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ファルトゥスの護衛官(仮)  作者: 北上輝月
Prologue; Episode / Be-4
3/5

§.03 Hello,world(1回目)

 冥く、実に深い闇の中、俺は肉体を得たことを確信した。つい先程までの手足の感覚がなかったのとは真逆である。

 これでようやく、自由な身体を手に入れられたのだ。

 失った手足……と思った途端、そもそも手足どころか命を失ったんだった、と思い出した。彼の比ではない喪失である。

 だがしかし、狭い。狭い、の一言に尽きる。

 加えて、液体に包まれた違和感を感じる。

 熱くもなく、冷たくもない。ちょうどいいぐらいの温度の液体に包まれている現状。俺の知識が――というか推理が正しければ、ここは間違いなく胎内である。だとすれば、ここは転生後の世界なのであろう。

 〇〇(注:俺の知らない、たぶん人気アイドルの名前)ちゃんから生まれたいとほざく醜男こと愛すべき部下(バカ)がいたが、まさか俺がそれを体感するとは。人生は多種多様だ。

 それはそうとして、神はこの世界に魔術が存在すると言ったのを思い出した。監視対象は貴族。そうくれば、俺の身分(あれば、の話だが)はどうなるのだろうか。流石に、接触のしやすさを鑑みると一般庶民の線は薄かろう。そうなれば、他の貴族或いはそれに準ずる立場、といったところか。きっと、邸宅の一室で生まれるに違いない。魔術があるんだ、きっと中世ヨーロッパみたいな雰囲気なんだろう。いやーファンタジー世界、楽しみだな〜。


……。


 そう思っていた時期(数週間)が俺にもありました。ええ、そう思っていましたとも。本当にそう思ってたんですよ。()()までね。


 外界に押し出され、産声を上げる(自分の喉で声を出せるのがこんなにも素晴らしいとは!)傍ら、目を開けてみれば、そこはドラマでよく見た、そして窓ガラス越しに一度だけ見たことのある分娩室、それそのものであった。

――何故だ!ここは魔術が横行する異世界じゃなかったのか!?

 抗議も兼ねて、もっと大きい声で泣く俺であった。



 数ヶ月の間、母親(どうも、アナスタシア・ガッシュトフィルトと言う名前らしい)にくっついて生活しながら周囲を観察していたのだが(思考に耐える脳みそじゃないのか、時折寝落ちしてしまったが)、この世界は俺の予想のはるか斜め上、もはや斜め上ではなく、直上を突き登っていた。

 魔術と科学が両立しているのである。


 首をぐいと持ち上げて外を見てみれば、道を歩く人、疾走する自動車、箒のようなナニカの上に乗って空を飛ぶ生身の人、そして極めつけには空中に浮かぶ明らかに飛行機ではない物体が目に映った。

 自動車レベルならまだ疑問に思わないが、空中浮遊物体とくればもう意味がわからない。技術って怖いネ☆


 ――などと思索にふけりつつ、無垢(?)な時を過ごす俺であった。

 後日判明したことだが、この時俺が見た空中巨大構造物は、この国に寄港していた大陸の中央に位置する内陸国、クルナーヴァ帝国空軍が誇る空中戦艦、アドミラル=アヴァクモフだったそうだ。

 ロシア語じゃん。



 時は流れ、統一歴2784年、あるいは王歴1524年。俺は無事に5歳となり、地方のビンボー貴族(子爵位のはずなのに、何故貧乏なんだ!?)に生まれていたために、家庭教師を名乗るガサツ男から読み書きの基本と簡単な魔術を教わることとなった。

 これまた後に知ったが、統一歴というのは元いた世界における西暦、王歴は皇紀にあたるもののようだ。もっとも、統一歴が主に使用されているようだが。

 話を戻そう。

 こちらの世界――というより、俺が生を受けたこの国、スターリィ王国は1517年前に第一王朝が成立し(たことになっていて)、そして現在は第三王朝が支配している、そこそこ古い歴史(という建前)の立憲君主制国家だ。その第何王朝というのも、王権が本家から分家に、さらにそのまた分家へと移っただけという完全に平和なものだという。自由と平等、博愛を掲げる歴史ある3色国家よ、見習ったらどうだ。王族を断罪するのはきっと愉快だろう。――言い過ぎた。すまない。

