第9話:まるでノラ猫のような転校生
目が覚めると、いるはずの居候がいなくなっていた。
(……今日に限って起きるの早いんだな)
寝惚け眼を擦りながら、栞凪は上体を起こした。
畳まれた敷布団の一式が部屋の隅に置かれているが、どこか見慣れた光景に違和感を抱く。
(確か昨日、一緒に寝ないかって……)
就寝前の記憶を振り返ると、敷布団の一式がそうであっても自然だ。
曖昧だが、1人分のスペースが開いている隣に触れる。
「……ドラマの観過ぎかな」
掌から伝わる熱はなく、栞凪は自嘲気味に喉を鳴らした。
するとそのタイミングで、普段であれば枕元に置いているスマホからアラームが鳴り響く。
今日から夏休み。
それなのにアラームをかけていた事態に、栞凪は細く溜息を吐く。
「起きますよって」
ノソノソとベッドの上を移動し、スマホのアラームを止めに机へと向かった。
そこから二度寝とも考えたが、妙に頭が冴えて寝付けそうにもない。
だから栞凪はそのまま部屋を出て、リビングへと向かった。
「あら栞凪、早いのね」
「うん、おはよう」
ドアを開くと、当たり前のようにあび子がいた。朝食の準備をしているようで、チラリと視線を向けるだけで戻してしまう。
それ自体は気にならなかったが、自室での違和感が濃くなっていく。
「あれ、幸羽は?」
その違和感を口にして、あび子からの視線が刺さる。
「幸羽ちゃんなら今朝方一度帰宅するって言ってたけど、何も聞いてないの?」
「え?」
それほど広くないリビングを見渡していた視線を、栞凪はあび子へと向ける。
キョトンとしたその様子に、あび子は怪訝そうに眉を顰めた。
「なんで驚いた反応してるのよ、昨日の夕飯後に幸羽ちゃんが教えてくれたわよ」
「私、なにも聞いてない」
「……そうなの?」
「うん。布団は畳んであったけど、荷物が無くなってたから、おかしいなって」
気のせいではなかった違和感の正体が明らかになっていく。
「様子からしてさすがにご家族から『帰って来い』的なことを言われたんだろうなってあんまり口を挟まなかったけど、家もいつまでもはね」
「……」
まるでもう1人娘ができたような歓迎ぶりだったが、実際のところはそうだろう。両親の働きもあってアルバイトもせず、勉学に集中できて食べさせてもらっている。
大なり小なりと家庭への負担が増えていく。
(そんなことわかってたけど……)
薄々と気づいていた事だが、それでも栞凪は納得できずにいた。
「ほら栞凪、起きてきたなら朝ごはん食べちゃいなさい。お母さん達は仕事に行くから」
「うん、いってらっしゃい」
用意された分を自分でよそい、働きに向かう両親を見送る。
いつものように慌ただしい朝の光景を、栞凪はのんびりとした気持ちで眺めていた。
そして1人になったリビングに、点けっぱなしにしているテレビからアナウンサーの声がよく響く。
「なんで私に一言もないのさ」
ボソッと不満が零れる。
昨日まで当たり前のようにいて、家庭内で明るさと賑やかさを振りまき。挙げ句には同性ながらも好意を抱き、打ち明けてきた。
恋愛経験の無さにちょっとしたクラスメイトよりも親密な関係で、少しずつその好意と向かい合って行こうと考え始めていた矢先だ。
一番大事なことを告げずにいなくなった、幸羽へ。
「……いただきます」
向かい側の席に睨みを利かせ、栞凪は両手を合わせる。
それから幸羽からの連絡がないまま、栞凪の高校2年の夏休みが終わりを迎えた。
「暑い」
夏の暑さが一層と増し、いつになったら涼しくなるのだろうかと思わされる。
栞凪はいつものように通学路を歩き、何気なく周囲を見渡してしまう。
聞こえてくるのは休み中の出来事が多く、語る生徒達の表情からも充実した休みを過ごせたのだと見て取れる。
それにもれず、栞凪も何かと用事があった。
一番に印象的なのは、毎年恒例の夏祭り。
会場は栞凪達が通う学校のグラウンドを解放し、地域の住民や生徒達が出店をしていた。季節を先取りした文化祭の装いだが、秋にもしっかりと学校行事としてある。
生徒数の多さもあって大々的になりがちで、学年の垣根を超える交流のイベント。
