§.06 Hrunting-Dainsleif; The Demon Sword of Star-Eater
ファルスの【束縛】に従い、ティアは浮き上がった。さすが悪魔、空を飛ぶくらい朝飯前らしい。
無言で、正拳突きを繰り出してきた。それも空中で、正確にあたしの胸を狙って。大急ぎで剣をクロス、拳を受け止める。
「ティア!何のつもり!?――答えて!」
必死に呼びかけるも、応答はない。それどころか、焦点の合わない目であたしを見つめ、ただ無言で襲い掛かってくる。
剣で拳を弾いた。体勢が崩れ、双方距離を取る。今度は斬りかかった。拳で防がれる。また斬りかかり、今度は拳が顔に飛んできた。寸前で剣でいなし、攻勢に転じる。しかし器用に、魔力フィールドを張って剣から身を守っている。さすがティアだ。
――これで、ティアを殺す心配はなくなった。
地上で見ていたファルスが、相も変わらず高々と叫ぶ。
「ああ、これこそが、僕が見たかったものだ!信頼のある2人が引き剥がされ、一方は精神支配を受けている!他方の説得は届かない!」
ああもう、五月蠅い。気が散るじゃないの。
「喋らないで。――あなたの声なんか、二度と聞きたくないわ」
最大級の侮蔑をぶつけたはずだったのに。
「その目!その声!――ああ、なんと狂おしいものか!いいぞティア、もっと壊せ!」
――その名前を呼ぶな。この変態野郎が。
ふつふつと怒りが湧いてきた。もうこいつを許したくはない。だが、ここで怒りに任せるのはあいつのどつぼにハマることに同義。
「ティア、早く楽にしてあげるから――少しだけ、痛いけど我慢して」
2本の剣のうち、1本を上空に投げ上げた。残る1本をティアに向け、最大速度で突っ込む。
斬りかかった刃は、案の定フィールドに阻まれた。ノックバックがあたしとティアを襲う。ただ、これも読みのうち。
あたしは上から襲い掛かり、上空に反動を逃がした。対するティアは下方。であれば、重力に従って落ちていくのは当然。
残る1本、オリジナルの杖剣に魔力を流し込む。使うのは覚えたてのこれ。本来なら使用には魔術師の資格が必要だけど、今は緊急時だ。学院長が書類でなんとかしてくれるだろう。
「【闇を払え、高貴たる粲然】!」
放たれたのは、星を救う聖剣――と言われた光、その再現。あたし程度の技量では劣化版でしかないけど、本来のティアならまだ知らず、今のティアを墜とすにはこれだけで十分だ。
遠く地上で、ファルスが驚きに顔を染めているように見えた。いい様だ。あいつには狂言がよく似合う。見たいとは思わないけど。
狙い通り、魔力フィールドごとティアに命中した。フィールドを焼き尽くし、床に落下する。
そして、柄を下に向けて落ちてきた剣を掴む。重力加速度が相まって、相当の質量兵器になっている。指先を触れさせ、軌道修正。剣はティアの額に落下し、ティアは一度気絶した。
静かに地面へ舞い降り、隣に座る。あたしの使い魔である悪魔の肩を揺らした。
「ティア。起きて。……今すぐ起きて」
【束縛】の支配から逃れるためのリセットとして、かなり計算して剣を投げ上げたはずだ。ぶっつけ本番だったけど、失敗しているはずがない。
しばらく揺らしていると、ティアがようやく目を開けた。
「んん?……アタシ、一体何してたんだ?」
どうやら、ファルスの支配下にあったことを覚えていないらしい。それはそれでありがたい。
「あいつの攻撃を受けて、少し気絶してただけよ。――それよりティア、早く立って」
「そうか。――そりゃ、すまねえ。アタシも今から復帰……。おい、フィリア。その傷はなんだ?」
「傷?」
「顔にある。……誰にやられた?」
