§.04 Magic wand
出かける準備といっても、何も持っていくものは無い。ケータイの類はもらってないし、財布も無いからせいぜいが子供用の肩掛けカバンぐらいか。こんなものは準備の内に入らない。
ヴァジュラが彼の端末をジャケットから探しているうちに(彼は机の上にそれを置いていた)、俺の準備は終わった。俺の父に連絡を入れてから、部屋を出て玄関に向かう。その道中、ヴァジュラに尋ねた。
「ねぇ先生。魔術杖って何ですか?」
「あぁ……そういえば言ってなかったな。魔術杖ってのは俗称で、正式名は『魔術展開用魔力制御システム』って言うんだが、要は……なんだろうな……。なんて言えば伝わるか……。リモコンみたいなもんかな。テレビのリモコン。分かるだろ?」
「リモコンですか」
なんとなく射撃指揮装置を連想したのだが。
「よく分かりません」
「すまんな。オレもいい例えが思いつかん。使ってるうちに何となく掴め」
無茶を仰る。
「はぁ。わけが分かりません」
「問題無い。オレも実際よく分からん」
それでいいのか自称家庭教師。
あっという間に玄関口に到着して、ヴァジュラが乗ってきた軽自動車に俺も乗り込んだ。こいつの人柄はあまり好きじゃないが、クルマのセンスは ピカイチだと思う。俺が前世で愛用していた軽自動車と見た目が似ているからだ。
軽自動車を走らせ、中央市場にやって来た。ガッシュトフィルト家が領主を務めるこの地方都市は、毎日のように中央市場で露天市場が開かれている。そのため、午前中から人・人・人の大混雑だ。ヴァジュラに手を引かれながら(このあたり、彼の優しさが垣間見える)軽自動車を降りて市場を歩くこと15分。距離ならそうそう駐車場から離れていないところに、その店はあった。
「よう店長。潰れてないか?」
やかましいわ、と怒号が響いた。誰だってあの言葉にはキレるよ流石に。
「そうそう潰れるようなヤワな商売じゃねえよ。それで、何しに……誘拐?」
誘拐だ?誰を見てそんなこと……俺か。
「この人、僕の家庭教師です。誘拐犯に見えるけどそうじゃないです」
子供っぽく、やんわりと否定してあげた。人相が悪い(ただし、目つきと髪の長さが悪いだけなので、素材はいいのがヴァジュラという男な)のは仕方ない。
「坊主てめえ、よくも言ったな。今日の宿題倍にするからな」
「ごめんなさいなんでもないです」
棒読みだけどバレてないだろうか。……バレてなかった。なんだか上機嫌だ。ちょろいなこいつ。
「それで、何の用なんだ?ヴァジュラ、お前の杖ならちょっと前に直してやったばかりだろ」
店長らしい若い男が持っていた工具をヴァジュラに突きつける。そんなに大きいレンチを、一体何の用途に使うんだ?
「いや、今日はこいつだ。――おい坊主、挨拶しろ」
「僕は坊主じゃないですよ……。
遅れました。僕、イリューシャ・ガッシュトフィルトっていいます。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「ガッシュトフィルト?あぁ、領主様か。いつもお世話になってます。第18代〈魔杖〉の[調律]師、アルヴァロ・ヴィヴィアーニです。当店へはどういったご要件で?」
良くも悪くもガッシュトフィルト家と民衆は平等なため、街に出てもガチガチの敬語を使われることは無い。住民との距離感がやたら近いのがこの地方都市の特徴だが、本当にこれでいいのか。俺は特段気にしないが……。市民が良いならそれでいいんだろう。実際、ヴァジュラの口は領主の息子に対してかなり悪いし。
「こいつの杖を入手したくてな。今日から始めるから、取り敢えず汎用品でいい」
ヴァジュラが後を継ぐ。
「汎用品か。それならあそこだな。ちょっと待ってろ」
アルヴァロ店長はカウンターから出て店の商品棚の前に移動した。エプロンのポケットから鍵を取り出してショーケースを開け、中から数本取り出して鍵をかけ、また別のショーケースから杖を取り出す。
「取り敢えずこんなものですかね。好きなものを選んでください」
カウンター近くのテーブルに移動し、俺とアルヴァロ店長は対面で座った。ヴァジュラは勝手に椅子を持ってきて、偉そうに脚を組んで座っている。
