§.02 Nice to meet, ‘you’…?
……、……。
……。うん。ん?
どうやら、俺は意識を取り戻したようだ。――しかし、目も見えなければ耳も聞こえない、手足の感覚も無ければ平衡感覚も一切ない。ただ、ふわりふわりと浮いている奇妙な感覚だけがある。身体の感覚もない。身体の境界が溶けてなくなったような、でも境界が残っているような。かなり古い例えだと、L.C.Lに俺が溶かされたような。不思議なものだ、感覚がないのに感覚がある、というものは。実際俺も分からないのだからどうしようもない。そうなると、本当に意識を取り戻したのか疑わしいものだ。
しばらく経ったあとだ。しばらく、と今言ったが、正直なところこの表現は正しくない。俺がしばらくと感じた時間――何秒、何分、はたまた何時間、何日、何週間、何ヶ月、ひょっとして何年何十年何百年何千年が経ったのか――、全く分からないのだ。仕事病故か、俺は感覚でだいたいの経過時間がわかるのにも関わらず、だ。
その時、頭の中にかすかな声が響いてきた。最初は気にも留めないほどに小さな小さな音だったのが、時間の経過と共に大きくなり、いつの間にかはっきりと聞こえる大きさになった。
――元・中宮嗣だな?
男でも女でもない、というより男でも女でもあるが、聞く人によって印象が変わりそうな、俺にとっては男よりの声だった。声を出すことができないので、脳内で考えることしかできない。
――元、とは失礼だな。俺は今も中宮嗣、そのものだ。断じて元じゃあない。
どうやら声の主は俺の考えが伝わったようで、さらに語りかけてきた。恐らく、これはテレパシーというものだろう。
――何だ、気づいていないのか。お前はもう死んでいるというのだ、中宮嗣。
それはそうとして、やはり死んでいたのか。むしろあの大爆発で生き残ったほうがすごい話ではある。
――確かに俺は死んだかもしれんが、此処にいる俺の意識は中宮嗣のものだ。元ではない、現だ。
むっとして言い返した。
――そうか。ならば、今はそう扱うことにしよう。
此処から本題に入るが、唐突だがね、君には「観測者」の任務を任せたいんだ。
――カンソクシャ?
確かに唐突だ。それにカンソクシャと言ったか?……観測者、のことか。
――そうだ。危険因子の存在は知っているだろう。ソレが世界を壊さないよう、観測しながら制御し、時には実力行使も辞さない役目だ。
俺は首を傾げた(はずである)。観測者、危険因子。そのどちらも聞き覚えが一切無い。再び訊き返した。
――危険因子、とか言ったな。俺は知らんぞ。
疑念を多分に含んだ声で、先方は言った。
――嘘をつくな。私は何人にも言ったし、彼らにもそれを伝えるよう言いつけたはずだ。古事記にも、そう書いてある。お前の母国だけでも、アヤツメノナリユキ、サラシナカリノ、……
それから何人か、日本風の人名を挙げていったが、誰一人として聞き覚えが無いし、全く分からなかった。
あと、古事記にそのような記載は無い。
そこでふと気付いた。こいつ名乗りを上げていない。
――それよりだな、お前誰だ?名乗りぐらいしたらどうだ。
しばらく彼(?)は黙っていたが、突然堰を切ったように叫んだ。
――貴様、自分の身を弁える、というのを知らないのか?それとも、私が分からないのか?知らないなら教えてやろう――私は神だ。この世界の創造主だ。接し方、というものがあろうが!これまでの身に余る発言は水に流してやったが、もう言い逃れはできんぞ。
まさかの神宣言が来たか。まさかキレるとは思っていなかったが、(自称)神がその態度を取るならこちらが取る選択は一つ。
――そもそもだな、仮にお前が神だったとして、そちらから名乗るのが流儀ってもんだろうが。ギリシア神話に倣うなら、人間は神を模して作ったんだろう?そうなら、人間のルールなどはコピー元たる神にも適用されるってことじゃあないか?
神をも恐れぬ口上、とはまさにこのことだろう。さしずめ、今が神代なら「神に叛逆した者」として伝えられる……のだろうか。
――貴様、聞こえなかったか?