栞凪も出店の手伝いで、中等部と高等部の上級生に混じって焼そばを売った。
しかも売り子としてではなく、作り手として。
熱々の鉄板を前に汗を滝のように流し、使い慣れないヘラに苦戦しながら。家庭のフライパンとは勝手が違い過ぎ、最初は焦がしてしまわないか焦りでしかなかった。だがそれも忙しさが増していけば気にしていられず、あっという間に時間だけが過ぎていく。交代の時間になれば両腕の疲労と、達成感に満たされていた。
それからは数人のクラスメイト達と合流して会場を巡り、ひと夏の思い出作り。
他にも両親の実家で過ごしたり、クラスメイト達と大型施設のプールでも遊んだ。
ただそこに、幸羽の姿はなかった。
頭の片隅では課題を終わらせたのだろうかと気にもなりながら、音信不通であることに栞凪からは連絡をしていない。
何もいわずに帰ったことへの不満を愚痴るがてら、一式を片付けてほしかったとベランダで布団を干しながら連絡をした。
だがそれに既読すらつかず、今に至る。
だから今日、休み明けの登校日にあったら直接文句を言ってやろうと決めていた。せめて人前は避けたいところだが、駅前に姿はない。
そうなると、既に登校している。
いつだったかは待ち伏せをされていたが、今度は立場が逆になってしまう。だからといって登校時間ギリギリの栞凪には余裕はなく、真っすぐと学校へと向かって行く。
この際、クラスメイト達に好奇な視線を向けられるのも気にしていられなかった。
校門を潜り、昇降口で靴を履き替える。
学校が近づくにつれて、生徒の数も増えていく。だから必然ともいえるほど賑わい、口々には夏休みの思い出にはせた会話ばかり。外の暑さに負けない熱量が漂いながらも、どこか浮ついた空気感。
それをどこか他人事のように聞きながら、栞凪は教室のドアを開いた。
「おはよう」
何気ない、誰か特定の相手に向けた挨拶ではない。ちょっとした習慣のような、クラスメイト達との対話。
チラリと視線を向けるだけ、小さく手を振ってくる、話に夢中で気づかないと反応は様々だった。
だけど、それで良かった。
(……あれ?)
栞凪は視線の先を窓際の一番後ろに向けて眉根を寄せた。
いるはずの女生徒がいない。
もしかしたらお手洗いで席を立っているのかもしれないと視線を巡らせたが、周囲に座っているクラスメイトと目が合う。
「……」
「……」
「……」
無言で何かを訴えてくる視線。
驚いたように目を丸くさせている。
スマホを操作しながら、雰囲気が物語っていた。
三者三様の空気に当てられる栞凪だったが、ちょうど朝のHRを報せる予鈴が鳴り響く。
(……休み明け早々遅刻って)
お陰で思考がクリアに、不満の一つが増していく。
短く息を吐き、栞凪は自分の席に着いた。
それから遅れて、担任である達宮昴が教室に姿をみせた。
年齢も栞凪達に近いというのもあり、どこか教師というよりも大学生のような面持ち。それも相まってか、この夏を十分堪能したと物語る日に焼けた姿。
「みんなおはよう。今日から2学期だ、暑さに負けず元気に頑張っていこう!」
快活とした笑顔によく通る声は、クラスメイト達からの反応は大きかった。
「俺らより絶対この夏休み楽しんでたじゃん」
「すっごい日焼け」
「でた、一発目から暑苦し」
「相変わらずだね~」
「おいおい、この日焼けは決して遊んでたわけじゃないぞ! 色々な部活の引率だったり、夏祭りのためにグランドの整備とか――」
「「はいはい」」
「お前らなぁ!」
まるでタイミングを計ったような相槌に、昴の嘆きが響いた。
そんなやり取りがあって笑いが生まれるも、切り替えるように軽く咳払いをする。
「それと、みんなに報告しておくことがある」
さすがに雰囲気から察したように、クラスメイト達は揶揄うことなく昴に視線を向ける。
「一部の生徒も知っているのかもしれないが、蓮永幸羽さんが夏休みを前に転校しました」
その言葉に、教室内がざわついた。
恐らく多少の違和感を抱いていたクラスメイトもいるのか、様々な話が飛び交う。
だけどそれを抑制するように、昴は手を叩いて注意を引く。
「ほら静かに、まだ続きがある」
