第8話:少し早いプチ夏休み#4
夜になれば雨脚は弱まり、栞凪達が寝る頃にはどこか心地よさを感じられる音色に変わっていた。
「あの雨、何だったんだろうね」
「けど、懐かしかったかも。あんなに濡れて帰ったのって小学生以来」
「私はどうだったろう」
お互いの寝床で横になりながら、訪れるであろう睡魔を待つ。
「それにしてもお母さん、やけに幸羽に優しくない?」
あの後、栞凪は濡れた髪を乾かすこともなく廊下の掃除をさせられた。
「それは、そう思う」
それ自体は仕方のない事だが、幸羽との対応差が明確過ぎた。
お風呂からあがった幸羽の髪が少し濡れていることに過敏で、身体を内側から温めるために蜂蜜入りのホットミルクを作り。夕飯も夏バテ防止を兼ねた、たっぷりと生姜を効かせた豚の生姜焼き。
掃除をする栞凪を他所に、幸羽はただリビングで大人しくさせられていた。
過剰すぎるにも限度があっただろう。
「って、幸羽を責めてるわけじゃないけどね」
「……そうなの?」
寝返りを打つ幸羽の気配に、栞凪も向き合うように体勢を変える。
「むしろアレが普通。今が異常なくらいかな」
「アレが普通」
「そうそう、普通」
幸羽がどういった家庭環境で生活しようが、栞凪にとってはそれが日常でしかない。
声音からでも戸惑う幸羽に、栞凪は喉を鳴らす。
「あと、ちょっと楽しい」
「……楽しい?」
(私、なに言ってるんだろう)
喉もとを過ぎてしまった本音に、今度は栞凪が戸惑ってしまう。
「ねえ、栞凪。何が楽しいの?」
「し、知らないッ」
「なにそれ~」
揶揄ってくる幸羽から逃げるように壁と向き合う。
「ねぇねぇ、なにが楽しんだよぉ~」
「うるさい、早く寝なよ」
チョンチョンと背中を突いてくる幸羽の手を払おうとするも、腕を回して届かない。
むしろそれを狙ったかのように、手を掴まれる。
「捕まえた」
「ちょっと」
揶揄われたことに怒りはない。
だけど、何となく顔を見られたくなかった。
「居候の私ばっかり親切にされるのって申し訳ないし。栞凪が風邪ひかないように温めてあげようか?」
「はぁ!?」
言葉の意味を理解しつつも、まったくの経緯と意図がわからない。
暗闇に慣れつつある中、幸羽の顔を見据える。
(なんでそっちも照れてるのよッ)
顔を合わせづらそうにしながらも、幸羽はマットレスを枕に頭を横に乗せていた。
「ほ、ほら、人肌でってあるじゃん?」
「な、ないから」
むしろ真夏日が更新され続けされる。いくら空調を効かせても汗は隠し、密着するともなればさらに増すだろう。
「お風呂は良くて、寝るのはダメなの?」
「あれは、仕方なくだから」
「そうかもだけどさ」
引き下がろうとしない幸羽の掌は、徐々に熱を帯びていく。
(これは……)
だから余計に困惑させられ、微睡んでいた意識が覚醒していく。
「二人で寝るには狭いから」
「それはそうかも。……だけど、背中を向け合えばいけそうじゃない?」
掴まれたままの手をニギニギとして訴えてくる。
「いけなくは、ないだろうけど……」
「でしょ~?」
どこか媚びた声音に、栞凪は溜息を吐いた。
(これ、ムリっぽいな……)
観念した栞凪は、横になったまま幸羽と向き合う。
「寝返りで落ちても知らないからね」
「え、そこはこっちで寝ようよ」
「……」
あまりにも妥当な提案に、栞凪は言葉を失うのだった。
(自分の部屋の筈なんだけどな……)
それからは背中を合わせて横になったが、冴えてしまった意識のせいで中々寝つけない。それに鼓動もやけに早く感じながら、すぐ後ろにいる幸羽を盗みみる。
(……よくこの状況で寝れるな)
耳を澄ませば規則的な寝息が聞こえてくる。
変に意識させられている事に、ドッと気疲れしてしまう。
それがキッカケとなって、急激な睡魔に襲われる。それに身を任せるようにして、栞凪はゆっくりと瞼を閉じた。
「……朝」
どこからか聞こえてくるアラーム音に、栞凪は目を覚ます。
だからいつものように手を伸ばそうとして寝返りを打ち、目の前の状況に瞬きを繰り返した。
「すぅ~すぅ~」
夏の寝苦しさを感じられない幸羽の寝顔が正面にあった。
(ああ、そっか……昨日……)
冷静に寝る前の出来事を思い返しつつ、栞凪はゆっくりと上体を起こそうとした。
「ん~」
「……寝相」
だが気づけば、幸羽の両足を巻き込むように絡んでしまっていた。
幸羽を起こさないようにするには、一度体勢を戻さなければいけない。
もしくは慎重に足のしがらみを解くか。
「……」
「ん~」
いつまでも鳴り続けるアラーム音と、起きる気配のない幸羽に挟まれる。
「……起きろ」
「アダッ」
結果、幸羽の頭にチョップを落として叩き起こすのだった。
昨日から降っていた雨が嘘のようによく晴れた通学路。
「栞凪って意外と暴力的だよね」
「そんなことないと思うけど」
「そんなことありますぅ~」
グチグチと小言の多い幸羽を適当にあしらう。
連日のように言い争う栞凪達を、あび子はただ見守っていた。
「そもそも幸羽の寝相が悪いからでしょ」
「寝てるんだからしょうがないじゃん」
「だったら直せばいいじゃない」
「直せたら苦労しないよ」
幸羽の言い分は最もだが、栞凪も無茶な要望をしているだろう。
不満を身体で表現、肩をぶつけてくる幸羽に横目を向ける。
(……それにしても、今日も近いな)
歩くたびにお互いの肩や手が微かに触れ合う。
気にしないようにしても、意識させられる。
「……なにさ」
「……なにも」
栞凪からの視線に身構える幸羽。
だからといって栞凪が身構えることはしない。
いちいち構っていたら遅刻してしまう。
「ほら、遅れるよ」
「はいはい」
立ち止まる幸羽を置き去りにするも、振り返りがてら歩調を合わせるのだった。
学校に着けばいつも通り、栞凪達は終始行動を共にする。
それをクラスメイト達は温かく見守るのではなく、何気ない日常として過ごしていく。
それはどこか、ありふれた光景でもあった。




