第8話:少し早いプチ夏休み#3
ほぼ周囲に栞凪と幸羽の関係が認知されたことで、こそこそとする必要性が無くなった。
だからといって、すぐに疑念が消える事はない。
「栞凪、朝だよ~」
「ん~」
微睡む意識を覚醒させるために肩を揺さぶられるも、逃れるように寝返りを打つ。
「お~い、遅刻するぞぉ~」
だけど幸羽はめげずに起こそうとするが、栞凪は目を覚まそうとしない。
「たく……」
時刻は朝の七時を過ぎていた。
スマホのアラームも何度か鳴っているが、無意識に止めている。
ただ今日に限っては寝つきが良いのか、悪いのか。頑なに起きようとしない栞凪に、痺れを切らしたあび子が幸羽にお願いしてきた。
試しに自分のスマホでアラームをわざと鳴らしたが、気持ちよさそうに寝息を立てる。次に試したのは、気を遣って閉ざしていたカーテンを開ける事だった。さすがに朝から元気いっぱいな夏の陽射しを浴びれば起きるかと思いきや、残念なことに曇り空。
最終手段として肩を揺さぶってみたのだが、効果はなさそうだった。
「別に夜更かししてたわけではなさそうだったけど、体調が悪いとかは……」
他人の寝顔を覗き込む趣味はないが、ここまで起きないと気になってしまう。
「ん~顔色は良さそうかな」
額の汗で前髪を湿らせながらも、規則的な寝息を立てている。
「……これは栞凪のためでもあるからね」
そう言い聞かせるように、幸羽は無防備な栞凪の顔に近づく。
「か・ん・な。起きないとキスしちゃうぞ」
ゼロ距離に等しい栞凪の耳もとに、幸羽は猫なで声を作ってゆっくりと囁いた。
「ッ!?」
「いだぁ!」
すると弾かれたように上体を起こした栞凪だったが、幸羽との物理的な接触に倒れ込む。
「イッ~タァ~アァ~」
「ふぅ~ふぅ~ふぅ~」
いくらホコリが舞おうが、両脚をバタつかせて痛みに悶える栞凪。
せっかく起こしに来た挙句、負傷させられて蹲る幸羽。
「ちょっと栞凪、いつまで……どうかしたの?」
お願いした幸羽も降りてこないことに、あび子が乗り込んできたが状況に目を丸くさせるのだった。
「もぉ、ちょっとは考えた起こし方しなさいよ!」
「なにそれ、人がわざわざ起こしてあげたのに!」
痛みが引かないまま、栞凪達はケンカ腰で朝食を摂っていた。
「アンタ、せっかく幸羽ちゃんが起こしてくれたっていうのに、何よその言い方」
「だからって……」
二対一の構図になってしまったが、だからといって言えない。
(他人の寝込みにキスしようとか、私達はそういう関係じゃないってば!)
未だに脳内でリピートされる、幸羽の目覚ましボイス。
言葉にしようのない戸惑いと怒り、羞恥にちょっとした好奇。栞凪の中でグルグルとした感情が渦巻き続ける。
「ご馳走さま。先行くから」
「好きにすれば」
荒々しく立ちあがる栞凪に、幸羽は険のある態度を崩さなかった。
ただそんな宣言は虚しく――、
「行ってきます」
「……行ってきます」
「今日から天気崩れるらしいから傘持つのよ」
既に登校準備を済ませていた幸羽と、食べ終わってからの栞凪では時間の使い方が変わってくる。
あび子に見送られる栞凪だったが、返事もせずに家をでる。
遅れて幸羽も家をでて、学校へと向かう。
「ついてこないで」
「方向が同じなんだけど」
並んで歩くことはなかったが、つかず離れずの感覚を保ちながら登校していく。
「おはよう」
そのまま学校に着いて、いつものように教室の入り口前でクラスメイト達に挨拶をする。
「おっはよ~」
それから少し遅れて幸羽も間延びした挨拶が続いた。
「「「「「……………」」」」」
ほんの一瞬ではあるものの、クラスメイト達は黙り込んだ。
だけどそれも、夏休みを目前とした浮足立つ空気に紛れてしまう。
「ねぇ~夏休みの課題終わる気しないんだけど~」
「……そうだね」
「ちなみになんだけど、提出しなかったりするとどうなるの?」
「さあ? あんまり聞かないかな」
「うへぇ~」
いつものように鞄を自席に置いた幸羽は、栞凪のところに向かって行く。
そんな2人の様子を、教室の隅で1組のグループがジッと見据えていた。