恐る恐る触れてみる。――鈍い痛覚が走った。無我夢中で戦ううち、無意識のうちに傷が走ったようだ。
「正直に言うわ。――あなたよ、ティア。あいつに精神支配されたティアが、あたしと戦ったときの傷、だと思う。」
「そうか。アタシが、あいつの支配下に。……フィリア。あいつはアタシが倒す。そこで待ってろ」
怒気を湛えた表情のティアに、すっかりこちらも気後れしてしまう。
「なに、心配すんなって。アタシだぞ?〈神殺しの大悪魔〉を、舐めるんじゃない」
その言葉を聞いていたらしく、ファルスはまた上機嫌。
「〈神殺しの大悪魔〉!まさかの神話の悪魔か!――どうしてこうも、君は僕を愉しませてくれるんだ!?精神支配は解除しちゃうし、どうしてこうも僕のいいなりになってくれないんだ!」
ちっとも悲しがっているようには見えない、むしろこの状況を愉しんでいるようだ。
「ティア、好きにしていいわ」
もう、こいつとは付き合いたくなくなった。
「任せとけって。アタシの、オトシマエをつけなきゃ、気が済まねえんだ」
一歩ずつ、ファルスに向かって歩みを進めていく。
「――【命果てよ、――剣尽きるまで】」
ティアが地面を蹴る。瞬間、彼女の手に“剣”が生み出された。地面を蹴るたびに魔力を吸い取り、少しずつ、確かに大きくなる。
いや、違う。
あの“剣”は。
剣、と呼ぶには――あまりにも大きすぎ、重すぎた。
柄を挟むように両側に剣が作られ、刃の一部はグリップガードを形成している。
ティアの後方に伸びる刃は徐々に長くなり、ついに目測で彼女の身長を超えた。
まだ、長くなるのか――。
ファルスが意を決して、
「【環境束縛】!」
【その剣は届かない。誰にも、いつでも、絶対に――】
と法則を【束縛】する。
瞬間、脚を停めたティアが叫んだ。
「【束縛】ごときで……届かねえ剣じゃなねェんだよ!あいつの……あいつの、最期の剣は!」
叫ぶと同時に、“剣”を振る。振る間も剣先は伸び続ける。そして……
血飛沫が舞った。
「――は、?」現状が理解できないのはファルス、ただ1人。
それもそのはず。誰にも、この星すら抗えないはずの【束縛】に、たった1000年と少し前程度の“神殺し”が、しかもその弱体化版が――打ち破ったのだから。
「【命果てよ、剣尽きるまで】……星喰の魔剣、か。――まさか、現実で見るとは、ね……」
ファルスが斬られた直後、あたしの足は復活した。炎の翼を解除し、剣を構えて地面に転がるファルスに突きつける。
「はは……。君たちは、本当にどこまでも僕の想像を超えてくる。――愉しませてもらったよ。また、会おうじゃないか」
「こっちからお断りよ。――次は無いわ」
冷徹なあたしの声を聞いて満足したのか、ファルスから、目の光が消えた。どうやら、気絶したようだ。
“剣”を携えたまま、ティアは直立に戻った。長い方の切先を地面に突き立て、その“剣”を眺めている。
さらさら、と“剣”がアキュシュニウム粒子へと還元され始めた。黄色く淡く光る粒子へと“剣”が呑み込まれ、徐々に短くなる。
黙りこくっていたティアの口が、ようやく動いた。
「――助かったよ。ありがとう。ゆっくり眠れ。
――名も知らぬ魔術師」
誰に対してその感謝を告げているのか、今の俺には分からない。本人に聞くことではないだろうから、これから彼女に尋ねる予定もない。それでも、
――彼女は笑っていた。きっとかれは、彼女にとってかけがえのない存在なのだろう。命を助けてくれた関係か、はたまた命を奪い合った関係か。それも分からない。
分からなくたっていい。彼女の思い出は、彼女だけのものだ。あたしには関係のないものだから。