たったその一言に、クラスメイト達の視線が集まる。
だがそれに昴は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「蓮永さんから急な転校について謝られた。両親の都合というのもあって深くは聞かなかったが、連絡先を知っているからと責めないであげてほしい」
担任でしかない昴自身に火はないのに、何故か悔しそうな表情を浮かべていた。
「責めるもなにも……」
「うん」
「……そう、だよな」
「まぁな」
どこか悟ったようなクラスメイト達の口ぶりに、栞凪は嫌な予感が過る。
「てか、誰か連絡取れるの?」
ぶっきらぼうな男子生徒の問いかけに、教室内が無言になる。身振り手振りや視線だけのやり取りが続き、最終的には栞凪へと注目が集まった。
「ごめん、私も連絡が取れてない」
好奇の視線に晒されながらも、栞凪はどうにか声を絞りだしていた。
「そうなのか?」
一番に驚いていたのは、昴であった。
それにどう反応していいのかわからなかったが、栞凪と幸羽の関係を少しだけ深く知る立場からすればそうなのかもしれない。
クラスメイト達の反応も様々だったが、窓際の一角からの視線は怪訝めいていた。
「それじゃあ、他は――」
次は全体の始業式があるので体育館に移動があり、学校側からの事務的な連絡を済ませて朝のHRを終えた。
「三環さん。ちょっといい」
「……立花さん」
声をかけられて視線を向けると、三人のクラスメイトがいた。
(そうだよね)
予想をしていた通りでもあり、栞凪は静かに席を立った。
「場所、変えよっか」
周囲から好奇の視線が多く、あからさまに聞き耳を立てている。
誰だってそうだろう。
ただ言える事実は、正直に告げている。
だからこれ以上の情報を持ち合わせていない。
立花の後ろに控えるように、遊佐と逢田もいる。
どこと決めるまでもなく、栞凪達の足は女子トイレへと向いていた。
始業式までは多少の時間に余裕がある。ぞろぞろと廊下を移動しているあろう同級生達の喧騒が、壁を一枚挟んだだけで遠のく。
入り口前で立ち話も迷惑になると考え、栞凪は奥の方へと進み振り返る。
「単刀直入に訊くけど、幸羽の事だよね」
振り返れば3人ともついて来ていて、どこか物言いたげの表情をしていた。
「そうだね」
「察しいぃ~」
「その様子だと……」
反応は様々だったが、既に結論がでていたようだ。
それに応えるように栞凪は頷いた。
「うん。教室で伝えた通り、私も知らされてなかったんだ。連絡だって、未読のままだし」
力なく微笑みを浮かべ、普段は使うことのないスマホをポケットから取りだす。そしてトークアプリを起動させて、幸羽とのやり取りをみせた。
栞凪からの一方的な会話だけが残されている。
「同じか」
「そうみたいだねぇ~」
「……」
栞凪達のやり取りに触れず、3人は同様にスマホをみせてきた。
ほぼ栞凪と時期は同じで、既読がつかないまま会話のログが残っている。
「気になってみてグループも開いたんだけど、終業式があった日の夜に退会してたんだよ」
「……うん、私もみた」
その日はまだ、栞凪の家にいた。
だけどその翌日、幸羽は急に出て行っている。
いや、表現としては自分の家に帰っただけの事。
それなのに、心のどこかで引っかかっている部分があった。
(……いつから決まってたんだろう)
誰にも打ち上げず、最低限の学校への手続きだけを済ませている。
家庭の事情だったとしても、あまりにも性急すぎた。
もしかしたら、今までもこういった転校が多かったのかもしれない。
だけどいくら栞凪が思考を巡らせても、明確な答えに辿り着けなかった。
全ては、当人の口から聞くしかできない。
「せめてさ、三環さんくらいにはお別れしとけよな」
「そうだねぇ~」
「意外と淡白なヤツだったってわけか」
3人の中でも不平不満はあるのだろう。
それでも何か違う気がした。
「ここで幸羽の文句を言ってもしょうがないよ」
栞凪だって同じ気持ちを抱いている。
だからってこうしてコソコソと集まって、いない相手に対して愚痴りたいわけじゃない。
