怒りを込めてこの拳を
空から落ちる陽の光は点々としている。
視界は一面、木と草と葉。耳に届くは風の音。
――レンは、森の中を走っていた。
『――わかった。じゃあ、ちゃんと生きて、ぶっ飛ばしてくる』
土を蹴って枝葉を避け、レンは森の中を迷いなく進んでいく。
気前のいい笑顔で送り出された手前、負けるわけにはいかないなと、そんな感慨を胸に。
――そうして一人で進む最中、脚と同時に思考も回っていく。
レンはアーガルズの策に、自ら飛び込んでいる。なればこそ、用意されるモノの数々にも思案を巡らせておいて損はないだろう。
「地雷とか、罠とか……人質とか」
人質を前面に出され、此方は動けず向こうは好き放題。そんな状況も有り得るかもしれない。
だが、だとしてもレンは一人で行くしかないのだ。――相手に、アーガルズに、約束を反故にする理由を与えてはならない。
そうして、真正面から堂々と、まっすぐにアーガルズを殴り飛ばすのだ。
「――」
刹那、走っている衝撃で揺れる視界の端に、ちらと青髪が映り込む。
それが見覚えのあるものに思えて、レンは咄嗟に足を止めた。
「レ、レン!」
焦燥と恐怖の混じった声で名を呼んでくるのは、青髪の少女――ティールだった。
――冷や汗を浮かべている彼女の表情の片隅に、悲壮な覚悟がある。
「ティール! 捕まってたんじゃ」
「逃げてきたんだ! ――それよりっ、今からアーガルズを倒しに行くんでしょ? ボクも、行くよ」
レンの言葉に被せるようにして、ティールがレンの側に寄る。
ティールの手が、動く。出会ったときから着ているボロ布のマントの内側で。
だがそんな様子には気が付かず、レンはティールの同行の提案に首を振る。
「……ダメだ。一人で行けって条件付けられてるし……」
「――」
「――何より、俺はあのクソ野郎をぶっ飛ばしてぇ。それは、アイツが言ったことを守ったうえでやらねぇと、意味がない」
レンは強く、強くそう言い切った。
揺るがない強固な決意を瞳から感じ取ったのか、ティールは喉まで出かかっていた言葉を無理やりに飲み込み――そして、更に一歩、近づいた。
そうして、揺れる体と同時に聞こえた小さな声は。
「……ごめん」
■■■
目前、木製の扉がある。
――脇腹がずきずきと痛みを訴えていた。だがそれを、何もないかのような顔をして無理やり無視。
今の森の冷えた空気とは対象的に、脇腹の傷口は滲む血でじんわりと温まっている。
ふう、と一息をつき、
「……よう、クソ野郎」
――レンは扉を開けて、中に入った。
四方の壁にかけられている蝋燭の火がチラチラと動き、部屋の全貌は薄暗くだが理解ができる。
部屋は広々としているが、そこかしこに色々なものがぶら下がっているせいで、少し手狭な印象を与えてくる。
――必要なもの以外を削ぎ落としたような、そんな部屋だ。
「脇腹が辛そうだな? ここに来るまでにすっ転んだか?」
――飛ぶ声は、視線の先、部屋の中央に立つ男から。
「……そんなとこだよ」
「ハッ! もっと威勢良く吠えてくるかと思ったが、存外そんな程度か」
嘲笑うような酒ヤケ声が耳朶を打つと共に脳裏に浮かぶ、青髪の少女の姿。
「お前がやらせたんだってな」
「だからなんだ? あれは俺の所有物だ。道具を上手く使って勝つのは当たり前だぜ?」
肩をすくめて、至極当然のように、アーガルズは連の疑問を肯定する。
「そうか。――やっぱりクソ野郎だな」
「俺の意図から外れねぇお前に何を言われても戯言だな」
アーガルズが、意地汚く、嗤う。
これ以上の問答など無用だとばかりに、レンは構えて、アーガルズを冷たい目で射抜いた。
話せば話すほどに、確信が持てる。
「――さて、生憎だが俺ァ忙しい。万一にも負けやしねぇてめぇみたいなクソガキを手負いにしたのは時短のためだ」
――この人間は、心の底から押し付ける側であるのだと。
アーガルズがレンに指を向ける。
その指につけられている指輪が何かエネルギーを集めるように煌めき――瞬間、空気が揺らめいた。
「『ハイ・ファイア』」
