第11話:微かな違和感に、崩れいった日常
年に1度の進級を終えて、恒例行事のクラス替え。
それでも今年で最後ともなると、少し感慨深いのかもしれない。
新学期という浮ついた空気も1ヵ月が経てば薄まっていき、ピリついた空気がどこからか漂ってくる。
「んで、あれから連絡取り合ってるの?」
「どうなのさぁ~」
「……」
「えっと~」
残念なことに立花達もクラスが別々になったらしいが、お昼休みになれば食堂で当たり前のように集まっていた。
問い詰められる栞凪は、食べる手を止めてしまう。
「むしろ聞くけど、3人は連絡取り合ってないの?」
「それは……」
「あ~ね~」
「どうだったかなぁ~」
三者三様。反応はそれぞれだったが、確固たる裏付けとなった。
「冗談かと思ってたけど、本当だったんだ」
そうなると、理由が気になってしまう。
3人へどう訪ねようかと思考を巡らせるも、答えたくないという空気がバシバシと伝わってくる。
だから半分くらいは諦めもつく。
「連絡は、毎日とってるかな」
「毎日!」
「ひゅ~う」
「へぇ~意外」
まだ先とはいえ、頭の片隅には受験というワードがあるのだろう。
だけど今という青春を謳歌する女子高生にとって、色恋沙汰はカッコウの息抜きになる。
やや冷やかし気味の三人に嘆息しながらも、掻い摘んで内容を伝えておく。
そしていつもの時間になれば、栞凪は通話を繋げる。
「もしもし」
《もしもぁ~し》
「……風邪でもひいた?」
《ん~そんな感じ》
どこかくぐもった声に、顔をだしたくないのか天井だけが映りだされる。
「もし辛いようだったら切るけど」
《それは大丈夫。……ちょっと熱っぽい気がするだけ》
「……そっか」
本人がそれでいいならと思いながら、栞凪は学校での出来事を報告していく。
(……なんだろう?)
ふとした違和感に首を傾げたくなったが、すぐに取り合うものではないと流しておく。
それから今までの学校生活が優しかったと物語るように、栞凪の1日1日が濃密な生活となっていった。
授業のスピードは変わらなくとも、予習と復習は欠かせない。
さらには受験を想定した模試も放課後には行われる。
瞬く間に1学期が過ぎていき、高校最後の夏休みへと突入していく。
それでも習慣とかした、20時の通話時間だけは欠かさなかった。
「……もしもし」
《もしもぉ~し、どうかしたの?》
だけど1つの変化が生じていた。
これまで顔を映していた会話が、今では無機質なアカウントのアイコンだけの通話となっていた。
それもここ最近、幸羽からの要望。
慣れない感覚に声を潜めてしまい、タイミング悪く突かれてしまった。
《珍しいじゃん元気ないの。明日から夏休みだよ?》
「それは、まぁ……」
《……じゃあ、どしたの?》
「ん~わかんない」
これでは堂々巡りでしかない。
そんな曖昧な感想を伝えると、通話越しでも困惑した雰囲気が伝染していく。
《そっか、わかんないんだ》
「ごめん」
《何で謝るのさ、そういう日は誰だってあるじゃん》
「……そうだね」
それ以上の会話が盛り上がらず、幸羽から気を遣うようにして通話が終わった。
(……何だろう、このモヤモヤ)
いつだったかの違和感が、栞凪の喉に小骨となって気になり始めていった。
だけど受験生。
せっかくの夏休みとはいえ、ここが進路の分岐点ともなり得た。。ほぼ自主性という形だが、学校側からの補講授業がお盆休み以外は行われる。
栞凪もそれに参加するつもりだった。
それもあって通常の学校生活と変わらず、予習と復習は欠かせない。
どこか身が入らない感覚の中、栞凪は明日のためにも机に向かうのだった。
1年という時間の流れは誰にとっても等しくあるもの。
だけど毎日を仕事や趣味に多忙を極めると、あっという間に感じてしまう。
夏休みを終わった辺りから、学校側が本格的に受験モードに移行していった。それと並行するように生徒達もで、校内の空気が一層と増していく。
その例にもれず、栞凪も渦中にいた。
「うん、校内模試はいい感じですね」
「ありがとうございます」
職員室ではなく、生徒指導室に呼びだされていた。
向かい合う初老の男性教師は、毎年のように高等部3年生を全員担当している。生徒数が多くとも、各々の得手不得手を把握して指導していく。それがあまりにも淡々と作業的で、生徒達からは嫌煙されがちだった。
だが裏を返せば、生徒1人1人と向かい合ってくれている。
ひとり歩きをしている噂を耳にしていた栞凪だったが、内心で胸を撫でおろしてしまう。
そんな余裕を見抜くかのように、生徒指導者は短く咳払いをした。
「さて、それも踏まえて今後はどうしていきましょう」
