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一縷の望みをこそ貴方に  作者: みけたろー
一章:感謝と慈しみを貴方に。

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助けて

「……ごめん」


風が森の葉を揺らしている。だが、そんなことは意識の端にもかけず、ただティールだけを、レンは見ていた。


小さく呟いた声。


それと同時に動いた腕の先に――短剣が、在る。


明らかな裏切り行為だ。仲間だと思っていた人間が、突然自分に牙をむく。想定外の出来事に出くわせば、どんな人間だろうと多少の動揺を見せるはず。


ティールはそこを突こうとしていた。


だが。


「――本心かよ」


一言。その一言だけを、レンはティールに向けたのだ。


ナイフの先がブレ、ピタリと止まる。


――目を見開いたのはティールの方だ。

その宝石のような青い目を揺らし、隠しきれない迷いがそこかしこから漏れ出ている。

震える手、震える声、震える瞳。


――止まるナイフに、一歩近づく。

驚きも動揺も、絶望や怒りも、何も。避けるつもりすら、無い。


――ただ、ティールの目を、見ていた。


刺す気があるならそれでいい。

本心ならば、それで、良い。


だが、そうでないなら――


「――でき、ない。……やっぱり、できないよ」


――そうでないなら、話を、聞きたい。


君の話を、聞き届けたい。


「――」


土の上に鈍い音を立てて、ナイフが落ちる。

ティールの手の震えは止まらず、しかし、何かを決意したように震える声で話し始めた。


「騙して、たんだ。……魔装具を使って君達に、取り入った」


言いながら体を包むボロ布をめくり、中に持っているある物をティールは見せてきた。


――それは、丸いガラスの中に宝石が収まっているような、そんな代物。高価なものであることしかレンはわからないが、今はそんな当たり前な所に口出しをするべき状況ではないと、よくよく理解して口を閉ざす。


