§.07 Meeting with The ‘Supervisor.’
その日の夜。当面の生活費として3000クルツを口座から下ろしてきた帰り、あまりにも疲れすぎたのか、ベッドに即倒れ込んだ。
部屋の隅で丸まって端末をいじり回していたサクヤがそれを袂に入れ、こちらに向き――
「おかえりなさいませ、マスター。お疲れのところ失礼しますが……使いますか?」
着ていた着流しの裾を持ち上げた。対して肉付きのないふくらはぎや太ももが見える。
「何をだよ」
「ナニを……いえ、私を」
「使うか、バカ野郎。まったく、どこでそんな知識を覚えてきたんだ……」
「初期状態の時点でありましたが」
「あぁ俺のせいだねすみませんね」
学習量を減らすため、一度俺の知識をサクヤにまるまるインプットしたのだ。その時に余計な知識……まさにこれ……までもが共有されてしまい、今に至る。
「ダメだ腹が減って頭が働かん……。飯食うか。何食べたい?」
「マスター。それ、フィリア様には言わないほうがいいですよ。――あ、それはそれとして魚のムニエルかポワレを所望します」
「小麦粉を出すのが面倒だからポワレでいいか。――それで、どこからフィリアが出てくるんだ」
冷蔵庫から適当な魚――先週買った鱈っぽい味の海魚――の切り身を引っ張り出しなから答えた。
「なんとなくですが、フィリア様がマスターに向ける視線に……若干ですが、親愛や友愛以外に、強い関心が含まれているように見受けられますので」
「強い関心、ねぇ」後ろを向かず、キッチンと向き合い続ける。「そんな年頃なんだろ。16歳なんて子供だよ、まだ。特段気にすることもない」戸棚からフライパンを取り出した。
「そういうものなんですかね」
いつの間にかキッチンテーブルに座ったサクヤが応じた。
「さあな。少なくとも内側の俺は、その強い関心を一時の気の迷いだとでも思ってるみたいだな」
「外側のマスターは、どうなんです」
「少なくともまだ情欲由来ではないから、何も気にしない――かどうかは分からんな。何しろまだ(・・)、だからな」
はっはっは、と笑い飛ばす。
「……合計1人じゃないですか」
やめて中宮嗣のライフはゼロよ!(もう死んでるからゼロもマイナスも無いけど)
口と手を同時進行させること数十分。ポワレをメインとする各々が揃ったので、2人だけの夕食が始まった。
食事を終え、食器類を食洗機に放り込み、歯を磨く等々していると定刻になった。
「……時間か」
脳内にざわざわとノイズが走り出す。ラジオのチューニングにも似たその工程が終わり、クリアな声が聞こえてきた。
――イリューシャ・ガッシュトフィルトだな?
――あぁ。イリューシャ・ガッシュトフィルト、張本人だ。
神、その張本人(?)である。危険因子たるフィリアの監視を課せられた俺が、神とコンタクトを取る唯一のタイミング――即ち定期報告だ。
毎日の定期報告は天使(と名乗る生物ではない物体)を介して行っているが、月に一度程度、こうして最上位の上司に報告をせねばならないのだ。
――それで、何の用だ?
キャスター付きイスに深く座り、投げやりに訊いた。
――今日は、フィリア・ファルトゥス=アルトロイトとはまた別件だ。頼めるか?
――条件にもよるな。どんな条件なら呑める?
――仕事の中身より先にそっちを訊くのか?お前、図々しくなったな。かつての良い子はどこに行ったんだ。
良い子とは一体。
――俺がいつ、良い子だったのかはさておきだな。……そうだな、ヘリオドール商会の株価を意図的に、かつ自然に上げられるか?
――株価の操作、か。余裕だ。ただ、本当にそれでいいのか?ほら、大金が欲しいとか、女が欲しいとか、そういうのはないのか?
神、まさかの困惑。というより、神に頼む願い事って大抵が金と地位と女絡みなのはこの世界でも同じなのか。ちょっと幻滅。
――無いな。株価さえ上げてくれれば問題ない。
――枯れてるな、お前。ちゃんと性欲あるのか?
とりあえずだまれ。
――それはさておき、ここから本題だ。来週から、お前のホームクラスに、転校生が来る。
――転校生?このタイミングでか?かなり悪いタイミングだな。何があった?
――話せばかなり長くなって、厄介なんだが……。結論から言うと、犯罪組織に命を狙われている。ただ、誰もその犯罪組織につながる手がかりを掴めていない。より安全な環境下で保護するため、王立魔術学院に移籍することになった、というわけだ。
――なるほど。ということは、金持ちの子どもか?身代金目当てなのか?
――いや、そうではない。身体の付加価値というよりは、身体そのものが狙われている。俗に言う、聖体異物だ。
――マジかよ。
聖体異物。魔力に対する親和性が著しく高い生体部品の総称だ。魔力伝導率を人体の平均値が50前後、銀や銅、金など電気伝導性の高い金属を100とすると、モノによっては150や200になるのが聖体異物の特徴だ。
――なるほど、その聖体異物が狙われてるわけ、か。どの部品だ?
神は少しためらい、
――「アイオーンの心臓」だ。心臓の聖体異物の中でも一級品で、拍動に合わせて魔力を生成するものだ。特に彼の心臓は、その中でも最高級で、魔力伝導率は恐らく……最高値で300に達すると、推測される。
――さんびゃく!?
普通にビビった。高すぎる。魔力伝導率というのは、その部品の外部から魔力を流し込んだ場合に、どれだけの魔力が出力されるかの相対パーセント表示なのだが、300というのは、実に3倍に増幅されたことを意味している。
――それで、どの組織が、その聖体異物を欲しているんだ?犯罪組織って言うぐらいだから、相当ヤバいんだろ?
――笑うなよ。
そう前置きして、
――〈虚ろなる暁〉だ。
――ださいな。
心の声が思いっきり出てしまった。
――言ってやるな。少年の心を失わなかったんだ、きっとな。
まさか、犯罪組織に同情する日が来るとは。人生分からないね。
——それで、本題に移ってくれ。なんかいろいろ、脱線してすまない。
——ああ、そうだな。さんざんずらしておいていい身分だな。それで、その転校生についてだ。名前はユーヴェイン・アルバック。16歳男性で、金髪碧眼だ。
——そうか……。せめて、顔写真とか見せてくれないか?
実際、フィリアの時も顔が分からなくてひどく困ったのだ。
——脳内通話でどう画像を見せろと?それに、手術や怪我などで顔は普通に変わるぞ。
デスヨネ。