(なんなの、ホント朝から)
お昼休みになっても、栞凪は気持ちの整理がつけられずにいた。
それなのに幸羽はいつも通りで、それが余計に拍車をかけていく。
「ねえ委員長、ちょっといい?」
「え?」
限られているお昼休み、生徒達にとっては貴重だ。学食や購買へと駆けていく生徒もいれば、別のクラスにいる友人と過ごす。中には授業でわからない所を聞きに行く生徒もいる。
栞凪にとっても授業の事を忘れてのんびりと過ごせる時間だった。
それも今日に限っては違ったようだ。
幸羽の席から近く、転入してきた当初に所属していたグループ。陰で勉強をできないことを馬鹿にしていたが、今は定かではない。栞凪との関係が明らかになると交流は減ったものの、挨拶や雑談くらいはしていた。
だから栞凪も関わりがあるわけではない。
「話があるんだけど、場所変えよっか」
「……わかった」
3人に囲まれている状況に、栞凪は逃げだす勇気はなかった。
だから大人しくついていくしかなく、クラスメイト達からどこか不安げな視線を向けられる。
(……幸羽は)
都合がいいと思いながらも幸羽の席がある方に視線を向けるも、どこにも姿がみられなかった。
「幸羽にはちょっと席外してもらってるよ」
「そうなんだ」
視線の動きで察しられてしまうも、何食わぬ顔で教室をでた。
(これ、面倒ごとにならなきゃいいけど)
先を歩くメンバー1人の後ろを、栞凪は内心で身構えながらついていく。
それから連れて行かれたのは、同じフロアにある女子トイレだった。栞凪も普段から利用し、休み時間は人の出入りが増える。
特にお昼休みはともなれば、人目を阻む場所としては適さない。
「それで遊佐さん、逢田さん、立花さん。こんなところで何の話?」
正面に同性ながら背も高く、柔らかな身体つきと雰囲気の女生徒。白金色の長い髪の毛先にウェーブをかけた腕を組み遊佐。
真横にはどこかスポーティーな少年っぽい、黒髪のショートヘアーの女生徒。よく見るとインナーを紫紺色に染めて、スマホを片手に操作している逢田。
トイレの出入り口を塞ぐ、ちょっと小柄な女生徒。ワインレッド髪色を編み込み、後ろで小さなポニーテールを揺らす立花。
クラス内でも一目引く、校則を無視したグループ。
(逃げるどころか、助けてもらえなさそう)
どこか険のある雰囲気を醸しだす彼女達に、栞凪はクラスメイトとして接する。
「単刀直入に訊くけどぉ~、幸羽とケンカでもした?」
「そんなことないけど?」
確信をついてくる逢田に、栞凪は動じない。
少なくとも、幸羽がいつも通りの体裁をとろうとしていた。栞凪もクラスメイト達に気取られないようにしたが、無理だったようだ。
「いいよ、誤魔化さなくて」
「うんうん、一目瞭然」
遊佐に続いて立花も、誤魔化し切ることができなかったようだ。
(さてと、どうしたものか)
自然と目もとを細めてしまう。
ここで素直に告げたところで、彼女達の呼びだした目論見がわからない。
かといって下手に誤魔化し続けても、何かが変わりそうな気配もないままだ。ただ時間だけを浪費し、彼女達の琴線に触れてしまったら手に負えない。
(だってあれは、全部幸羽が悪いんだから)
この状況に苛立ちを覚えながらも、栞凪は思考を巡らせる。
「特に付き合ってすぐの同棲? って大変じゃない」
だが、一気に苛立ちが引いていく。
「へ?」
まるで栞凪の状況を自分に置き換え想像したのか、遊佐は悩まし気な溜息を吐いた。
「それもだけどぉ~ご両親も知ってるのぉ~?」
「……なにを?」
最近になってやたら距離感のおかしい幸羽と同様、真横から顔を覗き込む逢田。明らかに好奇心を宿した瞳をしている。
「2人とも、それを知りたくて呼びだしたんじゃないでしょ」
「え~だってだって」
「気にならないのかよ、ちー」
愛称で呼ばれる立花は、2人の態度に嘆息した。
「すまないね、委員長さん。こんなしょうもないことで呼びだしてしまって」
「えっと、それは良いんだけど」
見た目に反した礼儀の正しい態度に、栞凪は瞬きを繰り返す。
(……なにがどうなってるの?)