「……それは、どういった事でしょうか?」
校内模試の手ごたえとしてもあり、結果も悪くなかった。
それなのに満足させてくれない。
怪訝に思いながら眉根を寄せる栞凪だったが、生徒指導者は肩の力を抜いた。
「すみません、誤解をさせてしまったようですね。三環さんの結果からして、第一志望は確実に狙えると思います」
「はい」
せっかく太鼓判を押してもらえているのに、気持ちを落ち着かせてもらえない。
「……ご家庭の事情もあると思いますがもう1つ、さらにもう2つくらいは上を目指すのもどうかなと思うんです」
「……つまり、志望校を変えろと?」
あまりにも話が良すぎる。
だからといって即断即決できる内容ではなく、両親にも相談をしないといけない。
(それは魅力的ではあるけど……)
模試の結果と一緒に、案内された大学のパンフレットを前に気持ちが揺らいでしまう。
「強制はしませんので、しっかりご両親とお話しください」
「ありがとうございます」
そういって話は終わり、栞凪は一礼してから生徒指導室を後にした。
「ただいま」
「あ、帰ってきた」
「先生怖くなかったぁ~」
「……その様子だと、問題なさそうだったとか?」
その足で自分のクラスへと向かうと、今日が模試の結果を踏まえた面談と教えていた立花達が勉強会を開いていた。
しっかりと受験生である自覚を持ってきた3人に、栞凪は事実だけを伝える。
「栞凪って元々勉強できたからな納得かも」
「すっごぉ~あの先生って褒めるんだぁ~」
「それは、誇っていい事でしょ」
「……そうなんだけど」
お世辞のない3人からの絶賛だったが、栞凪の気持ちは上がらない。
「……幸羽が心配か」
「それは、まぁ」
本音を言うのであれば、そこだった。
だけどそれを理由に大学のレベルを落とすと口にしようものなら、生徒指導者からグチグチと言われるのは間違いない。
とはいえ、仲のいい友達がいくからという理由で大学を選ぶ生徒も中に入る。
立花達もそういった理由で、同じ志望校を選択していた。
浮かない表情の栞凪の様子を、立花達はニヤニヤとした笑みで見守っている。
「そんなんで悩むなら相談すればいいだろ?」
「もしくはぁ~一緒に住むとか」
「一緒に住む。……一緒にッ!?」
栞凪の思考に滑り込む、逢田の提案に過剰な反応を示してしまう。
「それはいい案かもしれない。大学は別でも住む場所が一緒なら、同じ時間を共有できる」
「それはそうだけど……」
立花は1人で納得した態度で頷くが、当の栞凪はさらに尻込みしてしまう。
「え~なになにぃ~何が不満なのぉ~」
「一時はいえ、それに近い生活過ごしてたくせに」
水を得た魚かのように、逢田と遊佐が追い打ちをかける。
幸羽関連になると乙女をみせる栞凪はカッコウの的となり、立花達は容赦なく弄り倒していく。
「それもほら、幸羽の同意だって必要で……」
「あ~はいはい、ご馳走さま」
逢田と遊佐の意識を切り替えるように手を叩く立花は、露骨な嫌味をぶつけてくる。
「大学の事は親にも話さないといけないだろうけど、幸羽とはしっかりと擦り合わせておかないと大変なことになるぞ」
「……それは、経験者は語る的な?」
「……ノーコメント」
立花は遊佐と逢田に目配せすると、意味深な笑みを互いに浮かべていた。
(これは、絶対に何かあったんだな)
そう察してしまう中、栞凪は手もとのパンフレットに視線を落とした。
「幸羽にはとりあえず話してみる」
「うん、そうしておくべきだな」
「報告楽しみぃ~」
「そうと決まれば、ほら勉強」
音頭をとった立花に、栞凪も含めて間の抜けた返事をした。
(……さてと、そろそろ時間だけど)
帰宅した栞凪は、夕飯の時に今日あった出来事を両親に話した。
あび子は二の句をあげずに絶賛し、かなり強めに背中を押してくる。
「そんな気難しい先生が太鼓判押してくれたんでしょ? お母さんは応援するわ」
対して、宏人はただ一言。
「後悔の無いようにしなさい」
2人の温度感に戸惑いながらも、背中を押してくれるだけで勇気が湧いてくる。
そうとなれば、残すは幸羽だけ。
だけどここ最近、栞凪にとってこの時間が少し気まずかった。
「もしもし」
《あ、あ~もしもぉ~し》
スピーカーからトーンの高い声音が聞こえてくる。
(……今日もか)
だが無理をしているようで、くぐもっているように聞こえる。
《昨日ぶり。……それで、どうだったの?》
今日の出来事は、昨日の時点で伝えていた。
さっそく本題に踏み込んでくる幸羽に、栞凪は自慢に聞こえないように注意を払う。
同じ受験生というのあって、下手にマントをとってメンタルを傷つけないたくない。
「先生からは志望校は問題ないって言われたよ」