「それはそうだけど……」
「なんかぁ~私らより怒ってない?」
「それくらいってことなんだろうよ」
栞凪の内に秘めた静かな感情を目の当たりに、立花達を怯えさせた。
すると予鈴が鳴り響く。
「まぁ、この件に関しては誰かが連絡取れたらだな」
「そぉそぉ~せっかく色々と企画してたんだよぉ~」
「他のSNSとかでの反応を見てだね」
根が真面目なところもあって、悠長に話し込んで時間に遅れるようなことはしない。それに短い間だったとはいえ、クラスメイト思いである一面。
それを改めて認識させられ、栞凪は目を細める。
「なんか、ありがとね」
踵を返そうとする立花達は、不意の感謝を告げられて真顔になる。
そしてお互いに顔を見合わせて、視線だけで短めに会話を済ませた。
「普通じゃない?」
「そこまで冷たくないよぉ~」
「付き合いは多少あるからね」
たったそれだけなのかもしれないが、それを当たり前としている。
(……幸羽。いい友達を持ってたじゃん)
最初は陰で幸羽をバカにしていたかもしれないが、立花達の中で評価を変えるキッカケがあったのだろう。
それが今となって芽吹いている。
それに気づくことなくいなくなってしまった。
「この不満、今度絶対に直接ぶつけないとね」
小さく拳を握る栞凪に、3人は瞳を丸くさせた。
「三環さんって、結構根に持つタイプ?」
「ちょっと意外かもぉ~」
「これくらい普通じゃない?」
「ほ、褒められてるの?」
笑い合う立花達に、栞凪は戸惑うしかなかった。
それから栞凪達は急いで体育館へと移動し、退屈でしかない始業式に参加する。空調のない体育館に全校生徒が集まると蒸し風呂に等しく、いくら窓を全開にしても吹き込んでくる風は生温かい。
(ねえ、幸羽。今、どこで何をしてるの?)
そんな中、栞凪はポケットに忍ばせたスマホを気にしていた。
時期的にどこの学校も夏休み明けかもしれない。
そうなると、こうした始業式がある。
もしかしなくとも、あの春先のような自己紹介をしているのかもしれない。
休みが明けても学生の本分は学業だ。
「はい、そこまで。後ろから解答用紙回してください」
やりきったのか、またその逆か。
はたまたテストが終わった事への安堵かもしれない。
クラスメイト達の様々な溜息が零れる中、栞凪は解答用紙を前の席へと渡す。
(……手ごたえはあったかな)
静かに達成感を抱きながら、栞凪は教師が教室から出て行く姿を見送る。
(……既読は、なし、か)
鞄から次のテスト範囲のプリントを取りだすふりをして、スマホを起動させてトークアプリを開く。
一番上には幸羽の、人型のシルエットをしたアイコンが表示されている。
既読がつかないまま、1週間が経とうとしていた。
学校が変わったのもあって、休み明けのテストが行われるかは定かではない。あまり勉強をする機会がなかったとはいえ、積極的にしてこなかったから成績が悪かった。
だがそれは昔の事で、この学校で普通に過ごすには赤点をとることはない。
これが他校でも通じるのか心配で、勉強をしているのかと連絡していた。
(立花さん達の方は……)
チラリと視線を向けると、まるでタイミングを見計らったように目が合った。
何を語るわけでもなく、無言で首を左右に振られる。
ここ最近、そういったやり取りを繰り返していた。
ただどうも、お互いに音信不通が続いているようだ。
(……切り替えないと)
だからといって、このことばかりに気をとられていられない。
栞凪は鞄から次のテスト範囲のプリントを取りだし、軽く復習を済ませる。
日本の四季はどこへやら。
8月が過ぎたというのに暑さは変わるどころか、これからが本番と物語るように猛暑日が続いていた。
それでも学生には関係ない。
休み明けのテストが終われば、立て続けに学校行事が待っている。
それと並行して学業も疎かにできないのだから、軽い悲鳴があがってしまう。
(今日のHRで出場する競技を決めて、週末に抽選。えっと、その後は……)
その渦中にいる栞凪は、スケジュールの調整に追われている。クラス委員という立場上仕方ないのだが、あまりにも多忙すぎた。
(……?)
