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閑話休題:秘密のダイアリー


 夕飯を摂り終えて、お風呂に入ったら、後は寝るだけ。


 だけどまだ寝る時間じゃないのか、ベッドで横になる栞凪は上体を起こした。


「幸羽?」


 何やら辞書のようなモノを抱えて部屋を出ようとする幸羽に声をかけた。


「ッ! な、なに?」

「あ~ごめん。こんな時間に勉強?」


 寝る直前ではないとはいえ、脳を活性化させる行為は睡眠の質を下げてしまう。何よりもテストも終わり、控えるのは夏休み。根を詰める必要性を、今の幸羽には感じられないのだ。


「ま、まぁ、そんなところ」

「……だったらみてあげようか?」

「い、いいか! これはその、私なりの勉強法だから」


 そういって幸羽は慌てて部屋を出て行ってしまった。


「……変なの」


 ただ、幸羽なりの勉強法は気になるところ。


「って、問い詰めたところで教えてくれなさそう……」


 栞凪なりに聞きだしたところでのらりくらり、もしくは明確な拒絶をされる可能性しか想像できなかった。


「ま、いっか」


 少なくとも今は気にすることではない。


 いつかは知れるであろう。


 同じ屋根の下とはいえ広くなく、さらに寝起きする場所となると狭い。ひょんなキッカケから知れるかもしれないだろう。


 だから深追いはせず、栞凪はベッドの倒れるのだった。



(危なかった。危なかったッ。危なかったッ!)


 栞凪の部屋を出て、しばらく扉の前から動けなかった。


 ここで追いかけてきて扉を開けられでもしようものなら、明らかに不自然に思うだろう。


 だけどその気配はなく、今はバクバクとうるさい心臓の鼓動を落ち着かせることに集中できた。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐きだす。


 それを何度か繰り返すと、ようやく落ち着けた。


 だからといって、いつまでも扉の前で佇んでいられない。知りうる限り机がありそうな場所は限られたが、栞凪に秘密がバレるよりはましだ。


 何よりもここに泊めてもらうため、蓮永家の現状を打ち明けている。


 それを知ってもらった上で、ご厚意に甘えさせてもらっているのだから。


 他人の家とはいえ、夜にもなれば静かでしかない。リビングの方から微かにテレビの音が聞こえ、どちらかが起きているのは確認できた。


(……今さらか)


 足音を忍ばせるように、幸羽はリビングへと向かった。


「あら幸羽ちゃん。どうかした?」

「……いえ」


 リビングの扉を開けると、顔面真っ白な栞凪の母親――あび子がリビングのテレビを陣取っていた。


 お風呂上がりのようで頭にはタオルを巻き、ドラマを観ていたようだ。


「そんなところでどうしたの? ……これから勉強?」

「えっと、その……」


 どう反応していいものか、幸羽は視線を左右に彷徨わせる。

 そんな様子にあび子は不思議そうにするが、察したように声をあげて笑う。


「ごめんごめん、驚いたわよね。やっぱり年には敵わないっていうか、幸羽ちゃんも今から美容のために始めても遅くないわよ」

「そ、そうなんですか」


 自身がパックをしていることに、鏡と対面しながら幸羽にも注意を促す。


 幸羽も興味がないわけではないが、とことん追求していくとお小遣いでは限度がある。ただ交渉すれば増やしてもらえる可能性がないわけでもない。


「少しの間、ここ使わせてもらってもいいですか?」

「そんなに気を遣わないで、我が家だと思って好きにして」

「……ありがとうございます」


 あっけらかんと笑うあび子の姿に、幸羽は抱えていた一冊の本と一緒に拳を握る。


「栞凪も幸羽ちゃんを見習って、もうちょっと頑張ってほしいんだけどね」

「そんな、私の方がいつも教えて貰ってばかりです」

「そうなの?」


 我が子を疑うあび子に、幸羽は思考を巡らせる。


「って、ごめんなさい邪魔しちゃって。あ、テレビの音うるさくない?」

「あ、はい。……大丈夫です」


 だがそれも虚しく、あび子は席を立って台所へと向かって行く。


「……珍しいわね、今どき手書きなんて」

「そうですか?」


 幸羽が抱えていたそれを見て、あび子は感心したように声を漏らした。


「私も若い頃にやったけど、三日も続かなかったな~」


 懐かしむあび子に、栞凪は真新しいそれの表面に触れる。


「私もです。一冊書き切る前に転校してきたので、無駄に冊数だけが増えてます」

「……そう」


 キッカケは些細な思い付きだった。


 両親の転勤に付き合い、色々な学校を転々としている。


 その度に同い年の人と仲良くなるも、今日まで関係が続いたことがない。別れ際に連絡するねと言われるが、返信が途絶えてしまう。


 それが寂しく感じて、忘れないように日記を書く習慣が身についた。


 それもあっていつ、どこにいたかは思いだせるようになっている。だけど日記にでてくる誰かの名前をみかけるたび、顔を思いだすことができない。


 それくらい、幸羽は出逢いと別れの青春を過ごしている。


 それは今も変わらず、だけど我慢の限界に初めて家出した。


「これにはここに越してきた時から書いてます。……栞凪には読ませられませんけど」

「そうよね、日記って読み返すとたまに恥ずかしいことを書いてたりするわよね」


 似た経験があるのか、あび子が笑いかけてくる。それと一緒に麦茶が注がれたグラスを置かれ、幸羽は軽く一礼をした。


 それから応援されるように手を振られ、あび子はドラマを観始める。


(……いい家族だな)


 決して蓮永家が悪いわけではない。


 そうと頭では理解していても、幸羽は自分の主張を曲げる気はなかった。


 そうしたくないほどに、今の環境を手放したくない。


(……っと、あんまり長居してると怪しまれそう)


 水滴がグラスの表面を伝っていくのを目に、幸羽はいつしか習慣化となった日記を書き始める。


 明確な時間と分量は決めていない。


 ただ徒然なるままにその日あった出来事を書き連ね、気が済んだところで止めにする。


 姿勢が悪くなっていたのか幸羽は背筋を伸ばし、まだ寝る気配のないあび子に挨拶をして栞凪の部屋へと戻った。


「おかえり~」

「……ただいま」


 何やら気になるような視線を向けてきたが無視して、幸羽は荷物の奥底に日記をしまう。


 それからは何食わぬ顔で布団に転がり、栞凪と取り留めのない話題に花を咲かす。


「寝るよ~」

「はぁ~い」


 部屋主に電気を消してもらいながら、幸羽は大きな欠伸を漏らす。


 そんな幸羽に、栞凪は苦笑いを浮かべる。


「おやすみ」

「おやすみ~」


 電気が消えると同時に、睡魔が襲ってくる。


(……今日は、いい夢でも見られそうだな)


 微睡む意識の中、幸羽はそんな漠然とした予感に身を任せるのだった。

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