ーーああ、聞こえたとも。
その後も延々と激しい舌戦を繰り広げた。もうここで思い出すのも拒む程にだ。よくもまあ、この世の全てを知る者に対して文句を言えたものだ、と今になって思う。
ものすごい体感時間が経ってから、なんとか両者は和解に持ち込めた。肉体を伴っていないはずなのに、久々に息が切れた。ぜえぜえ肩(?)で息をしながら考える。
――まあいい。とにかく、お前は神で、俺は死人だ。お前は、俺に「観測者」をやらせたい、と。それは理解した。しかしだね、俺は「観測者」などについての知識を持っていない。それらについて、教えてくれないか?
――わかった。こちらの非を認めたうえで、一から全て説明しよう。貴様の意識に、イラストも投影してやる。
目の前にホワイトボードが現れた。神パワーってすごい。
――まず、貴様が住んでいるこの世界には世界を変えるための営力が2つ、存在する。
――2つ?
――分かりやすく言えば、世界全体の恒常性を維持する営力と、支配種の繁栄を拡大する変容性を司る営力の2つだ。
それぞれが、楕円の形をとってボードの両端に現れた。
――なるほど。
――この2つの営力は、原則として直接世界に介入することは無い。ほとんどのケースが、「人」を介したものだ。
両端の楕円から矢印が伸びてきて、中央に「世界」と書き加えられ、矢印の上に「人」と書き加えられてそこに当たった。
――ここで危険因子の説明を挟むとしよう。汝、元いた世界で「歴史を変えた人物」は知っているな?
それに対して、俺はフランス救国の聖処女を挙げた。
――まさにそれだ。…たしか、彼女のランクはphaseⅠ、上から2番目だった。国家を変えるレベル、と言えば妥当だろうな。
そして表示されるピラミッド。神が言ったように、上から2番目が赤く塗られていた。
――それで、危険因子が、どう関わってくるんだ?
――危険因子は、平たく言えば世界の認識を変えうる能力を有する者だ。全部で7等級、国際社会から集落まで設定されている。
先程のピラミッドに上から文字が挿入され、EX、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵと表示されていった。
――具体的な名を挙げることもできるが、本筋から外れるので省略しよう。彼ら彼女らの活動によって世界の恒常性が崩れないように、それ自身が現地に派遣した、変容性の営力が現地に遣わした危険因子の行動を監視・修正し、実力行使も辞さない者ーーそれが、観測者だ。こちらの指示に従ってもらわなくてはならない関係上、どうしても前世の人格を引き継ぐことが必要になる。
――なるほど。「観測者」も危険因子も、どっちも何らかの営力の後押しを受けた人間ってわけか。――1ついいか?
俺は神に尋ねた。構わない、と彼(便宜上、こう呼ぶことにした)は語りかける。
――今実力行使も辞さない、って言ったな。じゃあ、危険因子を最初から排除することは無いのか?
――基本的に無いな。
1つは、いちいち排除するには数が多すぎる上に、範囲が広すぎる。排除する手間が大きすぎてボツだ。
2つは、彼ら彼女らの行動が恒常性を釣り合わせ、世界を発展させることもある。それに期待しているだけだ。
――なるほどね。ようやく理解したよ。それで、俺は誰を監視すればいいんだ?
――管理番号CZNDa-11278、危険因子phaseⅡ。個人名はフィリア・ファルトゥス=アルトロイトだ。家は現地指折りの武官貴族で、とてつもないお嬢様だ。因みに、どうでもいいことだが、そこでは、魔術が使えるぞ。
今、神は聞き捨てならないことをおっしゃった。しかも、かなり人間臭い口調で。
――魔術、だと?――ナントカカントカ、と言って杖の先から炎を出すアレか。
俺の中の魔術知識が映画由来であることはこの場の片隅に投げ捨てておくとしよう。
――そうだ。それと、君の役目は君と彼女が16歳、君の前世で言う高等学校になってからだ。15歳頃に再度コンタクトを取る。
――結構間が開くんだな。
――それまでは前任者の仕事だ。その前任者にも、コンタクトは取ってある。
事前指導はこれで終わりだ。早く行け、中宮嗣……いや、イリューシャ・ガッシュトフィルト。
その名前を聞いて、俺は再び意識をもぎ取られた。――今度は、上から、ではなく下に。