不意にスマホが通知を報せると、一瞬で思考が切り替わる。
(……なんだ、お店のクーポンか)
幸羽からの連絡は未だない。
既読すらつかず、音信不通の日々が続いていた。
だからといってめげるどころか、何気ない近況を度々送っている。
いつか幸羽からの連絡があった時、少しでも思い出を共有できるように。
「三環さ~ん」
「どうかしたの?」
クラスメイトに呼ばれて、一度スマホを鞄にしまった。
怒涛の学校行事だった体育祭と文化祭を2つ終えるも、衣替えにはまだ早いんじゃないかと思う季節。
それでも日中との寒暖差に、季節の変わり目を肌で感じつつあった。
「ねぇ、今回のテスト範囲広くない」
「それもだけどぉ~ここ最近勉強する暇もなかったっていうかぁ~」
「まだ余韻が抜けきってないよ」
「あはは」
放課後、栞凪は立花達に掴まっていた。
目的は中間テスト対策をするため。
(……まぁ、私も正直助かるかな)
窓際に机をくっつけて、教材を開いていた。
だけど気分が上の空というか、切り替えができずにだらけてしまう。
それは何も立花達だけに留まらず、クラスどころか学校全体がそういった空気感でいた。
それでも容赦なく現実を叩きつけてくる。
(……幸羽の事だからテスト勉強とかしてなさそう)
勉強をするフリをしながら、栞凪は窓辺から遠くを眺める。
幸羽と連絡が取れなくなってから、そろそろ3ヵ月くらいが経とうとしていた。学校行事で目まぐるしく、誰1人として幸羽の話題をしなくなっている。
だからでもないが、栞凪からも話題にすることはしていない。
(……そういえば、ここ最近いつも一緒にいる気がする)
いつからか、立花達と行動をすることが増えてきた。
キッカケはもちろん幸羽絡みだが、最初はクラスメイト達も戸惑っていたのを知っている。中には虐めの疑惑が浮上しつつも、今となっては4人でいるのが当たり前。
「そういえば三環さん、最近どう?」
遊佐からの漠然とした問いかけに、栞凪は目を丸くさせた。
ただそれでも、何について尋ねられたのかは察しが付く。
「特に変わりないかな」
「そうなんだぁ~」
「相変わらずか」
口ぶりからして3人も同様なのだろう。
(……幸羽、こんなにもいい友達が連絡待ってるよ)
他のクラスメイト達がどうかはわからないが、少なくとも栞凪を含めたここ四人は未だに諦めず連絡を取ろうとしていた。
季節が巡って、そろそろ厚手の上着が恋しくなりつつある。
「寒ッ」
玄関を開けて直ぐ、外からの冷たい空気に身震いしてしまう。
いくら防寒対策をしても限界はあり、栞凪は吐いた息が白くなる空を見あげる。
(今年は雪降るのかな)
朝の報道番組で全国の様子を知ることはできるが、ほぼ隣の芝生状態なのであまりピンとこない。
だけど毎日のように降られるのを想像すると、何かと大変そうだなと思う。
(……今日も連絡はなし、と)
今では当たり前となったスマホのチェック。
返信がないとわかりながらも1日たりとも欠かさず、気づけば季節は巡り、終業式の朝を迎えていた。
「行ってきます」
年の瀬というのもあって栞凪の両親達も仕事が忙しく、ここ最近は最後に家をでている。
誰もいないとわかりながらも言葉を残し、静かな家にただ虚しく吸い込まれていった。
明日から冬休みというのもあってか、学校全体は浮ついた空気が漂っている。何も終業式だからというわけでもないが、定期的に訪れる空気感。
「おはよう」
「おはよう」
「あ、おは~」
「うっす」
教室に入り、賑やかなクラスメイト達に挨拶を交わす。誰かに向けるはずでもなかった挨拶に変化があった。
たった1年とはいえ、学校の行事がクラスメイト達の関係性を変えたのかもしれない。
そんな中、1番変わったのは栞凪かもしれなかった。
クラス委員という立場もあって、クラスメイト達とのコミュニケーションをとり。体育祭に文化祭といった行事では連帯感をみせた。
中でも栞凪と立花、遊佐に逢田の四人組。
一時は怪しい噂が流れるも、今では杞憂でしかない。
鞄を机に置いて、栞凪は3人の傍に歩み寄る。
「なんかあっという間だったね」
「そうだねぇ~」
「冬休みとはいえ、基本寮にいるからな」
「……帰らないの?」
夏休みは3人それぞれ実家へと帰省していたらしいが、今回はそうでないらしい。
何となく話として聞いていた栞凪は、今回も帰省するものだと思っていた。