――ティールが、言葉を続ける。


「……これは、『良き隣人を(ヴェージニル)』っていう魔装具で。これを持ってると……ボクに対する不信感は親近感に変換されるんだ」


手に持つ宝石のあるガラス玉――『良き隣人を(ヴェージニル)』に、ピシと、ヒビが入る。


抑えていた感情の発露か、ティールの手には、無意識に力がこもっていた。


――震える声で、ティールは続ける。


「ダンジョンのときより……あんなときよりずっと前から、ボクはあの人の『モノ』なんだ」


――ティールの脳裏に浮かぶ、買われたときのあの光景。

嗤いながら家族を焼き、金になるからと子供のティールだけを持っていった、あの日。

瞼に焼き付いて離れない、いつだって忘れられない、地獄の始まりの日。


抵抗する気力も逃げる気力も、ましてやそれを考えることだって。――いつしか疲れて諦めて。


ただ、死なないために命令だけをこなして。


そのうちの一つの命令が、ダンジョンでのあの出来事だ。


「ああやって、異形を押し付けて、何度も、何度も……っ、人を殺した……!」


口から止めどなく漏れ出る罪の告白は同時に、救いをも求める声音でもある。


悔しさか、罪悪感か。

――隠しきれない感情が、涙となってティールの眦を伝う。


「ボクは、裏切り者なんだ……今持ってる親近感も……この魔装具のせい。これを捨てれば君は……」


流す涙を拭おうともせず、ティールは手にある魔装具を振りかぶり――地面にぶつけて、割り壊す。


「君は……ボクのことを敵だと思える」


――敵だと認めて。


――裏切り者だと罵って。


――そうして、自分を、罰して、殺して。


そんな思いを抱きながら、ティールは散らばった魔装具の欠片達から、目の前にいる少年を見ようと顔を上げる。


きっと、憎んでいる。


きっと、怒っている。


きっと、恨んでいる。


きっと、きっと、きっと――ボクを、殺してくれる。


救いを求めるように顔を上げて、無抵抗に体を差し出して――


「――知ってたよ」


「……ぇ」


聞こえてきた言葉に、ティールは目を見開いた。


聞き間違いだろうか。

今、目の前の少年は知っていたと、ティールの裏切りの告白にそう返したように聞こえた。


それに、ティールに現実を信じさせない要素はもう一つある。


――魔装具を壊したのに、少年の目には不信感など微塵も無い。まさか、魔装具の効果ではなく本当に、唐突な現れ方をしたティールを信用していたとでもいうのか。


――あり得ない。


だがいくら否定を重ねても、目の前の少年の感情に変わりはない。

変わらず、こちらを信頼している目。


理解の追いつかないティールに、レンは言葉を続ける。


「あぁいや、知ってたっていうか……何か隠してんじゃねぇかってのは、まぁ」


紡がれる言葉は、やはりティールを信頼している態度の証拠にならない内容。

それどころか、だからお前を疑っていたに繋がるのが当たり前の内容で。


「じゃあなんで信頼なんか……!? 気づいてたのなら、なんでボクのことを信じてた!? 疑ってたなら、なんでボクを信用した!? おかしい……おかしいよ……!」


困惑が、ティールに声を荒げさせる。

意味がわからない。


疑惑が、疑念が、疑いがあったのなら、何故ティールを信じた。


「気づいてたんなら……最初から、捕まえて、問いただして……責めてくれれば、それで……」


――それで、アーガルズの情報を搾り取るでもして、有用に使えば良かったのに。


感情をそのまま強くぶつけるティールの言葉を、レンは静かに受け止め続けている。


対等に、まるで仲間のように、そんな顔をして。


そんな、詰め寄るようなティールの声に、レンは真っ直ぐ、射抜くようにこちらを見て、


「それでも――俺はお前を信じるって決めたんだ」


と、そう言い切ったのだ。


「だから……お前は、言っていいんだよ。――助けてって」


「――っ」


言葉に詰まる。だって、説明になっていない。


何故と問いかけたのに、その問いかけに答える言葉じゃない。


そんなの、おかしい。


顔を歪ませて、ティールはレンを否定しようとする。


おかしい、間違っている。今レンがするべきは、ティールを捕まえて洗いざらい吐かせることだと、自ら言おうとして。


――けれど、ティールの喉はか細く鳴るばかりで。


なによりおかしいのは、


「会話でも咄嗟のときでも、助けてって言わないようにしてただろ?」


――レンの言葉に、救われている自分がいることだ。


力無く、レンを見る。


レンの声音はそのまま意思の力強さを示しているようで、自分とは真反対だと、そう思った。


「一回でも言ったら、誰も助けてくれなくても、言葉に縋り続けたくなっちまうから。――だから、言わなかった」


否定しようとして、でも否定できなくて。


そんなことはないと、助けてなんて言わなかったのは、助けなど要らないからだと、強く強く、拒絶しようとして――でも、できなくて。


言葉は、続く。


「――でも、俺はお前を助けたい。助けたいと思ってる相手に助けてって言うのなんか、珍しくねぇだろ?」




「だから、言っていいんだ。助けてってな」




――風が、吹いた気がした。


レンの言葉が風になって、ティールの何もかもを吹き飛ばしたような、そんな気がした。


否定の言葉は、出てこない。

――もう、出そうとも、思わない。


わかった。理解したのだ。


目の前の少年は、ティールを仲間だと思っている。

そして助けたいと、そう思っている。


ならば、どれだけ拒絶しても、無駄だろう。


「――君は」


ティールの口から言葉が漏れる。


「……君は、すごいね」


「君になら、言える。……きっと、言葉通りに、してくれる」


きっと、なんてもんじゃない。


一言そう言えば、必ず助けてくれる。


諦めないだろう。だって、目の前の少年は諦めるのが大嫌いなのだから。


ダンジョンで、イノコとの戦いで、そんなこと、もうとっくに知っている。



一言告げるだけで、それだけで――




「……でも、言わない。やっぱり、言えないよ」




――それでも、ティールは助けを求めない。


目を合わせているからだろうか。

レンが目を見開いて、その顔に驚愕を映し出している。


ナイフを取り出したときに見せるだろうと思っていた顔を、こんな言葉で引き出せるとは思わなかった。


言(・)わ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ティールは、言葉を紡ぐ。


「――だって、都合が良すぎるでしょ? 今までボクがしてきたこと……それを踏まえたら、そんなこと、言えないんだ」


「……っ、それでも」


「――だから!」


尚手を差し伸べてくるレンに、言葉を被せる。


「だから、これだけ言わせてほしいんだ」


ティールはそう言い、微笑んで前のレンを見る。


「大丈夫。絶望してるわけじゃないよ。君を信じて、言う言葉だ」


「――アーガルズを、ぶっ飛ばして」


「――」


「――そしてどうか、ボクに罪を償わさせてほしい」


諦めた笑顔ではない。


前を向いた笑顔で、そう願う。


「これが、ボクからの『お願い』だ」


憑き物が落ちたような、清々しいティールの顔を見て、レンは一瞬驚いたような顔をして――すぐに、決意を固めて笑顔を浮かべた。


そうして、力強く、一言。


「……わかった!」


と言い、レンは再び駆け出したのだ。


「……と、その前に」


数歩進んだところで止まり、引き返してきたレンは、ナイフを拾って懐に入れる。


「これ、使わせてもらうな」


「勿論。好きにしてよ。……そうだ。アイツについて知ってること、教えるよ」


「! 助かる」


「あ、ついでに、伝言頼まれてくれる?」


「ん? なんだ?」


「君がアイツをぶっ飛ばすなら、もうこの言葉を抑え込む必要ないから」


肩を落として、どこか安心したように言葉を切ったティールは告げる。


「言ってきて。――元々仲間じゃないって」


「――! おう、任せろ!」




■■■




そうしてアーガルズの情報とナイフを持って、レンは扉の前に立っていた。


脇腹に、傷はない。


「……裏切ったってバレちゃいけねぇかんな」


誰に聞かせるでもなく小さくつぶやき――直後、レンは躊躇いなく自分の脇腹をナイフで突いていた。


脳を焼く痛みは決して軽いものではない。だが、これでティールを守れるならば安いものだ。




――そうして場面は、アーガルズとの対峙に舞い戻る。

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