§.01 Long time ago…
――、――、――。
――、――、――。
赤い警報が鳴り響いていた。
管制室に居座ってモニターを睨みながらキーボードを叩き続けるうち、目線の上で回り続けるパトランプなぞ、もはや気にも留めなくなってしまっていた。
俺――この発電プラントの現場責任者を務める中宮嗣についてきてくれた部下は、もう全員追い払った。残るは俺と、使い慣れたワイヤレスキーボード、「警告」の同じ文字のみをただ愚直にたれ流し続けるモニターだけだ。
流石に、この無学な俺でも理解できる。プラントを制御しているAIが何らかの影響でエラーを起こし、何故か外壁に大穴が開いた小型核融合発電所の発電を停止できないでいるのだ。
そのうえ、大穴が開いたことが警報で伝えられたのも監視カメラに漏れ出た冷却水が映り出してからだった。また、水量から少なくとも30分から1時間は経過したことも判明した。
一言で言ってヤバい。
施設の監視を完璧に、AI任せにしていたツケ、とでもいうのだろうか。この発電プラントにいた人間は俺含めわずかに10人余り。被害状況の把握もままならないまま、対応に追われるうち、気づけば退避命令を出さざるを得ない被害となった。
「……もう、どうもなんねぇな」
誰も聞いていないのに、この状況を嘆く。このまま俺が逃げれば大爆発は避けられまい。そうなれば、本邦が世界で初めて達成した商業用核融合発電の名誉に泥がつく。
かと言っても、俺が残ってマニュアル対応したところで現場管理者が1人死ぬことには間違いないだろう。
果たして、「諦めちゃだめだ(よ)」とは、誰の言葉だったのか。
――人生を共にすると誓った妻か。
――命を賭しても守ると決断めた娘か。
――何があっても守り通してくれた両親か。
――信頼して、さっきまでついてきてくれていたのに、追い払ってしまった部下か。
俺の人生に登場する、様々な人々がフラッシュバックする。そこまで思い出して、肝が据わったようだ。
「しゃあない――最期の、大仕事とでもいくか」
元凶となる、大穴の場所は判明している。管制室からの信号を受け付けないのであれば、直接現地に赴くのみだ。タブレット端末に発電所の地図を表示した。管制室の電灯を切る。――もう、誰も戻ってこないだろうから。
「ありがとう。――四年間、世話になったな。最高の人生だったよ」
軽く敬礼をして、入り口にある扉に向き合った。
「もう少し、手伝ってもらうぞ……ヤァっ!」
バゴン、と蝶番ごと扉を蹴飛ばし、ちょっと厚い鉄板を作った。ある種の簡易シールドである。取っ手を持って廊下を駆ける。やや重いが、この身を守ってくれる最期の盾に、文句を付ける気にはならない。長い渡り廊下を走り抜け、発電所の炉がある建物の中二階に通じる扉を蹴破った。
その足場から、中央にあるタービンを見下ろした。とても暗いが、床に時おり煌めくものが見える。1階部分が浸水しており、かなり時間が経過したことを伝えていた。
「あれか」
物理的に当たって砕けろだ。扉を下に、エイヤっと飛び降りた。
ドゴン、と着地。遅れてバシャッと大きな水音が充満した。
先にやるべきは発電の停止。胸ポケットに入れてあるペンライトを片手に、よどんだ水をかき分け、足元を照らしながら手探りでコンソールを探した。
「――あった」
ペンライトを口に咥える。扉だったものを側に立て掛けた。
燃料注入の停止。次いで、冷却水のバルブを閉め、電流の供給を止めた。これで、発電が止まるのは時間の問題だ。
再び手を扉へ。前に持ち、大穴に近づいた。扉を縦にし、穴に押し込んだ。扉のほうが少し大きかったようで、横幅が少し広がったが問題はない。水の手応えを感じつつ、全力で押し付けた。流出が止まる気配は全く無いが、少しは流出量が減ったと思わせてくれた。
突如。ぐらりと、なにかが揺れた。頭?足元?穴が空いたタンク?
――プラント全体だった。
遙か遠くから、爆発音を聞いた。さしあたり、燃料となる重水素タンクに引火したのだろう。そういえば、発電を止めることばかり気にして、燃料の供給を止めることなぞ完璧に意識外だった。
「やっべ……最後の最後にシクったな……。減給で済むかな……」
生き残る自信すらないのに、こんな冗談が飛び出す自信の口が、最も信用ならない。爆発音は連鎖的に近づいてくる。ここに飛び降りた以上、鍵を持ち出していなかったために1階の扉は開けられないし、中2階に跳び上がる脚力を俺は持っていない。
時既に遅し。そこに至るまで、1秒とかからなかった。
管制室で見た人々が、より鮮明にフラッシュバックする。
妻の遙、娘の結希、そして個性が強すぎる部下たち。
――達者に暮らせよ。俺は先に行ってるからな。
直後、暗く濁ったオレンジ色の爆風に呑まれた俺は意識をひったくられた。
中宮嗣、享年42歳。人生120年がひっきりなしに叫ばれる現代において、あまりにも短すぎる人生だった。