驚く栞凪をよそに、立花が続ける。
「ほとんど栞凪のお陰ではあるけど、さすがに来年から受験でしょ? そう考えると今回が最後かもしれないけどさ」
「そうだねぇ~」
「確かに、今回もギリギリだった教科があったね」
どうやら定期テストの結果を受け、それぞれ思うところがあったのだろう。
ただ実家から通っている栞凪にはわからない感情。
「3人とも、そんなにマズイ結果だった?」
テストの前後、栞凪達はお互いに勉強を教え合った。それもあってそれぞれの結果はおおむね把握している。
眉根を寄せる栞凪に、3人は顔を見合わせた。
「今回は栞凪に教えて貰ったからいいけど、来年も同じクラスになるとは限らないじゃん」
「そこねぇ~どうにかならないのかなぁ~」
「いや、自力で頑張る気概はみせないと」
「ふぇ~さーちゃんが厳しいよぉ~」
「なにバカやってるのよ」
わざとらしく泣く逢田に、立花が嘆息気に抱き寄せる。それに不満でもあるのか、遊佐が目じりをつり上げて抗議の姿勢をとった。
(そっか、この3人とも残り少ないんだ……)
毎年のようにクラスが変わるのは慣れていた。
それでも仲が良かったクラスメイトと離れることに、少しだけ寂しさを抱く。それも気づけば当たり前となっていて、改めて痛感させられる。
「イヤだな」
「……」
「……?」
「どしたの」
不意に零した栞凪の一言を、立花達は聞き逃さなかった。
だから慌てて繕ったところで意味をなさない。
「なんかさ、こうして仲良くなっても離れちゃうのがなっていうか……」
「あ~ね」
「ん~そういうものぉ?」
「ま、なんだかんだ寮でいつも顔合わせてるかなら」
この辺が実家組と、寮生との違いなのかもしれない。
「そ、そっか」
どこか肩透かしを合った栞凪は、気まずそうに顔を俯かせる。
「てか、栞凪って意外と寂しがり屋だったりする?」
「それはそれでぇ~可愛くない?」
「まあ確かに、あんまりそういった感情口にしないもんね」
「な、なんでそうなるのよッ!?」
急に声を荒げる栞凪に、雑談に花を咲かせていたクラスメイト達の視線が一瞬集まる。
だけどそれは度々あることで、どこか生温かい視線を帯びていた。
軽く咳払いをして、栞凪は立花達を睨む。
「ちょっとそう思っただけで、別にそんな大げさじゃないから」
「あ、寂しいのは認めるんだ」
「だいじょぉ~ぶ、クラスが変わっても勉強教えて貰いに来るから」
「2人とも、その辺にしときなよ」
付き合いもそこそこともなれば、立花達の中で栞凪の扱い方がわかってきたのかもしれない。
それが余計に不服で、栞凪はそっぽを向いてしまった。
なんだかんだ賑やかな時間を過ごし、退屈な終業式に参加する。それが終われば冬休みなのだが、栞凪はどこか上の空といった表情で帰路に就いていた。
その元凶となったのも、帰り際の栞凪を呼び止めた昴のせいかもしれない。
「……もう会えないのかな」
呼び止められた理由は、これまでずっと放置していた幸羽が使っていた机と椅子を片づけてほしいと頼まれたからだ。
いつかひょっこり戻ってくるかもしれないと、担任として残していたのかもしれない。
それともただ単純に忘れていたのか。
それは昴に直接訊けばいいのだが、どっちでもいい。
いつからか蓮永幸羽という存在は、教室内から忘れ去られていた。
遊佐に逢田、立花の3人だったら頭の片隅には覚えていそうだが、ここ最近話題にすら上がっていない。連絡が取れたかという確認もしなくなり、もしかしたらもう諦めている可能性だってある。
だから今もこうして連絡を待ち遠しくしているのは、栞凪だけなのかもしれない。
「……はぁ」
白い息を短く吐き、栞凪はスマホを取りだす。
一方的に送り続けている栞凪からの連絡に、返信どころか既読すら付かないでいる。いつまでもこんなことを続けていていいのかとも思うが、どうしてか止められない。
何となくという、栞凪の直感がそうさせていた。
「既読くらいつけなさいよ」
そんな愚痴を零してしまう程、今の栞凪は幸羽への不満を積もりに募らせていた。
ピコン。
そんな不満が破裂寸前なのを察したのか、幸羽とのトーク画面に動きがあった。
「……え?」
これまで送り続けてきた何気ない文章、写真や動画に既読マークが付く。
《怖ッ(怯えるスタンプ)》
幸羽は音信不通だったこれまでを、そんな一言で片づけてしまった。