状況を理解したかったが、話しだけが進もうとしていた。
「2人とも。…‥いや、私も含めてちょっと心配でさ。もしよかったら相談事くらいには乗ってあげられないかって話になったんだよ」
「そうそう、だけど幸羽がいると話しづらいかなぁ~って」
「かといってぇ~ウチ等部外者が口を挟むのもねぇ~」
(この状況が既に手遅れでは?)
「先に心配だっていったのはだーだろ」
「違うし~さーちゃんだし~」
「えッ、私?」
急に女子花トークでもする空気感に、呼びだされた栞凪はただただ見守った。
やいのやいのと彼女達の声が反響している。
「っと、話しが脱線したね」
「……あ、いえ」
切り替えるように手を叩いた立花に、栞凪は素っ気ない態度を向ける。
「私達から言えるのは、ケンカの内容はどうであれあまり長引かせない方が良いってことなんだ」
「それが長~く付き合っていく秘訣だよぉ~」
「そうそう」
「はぁ」
彼女達なりのアドバイスなのだろうが、前提として間違っていた。
「あの~もしかして本気で――」
「栞凪!」
「こ、幸羽?」
せめてもと関係の訂正しておこうとした栞凪だったが、入り口の扉を蹴破る勢いで幸羽が乱入してきた。
「……こんなところに呼びだして、変なことしてないよね」
栞凪を庇うように、幸羽は彼女達へと視線を向ける。急いできたのか呼吸が乱れ、雰囲気もどこか刺々しい。
「「「……」」」
対して遊佐、逢田、立花は互いの顔を見合わせる。
「ねぇ~やっぱ気のせいだったんじゃない?」
「ちー?」
「気を遣い過ぎたのかな」
既に結論がでた物言いに、栞凪も一つ得られるモノがあった。
(あ、これ、本気で付き合ってるって思われてるよ)
否定するタイミングを失ってしまい、庇おうとしてくれている幸羽を見据えた。
「幸羽、今朝のことはごめん。ちょっと驚いたというか、次からは普通に起こしてね」
面と向かっては言いだしづらくも、今は構図的に良かった。
まるで独り言のトーンで喋ったところで、届けたい相手は限られている。
「……え?」
振り返ろうとする幸羽の視覚から、逃れるように顔を背けた。
「「「ひゅ~」」」
揶揄いの意味を含めた彼女達からの口笛に、栞凪はバツが割るように視線だけを向ける。
「これでい?」
「私達はなにも?」
そんな白々しい態度に、幸羽を除いて四人は笑い合うしかなかった。
「なに? なにが起きてるの?」
いきなり笑いだす四人を、幸羽はどこか奇妙なモノを見る視線を向け続けた。
「さて、丸く収まったようだし、お昼ご飯を食べないとね」
そういって音頭をとった立花。倣うように遊佐と逢田も女子トイレから出て行こうとする。
「ねえ3人とも、1つだけ聞いていい?」
そんな彼女達を、栞凪は気づいたら呼び止めていた。
不思議そうな視線が一気に集まる。
「……どうしてそんなに心配してくれたの?」
栞凪としては勘違いされたままだが、ただただ気になってしまった。
「私としてはぁ~友達のため?」
「それも近いけど、ん~」
「こらこら、考えてから発言しなさい」
首を傾げる遊佐に、立花は呆れたように笑う。
そして、力強い意思の宿った瞳で栞凪を見据える。
「大事だからから、かな」
左右を遊佐と逢田に挟まれる立花は、交互に顔を見つめた。
「……大事だから」
残された栞凪達だったが、しばらくその場から動かなかった。
お昼を楽しむ生徒達の喧騒がどこかとおくもあり、近くにも聞こえてくる。
「……ねえ、栞凪。……大丈夫?」
黙り込む栞凪を、どこか気を遣ったような口ぶりの幸羽。チラリと肩越しに視線を向けてきたが、すぐに背けてしまう。
