§.06 Memory of the Birthday of Android
翌日。
昨日入手したグレー系のパーカーとブラウン系のチノパン(だったはず……)を着ている美女ことティアが、フィリアの隣にいた。服装が不満なのかどうかは分からないが、どことなく気だるげなティアだった。
なお、パーカーとチノパン、両者ともセカンドハンド品である。
「ようフィリア。どうかしたのか?何かあったか?」
「どうしたもないわ。ただ――いえ、イリヤに話すことじゃないわ。ただの愚痴だもの」
「そうか」リュックサックに荷物を詰め込んで立ち上がる。「聞くだけでいいなら、いくらでも聞くぞ。垂れ流すのはよくないが、とはいえため込みすぎるのもよくない」
しばし黙る。「ーーそれなら、少しお願いしてもいいかしら」
幸い、昼前だったので次の講義まで1時間弱の余裕があった。
それが不幸にもなった。
「――それでさぁ、あの人酷いのよ。いくらあたしが召喚した、って言い張っても信じてくれないのよ」
あの人こと、召喚術の担当教官殿への文句は留まることを知らなかった。時折「そうか」、「そりゃ大変だ」とテキトーに流していたら、「ちゃんと聞いてるの?」と言われてしまった。もう、ちゃんと聞くしかないじゃないか。俺は昼食に集中したいのに。
「それで、どうにもなんなくなって、ティアが悪魔である証拠を見せるって話になったのよ」
「ほうほう。――え?」
悪魔である証拠を見せる?どうやって。「それで、どうやって証拠を見せたんだ?悪魔に何か身体的な特徴があるわけでもないし」
「その場で思いついた方法を取ったわ。魔力出力の高さで、先生のティーカップを割ったのよ。そしたら怒られちゃって」
「そらそうだろ。魔力出力の高さって点は確かに正しいかもしれないがな……」
怒られて当然の仕業だ。せめて、窓の外の木の枝を折るとか、後は――なんだろう。
「というかイリヤだって、召喚したのがヒト型だったよね。どうやって先生を黙らせたの?」
「そうだそうだ。たしかイリヤ、って言ったな。どうやってあのガキを召喚したんだ?」
フィリアにティアが被せてきた。
「いっぺんに訊くな。答えられんだろ。――だが答えはシンプルだ。サクヤっていう個体自体を使役しているわけじゃないからな」
「「はあ?」」
2人の返事が重なった。わかっていた話ではあるが。
「け〜っこうややこしいから、順を追って話していいか?そこそこ……最長で15分はかかりそうだが」
「構わないわ。面白そうだもの」
「いいぜ。アタシも気になってんだ」
2人の了承を得られたので、かなり早めの回想へとなだれ込んだ。――いや、早すぎじゃない?
「まず、俺はいくつかある選択講義として、召喚術を選んだ。そしたら、まあ当たり前の話だけどよ、何か生物を召喚して使役しなきゃいけない。ここで俺は何を思ったのか、実体のない生物……エネルギー生命体なら食費とかの維持費を削減出来るって思ったんだ。
問題はここからだ。エネルギー生命体といえば俗に言う精霊だ」
そうね、あるいはそうだな、とそれぞれ。
「精霊が精霊であるさまを持続する……ホント、テキストのこの表記がややこしいんだよな。いやまぁそれはどうでもいいんだけど、エネルギー生命体のままでいさせるためにはすごい魔力を食われる、だろ?」
フィリアに確認を取った。そういえばそんなコト言ってたわね、と返ってくる。
「だから、俺は精霊のケースとしてサクヤを作った、ってわけだ。専用のケースに入れておけば魔力を外部から加える必要はないし、そのケースを自律活動させれば魔力だって自前で用意できるかもしれない」
「……上手いこと考えたわね」
たっぷり沈黙して、ようやく出た答えがそれだった。
「つまり、こうか?イリヤが使役しているのは精霊のほうで、ガキ……サクヤはただの入れ物だから、アタシたちみたいな問題にはならなかった、と?」
ティアの指摘通りである。そこへ、
「それ、ズルくね?」ティアの突っ込みが鋭く突き刺さった。
「ぐぅ」ぐうの音も出……た。だからなんだ。
「言うなれば服だ。ちょっとだけ豪華な飾りなんだよ。――実際、そうやってあの先生を誤魔化したしな」
「それで何とかなるのかよ。この学院どうなってんだ?」
「あまり悪く言ってやるな。たぶん、前例がなさすぎるんだ……たぶん」
一応、教官殿の名誉のためにフォローしておくことにした。
「たぶん、かよ。――まぁいいや。それで、何の問題もなく今日までいられた、と」
皮肉たっぷりのティアだ。
「だろ?最初はそう思ってたんだよ」
そうはいかなかったのである。
「魔力を自前で用意させるためにはラヴィアンツ機関か、それに代わる魔力コンデンサが必要だろ。いざコンデンサを組み込もうと思ったら、学生が入手できる価格帯のコンデンサはどいつもこいつも低出力で再充電ができないと来た。
そうなったら、もうラヴィアンツ機関にしか頼れない。でもそれは細胞内器官だから、独立して運用させられない。つまり細胞として活動させなきゃいけない。そうなったら、もう人造人間しか道が残ってないんだわ」
「おうおう、そりゃ難儀だったな」
背もたれに寄りかかるティア。高身長だからか、或いは単純に美女だからか、いちいち様になる。
「……でも、それが何の問題なのかしら?」
フィリアが純粋な疑問をぶつけてきた。一方のこちらは背もたれを背もたれとして使っていない。まさに貴族令嬢の風貌だった。
「ここからだよ、本題は。ラヴィアンツ機関を稼働させるためには外部からアキュシュニウム粒子を取り込まなきゃいけない。そのためには呼吸機能が必要で、さらに循環機能、それらを動かす制御機能、エネルギーを取り込むための消化機能。トータルで……あぁ。材料費だけで……5000は飛んだ。それから各種器官のプログラム作成に1週間、マトモに自律活動できるようになるまでに2週間。2学期に入って、ようやく飛んだり走ったりできるようになったんだ」
「そんなにかかったの……?」
「手持ちの貯金全部消えたわ」
なお、5000……5000クルツは日本円(俺の肌感覚)にして5万円程度だ。一介のビンボー学生が払える額じゃねえ。
「おかげで外部の計算機関ができたのはありがたいけどさぁ……。食費は1学期の1.6倍に跳ね上がるし、サクヤ用の端末で通信費も跳ね上がるし、出費が大きいわけ。というわけでフィリア。経済的に助けてくれ」
「嫌よ」
はっや。即答だった。
「冗談だ。同級生のヒモになるほど、俺は落ちぶれちゃいない。そもそもバイトしてるし、株主優待もらってるし、金には暫く困らん」
「へぇ、株持ってたの。どの?」
その一方で、近代資本主義経済に詳しくないと見えるティアは「かぶ?」と疑問の様子。
「今のところ、ヘリオドール商会とエリシウム=フーズだな」
「ヘリオドール……?知らない名前ね。新しい会社?」
「最近上場した総合商社だな」
そこで、腕が震えた。見ると、学院から支給されたウォッチ型デバイスが振動と音とで時刻を伝えていた。予鈴、次の講義が始まる5分前を伝えている。
「じゃあな、フィリア。また次の講義で」
「ええ。また次の講義で」
そうして美少女&美女高身長コンビと別れた。それにしてもなんなんだあの、顔面偏差値インフレは。ヴァイマールもびっくりなハイパーインフレだ。