「えっと……どう違うんですか?」
どれも同じに見える。違うのはデザインだが、それも装飾の流線の色や動きが違うだけだ。
「こちらから順に標準魔力量が多い方、平均的な方、少ない方向けの汎用モデルですね。魔術学習の初期段階、まだご自身の特性が把握できていない、または決まっていない方向けのモデルです。イリューシャ君は……魔力量はどれくらいですか?」
魔力量?何それ。
「まだ測ってはないな。ただ、そこまで多くはないと思うぞ」
とは案の定ヴァジュラだ。なんとなくむっとした。まだ測定していないのに勝手に憶測でものを言うのは、科学系の人間として許容できない。
「じゃあ測っておきますか。イリューシャ君、利き手出して、テーブルの上に置いてください」
言われた通りに、右手を出した。
「本格的な測定装置は病院とか学校とかにしか無いから、あくまで就学前の簡易検査だと思ってくださいね」
カウンター後方の棚からデジタル機器を持ってきた。なんと言うか、血圧測定器みたいな見た目である。
「それじゃ、ここに腕突っ込んで」
モロ、血圧測定器でした。
この腕が締め付けられる感覚、どこからどう見ても血圧測定だ。人間ドックを思い出す。
「出たよ。平均魔力量は……182。イリューシャ君、今いくつ?」
「5歳です」
「じゃあ普通ぐらいだね。5歳男子の平均は200プラマイ10から15ぐらいだから、若干少ないけど、まぁ子供だし、コレぐらい誤差だね」
ヴァジュラ……お前よく分かったな。本当に、少ない側の分布だった。
「魔力量がこのくらいなら……当面はこれでいいかな。これ貸してあげるから、試しに使ってみて。使いやすかったらそのまま買ってもらえばいいし、使いにくかったらまた別のものと変えてあげるよ」
太っ腹すぎるぞこの店長。アルヴァロ店長……こんな善人が、どこでヴァジュラみたいなヤツと出会ったんだ……。
「ありがとうございます」
ちゃんとお礼を言って、その魔術杖をもらった。ブンブンと軽く振ってみる。なるほど、芯材となる木材に金属部品を組み付けた構造をしているようだ。この重量感覚……なんだこの金属。金属単体でもなければ、俺が知っている合金の中にも無い。新型の合金なら納得だが。
「おいアル……。お前、そんなことするからこの店が潰れかけるんじゃねえのか?形骸化して100年ぐらいとはいえ、領主の息子だぞ?そこそこの金持ちだぞ?金は持ってるやつから取れるときに取れるだけ取るもんだろ」
「仮にも本人の前でそれを言うかね、お前は。別に構わないさ。初回限定サービスだよ」
「おう?その割には、オレにそんなサービスはしてくれなかったよな?」
「お前いくつだよ。20越えてるだろ?サービスする年齢じゃねえよ」
俺のいる前でする会話かねこれ。
「ヴァジュラ先生、そろそろ練習に移りませんか?」
遠回しなストレートを投げた。いつまでも口喧嘩をしてそうな2人だった。
「おう、そうだな。そろそろ出るか。助かったよ。またな」
片手を軽く振った。なんやかんや言って仲がいいのかもしれない。悪友、っていうやつか。俺には分からない。
市場の人波を抜けながら、俺はヴァジュラに尋ねた。
「ねぇ先生。先生はいつ、あの店長と知り合いになったんですか?」
「店長……?あぁ、アルか。……ただの同級生だ。中央に行けるだけの学力があったのに、わざわざここにい続けた物好きだよ」
どこの世界にも、そんなやつが一定数いるらしい。大都市圏へ登った側の俺とは対照的だ。
......。うん?今、同級生って言ったか?あの見た目40代の男が、20代後半のヴァジュラと同い年だと?
「意外か?オレとあいつ、同級生だぜ?」
どうやら表情に出ていたらしい。
「いやまぁ……老け顔の人なんてたくさん居ますから……」
実際、今世の父ことグウェナエル・ガッシュトフィルトは実年齢よりかなり老け顔だ。本人曰く37歳らしいが、50代後半以降にしか見えない。
「そんなことはどうでもいいんだ。とっとと帰って練習始めるぞ」
そうこうしているうちに駐車場にたどり着いた。
ルビ10文字までしか設定できないの辛い……。