余所余所しさを残す幸羽に、栞凪は後ろから手を回す。
「良いクラスメイト達だね」
「……そう、だよ」
急な出来事に幸羽は振り返ろうとしても動けない。肩口に顔を埋める栞凪の息遣いを擽ったそうにしながら、出入り口の方に視線を向けた。
(私の勝手な想像だけど、もしかしてあの三人ってそうなのかな? それこそ私が抱えてる問題なんて、ちっぽけなんだろうな……)
朝からグルグルと巡っていた複雑な感情が、スッと溶け込むような感覚があった。
だけどそれを、確かな型にはめてしまっていいのか。
「……とりあえず、ここからでない?」
「うん、お腹空いたね」
いつまでもそうしていたら、偶然居合わせた生徒と気まずくなってしまう。
お昼がまだな栞凪達は教室へと戻り、今日も手の込んだ感謝してお弁当を食べた。
授業が終わると、校内の喧騒は賑わいを増していく。
そんな中、栞凪達は下駄箱で立ち尽くしていた。
「うわ、降ってきそうだ」
朝から曇っていた空模様は、放課後になると一層どんよりとしている。
「降ってくる前に帰らないと」
お昼休みの一件後から、栞凪と幸羽の間で蟠っていた空気が解消された。
それどころか良い方向に進んで行くような気配を、クラスメイト達はどこか安心した様子で見守ることに。
その一体感に、栞凪はこれまで以上に過ごしづらかった。
なによりも、抱えていた1つの疑念に光明が差し込んだ。
「……」
「……?」
「ッ!?」
チラリと隣に視線を向けると、幸羽と目が合う。
慌てて逸らしたところで、不自然でしかない。
「折り畳み傘ならあるけど小っちゃいし、一本だけしかないからね」
「……そ、そうだよね」
笑って誤魔化しながら、栞凪はひっそりと胸を撫でおろす。
(……ダメだ、変に意識しちゃってる)
意識を振り払うように頭を左右に振り、覚悟を決めた目つきで曇り空を見あげる。
「急ごう」
「駅までダッシュだ!」
「……元気だね」
スターティングポーズをとる幸羽の無邪気さを陸上部員がみたら、やる気があると認識して挙って勧誘をしてくるだろう。
ただ残念なことに、今は雨が降ってくる前に帰りたいだけ。
カラッと晴れた日とは違った、湿度が増した蒸すような暑さ。張りつくシャツを不快に感じながら、栞凪達は帰路を急ぐ。
だけど栞凪達の希望は叶わず、電車に乗った時点で降り始めてしまった。
ポツリポツリとした雨脚だったが、遠くの空が時折光る。
最終的には――、
「最悪なんだけどォ!!」
「え~! なにぃ!?」
傘の存在が意味をなさないゲリラ豪雨。頭上を覆う雨雲が光ると、10数秒の遅れでお腹の奥まで響く音が鳴る。
自宅最寄り駅からせめてもと鞄を傘代わりにして走った。
それも意味がないほどに一瞬でずぶ濡れになれば、やけくそにもなれてしまう。雨音に声がかき消され、視界を確保するために顔を流れる雨を拭っても切りがない。
(……身体、重ッ)
いつもの通学路にも関わらず、制服が水を吸って錘となる。
走るだけでも体力を使うが、雨に濡れて体温も奪われていく。
「か、栞凪! 後ちょっとッ!」
「む、むり……」
辛うじて隣から聞こえた幸羽からの声援に、栞凪は小刻みに首を左右に振る。
それでも立ち止まっていられない。
「か、カギ……」
やっとの思いで家に着くも、寒さで指先が震えて取りださない。
「かんなぁ~」
「ちょっと待って」
二の腕を摩って飛び跳ねる幸羽に、栞凪は精いっぱい声を振り絞った。
カチャッという音を確認し、お互いに玄関へと転がり込む。
「「さ、さむぅ~」」
そのままの勢いで抱き合うも、冷え切った身体では温め合えない。