《さっすが栞凪! もともと勉強できるの知ってたから驚きはしないけど、これで受験は安心じゃん!》
「うん、そうだね」
まるで自分自身の如く喜ぶ幸羽。
だから伝えにくい事実が喉元をでない。
《……どうしたの? テンション低いじゃん》
「むしろ幸羽のテンションが高くない?」
《……そうかな?》
「そうだよ」
立花達も陽気な素振りだが、他の生徒達への配慮をしている。
ピリついた空気感は一層と増して、毎回の模試の結果で生徒達は一喜一憂していた。それでメンタルが削られ、生徒のモチベーション下げていく。
その負のスパイラルに陥っていく生徒を、栞凪はチラホラと目にしている。
だけど幸羽の声音から、あまりにも緊張感がない。
幸羽の高校がどうかはわからないが、もう少し気を引き締めてもらいたいと思う。
(……もしこれで、幸羽のモチベーションが下がったりしたら)
嫌でも同級生たちの姿が重なってしまう。
それでも伝えておかないといけない。
でなければ、最悪な未来を歩んでしまう。
「それで何だけどさ、生徒指導の先生にもう少し上の大学を狙ってみないかって言われたんだ」
《……え?》
ついさっきまで陽気で明るかった声音のトーンが落ちる。
(……ダメ。このまま一気に言い切る)
僅かな間を見逃さず、栞凪は捲し立てていく。
「○○大学。パンフレットは後で送るんだけど、見ておいてちょうだい」
《……》
微かな呼吸音だけが耳もとに届く。
だから続ける。
「その大学に通うってなると家からも遠くなっちゃうだけど、その時は、その……」
勢いに任せて伝えられた。
だけど本題を切りだそうとして、言葉が詰まってしまう。
《栞凪は、その大学に行きたいの?》
あくまで薦められたというだけで、栞凪は決めあぐねていた。
その決定を一部握らされていることに、幸羽は気づいているのだろうか。
「……それは」
改めて考えさせられる。
もしこの決定で幸羽が首を横に振ったとして、この関係が終わってしまうのだろうか。
約半年近くも音信不通だった時期を乗り越えた先で、こうして今も関係が続いている。
確証はなくとも、この関係は切れないと思いたい。
だってまだ、栞凪は幸羽の気持ちに応えていなかった。
それを盾にはしたくない。
《……まだ悩んでるなら、もう少し考えていいんじゃない?》
「それは、そうだけど……」
《私のレベルで行けるかは、正直いって難しいと思う》
「……うん」
しっかりと現状を受け止めた上での、幸羽の判断。
たったそれだけで胸が締め付けられる。
《けど元々はそっちの大学に通うつもりだったから、どこかでアパートを借りるんだ》
「……うん」
いつだったか、そんな話をした。
親元を離れての生活で、学費は奨学金でどうにかするらしい。それでも少しは負担を減らしたいからと、アルバイトもするといっていた。
それで学業が疎かになっては本末転倒なのだが、そこは栞凪頼りだと聞いて呆れてしまう。
そうなってしまったら、高校時代と変わらない。
だけどそれが、嬉しくもあった。
《もし私がそっちでアパートを借りるとするじゃん、そうなったら栞凪がそこから通うのってあり?》
「ッ!?」
思ってもみない申し出に、栞凪は頬が緩んでしまいそうになる。
けどニヤついてしまったら、通話越しとはいえバレてしまう。
気を引き締めるために短く息を吐き、栞凪は勇気の一歩を踏みだす。
「もしよかったら、一緒に住まない?」
《そう、誘ったつもりだったんだけど》
噛み合わない会話に、2人して笑い合う。
「ごめん、正直それを言いたかった」
《え、なに? 大学はどこでも言い的な感じ?》
「そうは言ってないけど、幸羽と一緒だったらいいなぁ~的な考えだったか」
《それは、私もだよ》
「けど、もう少し頑張ってみようかな」
《……そっか、応援してる》
どこか安心しきった声音の幸羽に、栞凪はわざとらしく咳払いをする。
「なに言ってるのさ、幸羽も頑張らないとでしょ」
《……そうだね》
勝手に他人の背中を押しておいて、自分の事を棚上げにした口ぶり。
だから今度は栞凪の方から背中ではなく、手を引っ張る。
「さて、お互いに勉強しよ」
《切り替え早くない?》
スピーカー越しから聞こえた呆れ声に、栞凪は誰に向けるでもない笑顔を浮かべた。
それから受験勉強は過熱していき、栞凪は寝る間も惜しんで机に齧りつく。
(……これが終わったら寝よう)
時刻は深夜の12時を過ぎようとしていた。
気分を切り替えるように背筋を伸ばし、首を回すと骨の音がパキパキと鳴る。
だけど、息抜きは欠かせない。
いつもの20時になり、栞凪は幸羽へと通話を繋ぐ。
(……あれ、忙しかったかな?)
