まだ分かんない」
魔力の行使ですらあの始末なんだ、魔術を本格的に使えるのはかなり先だろう。
「なんか、店長がね。使いにくかったら変えてあげるって。僕に貸してくれたよ」
「あら、良かったわね。わたしからもアルヴァロさんに伝えておくわね」
「はーい」
ついで母は隣を向き、「アレクセイ、どう?美味しい?」とミルクを飲ませながら優しく語りかけていた。眩しいッ!前世の母とは別ベクトルで眩しい。
こんな家庭もいいものだなぁと思いながら、袋入りのスコーン風をさらに1つ取った。
「イリヤ、食べすぎよ。夕食が食べられなくなるわ。それで終わりにしておきなさい」
スコーン風とワッフル風を合わせて3個も食べたのがバレていた。
「……はい」
ちくしょー。
それから3時間ぐらい経過して、午後6時半頃。父のグウェナエル・ガッシュトフィルトがたった1人の従者を引き連れて帰投した。
そこそこ大きいガッシュトフィルト邸でも、インターホンを使えば帰宅が分かるという素晴らしいシステム。科学万歳。ちょうど今『魔法使いアルジャーノンの冒険』の今日の放送分が終わったので、父を迎えに行くことにした。1回の放送で10分のショートアニメ2本。あのクオリティは素晴らしい。スターリィ国営放送局万歳、と言っておこう。
「おかえりなさい、お父さん」
「おう、イリヤか。ただいま」
年の割に老け顔な今世の父。とてとてと走り寄った俺を見つけると腰をかがめてわしゃわしゃと俺の頭を雑に撫でた。この感覚、何とも言えない心地よさが癖になる。頭を撫でられて気持ちよくなる女の子の気持ちが分かるような、分からないような。
父は俺の手を取って歩いていった。その傍ら、今日あったことを軽く話す。内容は先ほど母に話したこととほぼ同じなので割愛。
ダイニングルーム(というか、我が家ではリビングルームがダイニングルームと化しているので、建築上はリビングルームである)に到着すると、母と料理人とがせっせと夕食の準備をしていた。領主夫人が厨房に立つなんて!と言われそうなビジュアルだが、それは我がガッシュトフィルト家がかなり貧乏な貴族であるため、料理人を何人も雇う予算がないためだ。それでいいのか我が父よ。一応領主様じゃないのか。
もっとも、俺としては、厨房に忍び込んでお菓子類を盗めるからありがたいがね。
しばらくして夕食の準備が整うと、事前に伝えてあったのか、階上から今世の姉が降りてきた。2つ上の姉、レティシア・ガッシュトフィルトだ。
どうやら貴族令嬢としての行動規範はこの世界から既に消え去っているらしく、聞いたところによると学校の帰りに、毎日のように友達と身体を動かして遊んでいるとか。元気すぎる。
遅れて、7つ上の兄が来た。名前はマルティン。ロシア系なのかフランス系なのか分からない我がガッシュトフィルト家だ。ここまでごちゃ混ぜになるか普通?実際、イリューシャというのも地球ではロシア系だったし。
俺は考えるのをやめた。
そして夕食の時間だ。デカいパンのようななにかが前菜と共に並べられて出てきているあたり、文化圏的にはフランス系に近いのだろう。うん、もう分かんねぇなこれ。
会話を楽しみつつ、食事も口に運ぶ。手が微妙に届かないテーブル中央の大皿へは、この家の従者が助けてくれた。ありがとうアルベール・カントナさん。
この後は特にすることは無い。父は持って帰ってきた書類を片付けるらしいし(しれっとサービス残業してるし)、母はアレクセイと一緒にいる。兄は彼の私室に行った。恐らくは勉強だろう。12歳だしね。
姉は俺が気づく前にどこかに行っていた。まぁ心配するまでもない。父あたりが見つけ出すだろうから。
そろそろ眠くなってきたので、幼少期の回想はこれで一区切り。