「とととと、とりあえずお風呂」
「そそそそ、そうだねお風呂」
廊下を水浸しにしないように靴下を脱ぐも、制服から滴り落ちてくる。
だから掃除を後回しに、脱衣所へと駆け込んだ。
「わ、私はいいから、さ、先はいりなよ……」
「な、なに言ってるよ。か、風邪ひくでしょ……」
「だ、大丈夫だから、た、たぶん……」
「た、たぶんって……」
唇を真っ青にしながら強がる幸羽に、栞凪は呆れるしかなかった。
「き、気を遣わない!」
「ッ!?」
給湯器のスイッチをめいっぱい押し、栞凪は語気を強めた。
「……」
「……」
2人で着替えるには狭い脱衣所。どちらともなく背中を向け合い、冷え切った身体をどうにか動かしながら制服を脱いでいく。微かに動くたび肘や肩、体勢を崩して背中や臀部がぶつかってしまう。
いくら全身が冷え切っていても感覚だけはあった。
その度に息遣いで驚き合うも、視線は向けない。
「さ、先行くね」
「う、うん」
栞凪は逃げるように、脱衣所からお風呂場へと移動した。
(……さっき、勢いで抱き着いちゃった)
浴槽にお湯が溜まっていくのを眺めながら、指先から熱が戻ってくるのを感じる。
いつもは幸羽の方から度を超えたスキンシップばかり。栞凪からというのは、ほんの数秒ではあったが、ついさっきの玄関先が初めてだった。
とはいえ、覚えているのは冷たかった事だけ。
それは幸羽も同じ感想だろう。
「は、入るよ」
「う、うん」
くぐもった幸羽の声に、栞凪は肩を飛びあがらせる。
カチッと扉が開くと、背中を向けたままの幸羽が入室してきた。栞凪も直視するつもりはなかったが、シュールな姿に笑ってしまう。
「なによ、昨日は女の子同士とか言ってたくせに」
「そ、それは、そうだけど……やっぱ恥ずかしいっていうか」
「……ま、まあ、そうね」
思うところは同じだったようで、栞凪は肩の力を抜く。
「ほら、そんな隅にいるとシャワーが届かないでしょ」
「……なんか、急に余裕でてない」
近くへと招こうとする栞凪に、幸羽はどこか不服そうに振り返るのだった。
「……今日は災難続きだったな」
「……そうかも」
幸羽の要望もあって、お互いに背中を流し合うことに。
そんなことをしていれば浴槽にお湯が溜まるも、栞凪達は背中を向けて肩まで浸かっていた。
反響する栞凪の声に、幸羽は天井を見あげる。
「朝からケンカして、お昼には仲直りで良かったんだよね? そして帰りにはびしょ濡れ」
「ホント、ごめん」
「……いいよ」
喉を鳴らして笑う幸羽に、栞凪は僅かに凭れかかる。
「……ねえ、栞凪。本当にあの3人から何もされてない?」
あの時も幸羽から質問をされた。
それに答えらえていない栞凪だが、それは今も変わらない。
もしもそうなった場合は、明らかに今の関係値が変わっているだろう。
「強いて言うなら、ケンカをした原因を聞かれたかな」
実際にはそうなのだが、こればかりは仕方なかった。
「それだけならいいけど……」
どこか不満げな雰囲気を醸しだす幸羽に、栞凪はひっそりと笑った。
「ちょっと栞凪! 濡れて帰ってきたなら掃除くらいしなさいッ!」
雷の音にも負けないあび子の声に、栞凪は勢いよく立ちあがる。
「もう帰ってきた」
「て、手伝うよ」
波打つ湯船に足をとられそうになる幸羽の肩を支えるようにして留める。
「まだ温まってないでしょ、風邪ひくと大変だよ」
「そうだけど……」
「今行く!」
物言いたげな幸羽を残して、栞凪はお風呂場をでた。
「……なにが気を遣うな、だよ」
2人では少し狭かった浴槽内、幸羽は抱えた両膝を見下ろした。




