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第8話:少し早いプチ夏休み#6


(……なんか、色々あって疲れたな)


 ちょっとしたお祭りのような賑わいを終え、栞凪は充足感に満たされた気持ちでベッドの上で横になっていた。


 幸羽は就寝前の習慣をこなすためか、今は部屋にいない。


「……」


 敷かれた一式の布団を見下ろしながら、今日の事をぼんやりと振り返る。


 形上、三環家の買いだしに付き合わせた。


 その条件として幸羽の提案、デートに付き合うことに。どこかクラスメイトと遊びに行く感覚にも近かったが、関係値の距離が掴み切れなかった。


(冗談、じゃないっぽいよね)


 家具や雑貨の半々といった売り場で出逢った、SNSで話題となって気になっていたソレを体験している。


 その時の距離感と熱量に、幸羽からの本気度を目の当たりにした。


 それと抱いた、ふとした違和感。


「恋人か……」


 改めて、考えさせられる。


 学校で人気な異性にちょっとした好奇心を抱いたことはあるが、好意を向けたことも、みたことがない。


 それが異性でなく、同性ともなると話がまた変わってくる。


 どうやら栞凪の回りにもいるようだが、自身の立場に置き換えたことがなかった。


 だから経験のない未知の感覚に、明確な答えを導き出せない。


「……栞凪?」

「……あ、お帰り」

「うん、ただいま……」


 細く開いた扉の隙間から、部屋の中を覗き込んでいる幸羽の様子があった。いつもなら様子を窺うような素振りをとらないが、不思議そうな視線を栞凪へと向けている。


 それを不思議に思いながらも、栞凪はベッドで横になりながら目が合う。


「体調でも悪い?」

「そんなことはないけど、どうして?」

「ああ、うん。ちょっと様子が変だなって思って」


 昼間、あれだけ羽目を外すように遊び歩き。挙げ句には他所様の台所事情に付き合い、戦利品を多く獲得した功労者。


 学校生活での様子を知り、ここ数日間を共にしてきた。


(……こんな時でも真面目だな)


 いそいそと隠すように何かをしまう幸羽の後ろ姿に、栞凪は内心で感心してしまう。


 編入してきた春先の頃とは態度が変わり、寝る前の習慣を欠かさないくらい根は真面目。今日のように遊んだ日くらいは、とサボってしまう栞凪とは対照的だった。


 もし同じ環境であったら、栞凪が幸羽から勉強を教えて貰う立場だったかもしれない。


「……なに、急に笑いだして」

「え、ごめん。笑ってた……?」

「今もニヤついてる」

「えっ」


 そう指摘されるも、確認のしようがない。


 誤魔化すように寝返りを打つが、背後から近づいてくる気配を感じる。


「やっぱり体調悪いんじゃない?」

「そうじゃないと思うけど、なんか今日は色々あったなって思い返してた」

「なにそれ」


 ベッドを背凭れに寄りかかる幸羽の気配に、栞凪は胸の内に湧きあがる感情を口にしていく。


「なんていうか、クラスメイトと遊びに行くとかはよくあったけど1回とか、2回だったりで、それからグループみたいなのが気づいたら出来上がってて、そうなると必然的に残りの生活をそのグループで過ごして、3月になったらさようなら。っていうのが私の中で当たり前だったんだ」

「毎年クラス替えがあるのって大変だね」


 そう口では同調する幸羽だが、むしろ逆なのではと考えてしまう。


 親の仕事で転校を繰り返し、友達作りどころか、勉強もおざなりに振り回されてきた。そのことを知る栞凪だから、墓穴を掘ったなと後悔してしまう。


「……そうだね」


 覇気のない声音で返事をしつつ、続ける。


「それに学校自体も特殊でさ、中高一貫の進学学校。学校側が管理する寮まで完備してるから親元を離れても安心して通える。そうなってくると寮生と、そうじゃない生徒で自然とグループもできて、ちょっと羨ましくあるんだよね」