数コールの呼び出し音が耳朶を打つ。
最近は栞凪からかけていたが、呼び出し音を聞く間もなく幸羽は出ていた。
不思議に思っていると、呼び出し音が止んだ。
「もしもし」
《……も、もしもし》
聞こえてきたのは、声を潜めたくぐもった幸羽の声。
それにどこか余所余所しさもあり、まるで別人かと疑いたくなる。
「どうしたの、そんな身構えて」
《そ、そんなつもりはないよ?》
上擦る声、明らかに動揺している。
「……もしかしてタイミング悪かった?」
《そ、そういうわけじゃないけど……ごめん、かけ直す》
「えっ」
一方的に通話がブツリと切られる。
あまりの出来事に、栞凪は困惑を隠せなかった。
(……やっぱり、最近の幸羽はおかしい)
正確にいつといったら、顔を合わせての通話じゃなくなった時からだ。その日はたまたま見せられない顔をしていたとかだったらわかる。
だけどその日を境に、ただの通話になっていった。
文句は特になかったが、違和感だけは抱き続けている。
《……ごめん、今は大丈夫》
「……本当に?」
だが、ほんの数分も経たずに折り返しがあった。
いつものようにくぐもった声、さっきのように慌てた様子はない。どこか落ち着きを払っており、むしろ申し訳なさそうにしていた。
「そうだ、メリークリスマス」
今日は12月25日、年に1度のクリスマス。
それに学生は冬休みに入っていた。受験生には関係ないかもしれないが、今日だけは勉強をせずにゆっくりと過ごしている。
昨日は立花達と気分転換と称したカラオケパーティーで盛り上がった。
それもあって喉がガラガラとしているが、幸羽には気づかれていないようだ。
《……ああ、そっか。メリークリスマス》
「なに、勉強疲れ?」
《……ん~そんな感じ?》
「……そっか」
立花達と同様に、イベントごとには人一倍騒ぎそうなものだった。
あまりにも会話のテンポが合わない幸羽の様子から、栞凪は気遣ってしまう。
「まぁ~そうだよね。ごめん、配慮が足りなかった」
《……そんなことないよ》
幸羽の声音に覇気がない。
明らかに無理をさせてしまっていると思いながら、栞凪は短く息を吐く。
「それだけがいいたかったの。……切るね?」
そういって切ろうとしたが――、
《もうちょっとだけ、話さない?》
耳を澄ませていないと聞き逃しかねなかった声音が、栞凪の手を止めた。
「……わかった」
それから何を話すわけでもない。
ただ、通話だけを繋げていた。
「……ねえ、幸羽。そんなに勉強辛い?」
《そんなことは、ないかな……。知ってるでしょ? 私の成績》
「うん、ホント凄いよ」
学期末ごとの成績は、お互いに教え合っている。
学校によって授業の進みは違うのだろうが、幸羽は常に上位をキープしていた。模試の結果も良好で、栞凪が元もと通おうとしていた大学の合格ラインは超えている。
だけど、それ以上は望まなかった。
大学生になれば一緒にいられる。
それだけで、栞凪は満足していた。
まだ合格はしていないが、将来という未来に期待を寄せている。
「もしさ、大学に合格したらなにしたい?」
《え~気が早いでしょ》
「少しくらいいいじゃん」
《そうだなぁ~。とりあえず、勉強はしたくないかな》
「受験が終わったらそうしよう」
《お、あの栞凪が許してくれた》
「だったら、自己採点でもしようか?」
《ひ~》
わざとらしく口調を厳しめにすると、ケタケタと笑い声が聞こえてくる。
《……ねえそういえば、あの日記帳ってまだ持ってる?》
「中は見てないし、引き出しにしまってる」
《……そっか》
「なに、届けようか?」
《……そう、してもらおうかな》
ベッドの上にでも倒れたのだろうか、ボフッという音が聞こえてきた。
《それと何だけど、ここからお互い大事な時期に入るから、この電話お休みにしない?》
「……それは良いけど、無理しないでよ?」
《だいじょ~ぶ、栞凪もだよ》
「……うん」
《じゃあ、これ切ったら住所教えるね。着払いでお願い》
そういって、幸羽の方から通話を切った。
(……やっぱりおかしいというか、かなり無理させている)
シュポッっという音に続いて、幸羽がとある場所の住所が送られてきた。
「……会いに行こう」
明らかに幸羽の様子がおかしくなっている。
その確証を胸に、送られてきた住所を地図アプリで検索した。