 俺がここまであの国を貶すのは、俺の思考を支えてくれている“西リンドグル語”というのが、そことなくラテン系言語の気配を漂わせているからだ。特に、フランスあたりの訛りを含んでいる。

 ただ1つ違うのが、やはりというかなんと言うか、文字である。“原子力”の仕事上、フランス語と接触することが多かった俺はフランス語がだいたい読める。それ故、この国の言語を聞くと……フランス語のアルファベットが脳裏に浮かんできて、読解の邪魔をするのだ。じきに慣れてくるといいのだが。


 それで、その家庭教師を名乗る男こと、本名ヴァジュラ・コンボイ。どこからツッコめば良いのか分からない名前なので、ツッコむことそのものを諦めた。

「おい坊主。昨日の復習だ。忘れたとは言わせんぞ」

 いつもこの口調である。なかなかに口が悪い。そもそも俺はまだ5歳児なんだ、普通の5歳児が昨日のことをすぐに記憶できると思うなよ。俺はできるけど。

 自称家庭教師(ヴァジュラ)がカバンからフリップを出した。

 書かれていたのは西リンドグル語の単語。まだ5歳児だからね、この国の文字を読めるかどうかから始めるわけだ。

「ほれ」

「pomme(林檎)」

「次」

「chien(犬)」

「次」

「chat(猫)」

「よろしい」

「baleine(鯨)」

「次は文章だ。いくぞ」

「J'ai 5 ans.(私は5歳です。)」

「なかなかできるな」

「J'aime les pommes.(林檎が好きです。)」

「とっておきだ。正解しろよ」

「Remplissons nos champs de sang souillé.(我らが田畑を汚れた血で満たそう。)――って、何言わせるんですか」

 メルクートゥス教の教典の一節である。曰く、人里を侵略した化け物たちから土地を奪い返す際に、指導者的立場の男が民衆に対して呼びかけた言葉らしいが……。いかんせん物騒だ。

「はっはっは。こんなものでビビってたら、お前一生メルクートゥス教典を読み切れんぞ」

「ビビってませんよ」

 こちとら趣味で新約聖書と旧約聖書とクルアーンを読み切ったんだぞ。何の張り合いにもならんが。

「にしても、お前はほんとに覚えるのが早いな。本当に5歳か?――5歳だよな。親御さんが嘘つくわけないもんな」

 今世の両親は2人揃って割とその場のノリで生きている人物だが、決して嘘つきではない。それは俺が保証する。

「5歳ですよ」

 ガワの人間は、ね。

「ま、そんなもんなのかな。子供は興味あることにはとことん興味あるからな」

 それが子供だからね。俺の愛娘もそうだったし。

「それで、今日は何をするんですか?」

「今から言うところだ。慌てるな。――聞いて驚け、」

 あんたがこれまでに何度そのセリフを言ったと思ってんの。3回目だよこれで。

「魔術の練習を少しずつ始めようと思う」

「ほんとに!?」

 掌クルクルだ。やいのやいの陰で言ってごめんなさいね。

「急に食いついたな。別に構わんが。坊主、自分の魔術杖はあるか?」

 まじゅつじょう?なにそれ。

「なんですかそれ」

 幼児向けテレビアニメに出演している魔法使い(ウィザード)の連中はどいつもこいつも素手で魔法を使っていたが。

「まさか知らないのか?坊主お前、どこで魔術師を初めて見た?」

「『魔法使いアルジャーノンの冒険』」

 その幼児向けテレビアニメである。どことなく水戸黄門要素がある、いわゆる勧善懲悪モノだ。

「よりにもよってソレかよ。言っておくが、魔術杖無しで魔術を使えるやつの方が少ないからな。『僕もできる!』とか思わない方がいいぞ」

 オレと同じ轍を踏むな、と付け加えた。一体何をしたんだ、この男は。その男はたっぷりと考えてこう言った。

「そうか。つまり、魔術杖が無いってことか。そうか……。坊主、取り敢えず魔術杖を買いに行くぞ。出かける準備をしろ」


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