 毎年の学校行事も、中等部と高等部の合同で大々的に行われる。


 学年の垣根を超えた行事は精力的で活気があり、その前後は熱が冷めないお祭り気分に浮かれてしまう。


 それでも目の当たりにする、生徒同士の仲の良さ。


「だったら栞凪も寮で生活すればよかったんじゃない?」


 至極当然でもある幸羽の感想であり、そう考えなかった時期が栞凪にもなかったわけでもない。


「そうだけどさ、私が寮で他の生徒と上手くやってる想像ができなかったんだよね」


 だから、通っている。


 けどそれは、あくまで栞凪の考え。


「そうかなぁ~」


 こてんと小首を傾げた幸羽は、瞼を閉じて想像を膨らませる。


「栞凪ってさ、なんだかんだ面倒見がいいと思うんだよね。それと、周りが嫌がることもなんだかんだ引き受けてくれる」


 何を差して面倒見が良いのか、嫌がることをなのか。


 栞凪には容易に想像がついてしまう。


「その点を含めるとさ、後輩から勉強をみてほしいとか頼られたり、先輩と一緒になって学校行事の運営に携わったりさ、色々な人から声をかけてくれると思うだよね」

「どうだろうね」


 まるで確証を持ったような、そんなIFの未来を告げてくる。


「事実、アタシの勉強をみてくれてるしね」

「それは……そうね」

「でしょ?」


 幸羽の表情が見えずとも、どこか自慢げに胸を張られても困ってしまう。


(なし崩し的というか、私としては内申点のためだったんだけど……)


 キッカケはどうであれ、こうして今も関係が続いている。


 そのせいもあって仲が深まるどころか、周囲には奇異の目でみられつつあった。それを裏づけるように、訳ありでこうしている。


「幸羽みたいな後輩には手を焼きそうね」

「ちょっと、そこは同級生にしてよ!」

「え~同級生よりも後輩感の方が強いよぉ~」


 ケタケタとからかい気味に栞凪が笑うと、幸羽が身を乗りだしてくる。


「だったらせんぱぁ~い、アタシと姉妹になりません?」

「……え、姉妹? ……なに言ってるの?」


 素のトーンで疑問を返してしまう。


 そんな栞凪に、幸羽は乾いた笑みを浮かべる。


「ああ、ごめん。何というか、そういった先輩後輩の関係よりも、もうちょっと深い中の事というか……そういうお世話係的な?」

「……お世話係?」


 姉妹という定義は、世間一般では家族。年の差はどうであれ、こうして他愛もなく過ごす。大なり小なりの喧嘩を繰り返しながらも、なんだかんだ仲が良いままかもしれない。


「……手がかかりそうね」

「なによぉ!」

「そういうところよ」


 寝返りを打ち直し、幸羽と向かい合う。


「ほら、そうやってすぐ感情的になる」

「なってない!」

「なってる」

「なってないってばッ!」


 あまりの声の大きさに渋面を浮かべ、栞凪は幸羽の顔に手を伸ばす。


「お母さん達に怒られる。静かにして」

「ふぐぅ!」

「ほら、もう寝よ」


 どっちが姉で妹か。


(……まあ、どっちでもいいか)


 微睡みだす意識の中、栞凪はベッドの上を転がる。


「……ほら、おいで」

「へぇ?」


 1人で寝る分にはちょうどいい、だけど2人でとなると少し狭い。


 そんなベッドの上を手招くように叩くと、幸羽は露骨に表情を強張らせた。次第に頬も赤く染まっていき、終いには顔を俯かせてしまう。


「今日の栞凪、ちょっと変だよ」

「……イヤ?」

「イヤじゃないけど、調子が狂うというか。……ズルいよ」


 威勢の良さから急に塩らしく、感情の起伏が激しい。いつもだったら栞凪が驚かされ、困惑させられたりする。


 だけど今は、幸羽が転がされていた。


(なんか、ちょっと新鮮かも……)


 ベッドの縁にゴリゴリとおでこを押しつけ、呻き声を発している幸羽。

 その様子に、栞凪は重くなり始めた瞼を開きながら見つめた。


「栞凪が、良いって言ってくれるなら……」

「すぅすぅ」


 どこか覚悟を決めた様子で恐る恐る顔をあげた幸羽だったが、既に栞凪は夢の中。規則的な寝息をかき、まるで幼子の面持ちで眠りに就いていた。


「……おやすみ、栞凪」


 せっかく眠りに就いた栞凪を起こさないよう、幸羽はそっと頬に触れて微笑んだ。

 それから静かに立ちあがり、部屋の照明を暗くした。

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