刹那、レンに向けてその半身はあろうかという大きさの火球が打ち出される。
それは目を見開いたレンに瞬く間に迫り、炸裂する。
響く着弾音と共に火力で部屋は照らし出され、室内の影が激しく蠢いた。
無防備で当たればひとたまりもないだろう火力の火球を、文字通り無防備に受けた事実にアーガルズが笑う。
――こんな程度ならば子供やティールを人質に一人でこさせる必要も無かったかもしれない。
「口ほどにも無ぇ。……ラシェンドを引き止める準備を――」
――刹那、火球から飛び出す人影をアーガルズは見逃さなかった。
「……っ!?」
まさか無傷。――否、服は一部の繊維がチリチリと焼き焦げ、腕の皮膚が軽く爛れている。
人影――レンは、まるで何も食らってないかのような顔でアーガルズに接近。
至近距離、防ぐことなど不可能な超近距離だ。
その懐を、拳で撃ち抜く。
――クソ野郎へ、怒りを込めてこの拳を。
拳から伝わる感触は、今の攻撃が決して軽くないことを相手が理解したと、レンにそう理解させる。
「ぐっ……!」
漏れ出る声と共に気付くのは、そこにあったモノをレンに奪われたこと。
そしてそのモノが――
「……これが子供を殺すときの指示水晶なんだろ」
薄く笑うレン。その手に、半透明な水晶が乗せられている。だがそれをレンは一も二もなく握り潰して破壊した。
――何故目の前のガキが自分の通信水晶の入れ場所を知っているのか。
――何故それが指示を出すための水晶だと分かっているのか。
――何故迷いなく動き、断定して即座に破壊できたのか。
それが示す答えは一つだ。
「……あのガキが……裏切りやがったな」
「伝言だ。――元々仲間じゃねぇってよ」
――してやったりとばかりにレンが笑う。
それに対抗するように、アーガルズもまた、焦りなく嗤った。
「買ってやったのになあ、価値を示しきらずに裏切っちまった。──ガキ、辛く死ぬぜ?」
「死ぬ気は無ぇ。ここに来たのはお前をぶっ飛ばすためだ」
「……はあ。汚れた臓器は売れねぇんだがな」
「はっ、俺はお前の臓器なんか売る気は無ねぇよ」
ため息をつくアーガルズの言葉を、レンは笑い飛ばした。
勝つのは自分で、負けるのはお前であると、強く、強く、言外で刺す。
「ほざくなよ、経験も準備も違ぇ。勝ちの目はねえぞ。それに人攫いもなにもかも、俺は効率と最善を求めてるだけだ。手前に被害が及んでねえのに、何故怒る?」
両手を広げてそう問いかけてくる声音に、怒りが蓄積されていく。
――何故。何故だと。
こちらこそ、疑問と怒りで溢れかえっているのだ。
何故、押し付ける。
何故自分で背負わない。
「他人に不利益を押し付けてんじゃねぇ。イイトコ取りしてるだけでほざくなよ……!」
「それを勝者っつーんだぜ? そんで勝者が『正義』だ」
「……それなら、俺がてめえを叩き潰す」
そう呟き、レンは半身の構えを取る。
――元より、言葉が通じるとは思っていない。
何故という疑問に律儀に答えてくれることも、素直に応じてくれることも無い。
――故にこそ、レンがツケを払わせるのだ。
目の前のこの男を叩きのめして、必ず。
「ハハッ! いいぜ、かかってこいよ、能無しが! ──『ハイ・ファイア』!」
向けられた指先から、火球が飛んでくる。
渦巻きながら音を立てるそれは、そこらの木など簡単に燃やすような火力の代物。
そして、先程のレンの耐久を考えてか、先より明らかに火力の高いそれを――
「──こんなもん」
腕を眼前に。火球が腕に、ぶち当たる。
皮膚を容赦なく焼くそれはレンの体を燃やし尽くさんとうねり、部屋中を照らし出してその火力を示していく。
火は熱に、熱は痛みになり、脳と腕を焼いていく。
――確かに火力が上がっている。
一度目の攻撃を耐えたのならそれより強い攻撃を。至極当然の結論と思考経路だ。
――だが
「――痛くも痒くもねぇんだよ!」
言い切り、腕を振れば、火球が解けて霧散する。
――どうやら何かに当たった瞬間から数秒で火球は消えるらしい。
「……へぇ。多少はマシらしいな」
――目の前の男の、嗤いは消えない。




