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一縷の望みをこそ貴方に  作者: みけたろー
一章:感謝と慈しみを貴方に。

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26/27

恩人たちには、どうか本音で。

「……えっ」


呆然としているキャープがその場に立ち尽くし、一秒、二秒、三秒経ち、


「えっ? アタシを犠牲にするってどういうことにゃ??」


と、順当な疑問をその口から吐き出した。


「あぁ……まあ、言葉が悪かったね。正確には囮になってもらおうかなって」


「言葉選びが悪すぎるにゃあ! まあ……ほんとに犠牲だとしても、アタシはシュウに従うけどにゃ」


「それでほんとに良いのか……?」


――多少は拒否する意思があってもいいのではなかろうか。


だがレンのそんな呆れには、変なことを聞くやつだと、また向こうも呆れの顔を返ってくる。ついでにすくめた肩付きだ。


「話を戻すよ。まだ今なら、キャープはあいつらの仲間のふりをして近づけるでしょ。それで気を引いてくれたら、あとは……」


「――俺らの役目ってことだな!」


敵前の草むらで、音を鳴らさぬよう拳を合わせる。

細かな話は済んだ。――あとは、定めた敵を倒すだけ。


やることが明確になればなるほど、迷わなくていい。


「……あ、あの、ボクは」


――と、会話を聞いているだけだったティルアがおずおずと手を上げた。


とはいえ、単純戦闘力ではこの中で一番下だろうティールに、敵を回すつもりは毛頭ない。


先に佇むアーガルズを叩きのめすのだ。――こんな所で敵の取りこぼしをしているようでは、その決意は虚言といわれても仕方がない。


故に、


「ここで待っとけ」


「ここで待ってて。もしもの回復は任せるから」


と、二人は同じ結論を出していた。


見れば向こうもこっちを見ており、目があった。思わず口の端が上がり、ニヤけてしまう。


――お互い、似た者同士だ。


「――じゃあ、キャープ、頼んだよ」


「まっかせるにゃ〜」


瞬き一つで表情を真剣なものに戻したシュウの指示に、肩透かしな返事をしながら、キャープが草むらから飛び出した。


「僕らも、行こう」


「おう」


小さく意思を交わし、キャープの出た場所と丁度真反対の場所へ移動を開始する。

キャープが囮を果たしている間に家に忍び込める位置へと、静かに急ぐ。




■■■




すたすたと歩いていけば、顔に傷のある強面の男に見つけられる。いかにも自分は普通ではないと、雰囲気からして漏れているのがわかる。


――とはいえ、あの顔は一度見たことがあった。


そして、どうやらそれは向こうも同じなようで。


「……あん? お前何しに来たんだ」


「アーガルズ様の命令でちょっとここまで来たにゃ。子ども達の状態を確認しろってお達しにゃあ」


「――おう。見てけ。特に変わりはねえぞ」


男はそう言いながらドアの前から退いた。やはり仲間であると相手が思っている以上、表口から簡単に中へ入れると、キャープは退いた男の横を通り過ぎながら思う。


横切りながら、視界の端に、男の不愉快な笑みが目に入る。


アーガルズの手下は、誰も彼も、不愉快だ。


人を小馬鹿にするような、下卑た笑みを、いつでも浮かべている。


どうせ自分の力は矮小なくせに、よくそこまで堂々と人を見下せるものだ、と、キャープは心の中で相手を人知れず侮蔑した。


――心のなかで見下しながら、ドアノブに手をかける。


「失礼するにゃ……」


「――」


――刹那、振り向きざまに爪を出し、男の剣を防ぎきる。


快音。剣越しに男の笑いが見えた。


見下している相手にも――そして、敵にも向ける、不愉快な笑い方。


「――ッ、殺気の匂いがびんびんにゃあ」


爪を振って言えば、男は後ろに下がって距離を取る。


間合いの取り方だけは堅実だ。逆に言えば、それ以外に何もかもが雑。


「チッ……そりゃ悪かったな、裏切り者には隠し事なんか作れなくてよ」


「――」


理由はわからないが、とにかく――突入と、キャープの裏切り。それが、バレている。


「ついでに一つ、明かし事だ。中にガキは一人も居ねえよ。居るのは、俺らの仲間だけだ」


「考えるの面倒くさくなってきたし……とりあえずぶっ殺すにゃ」


頭で渦巻くごちゃごちゃは、体を動かせば大抵吹き飛ぶ。


腕を振り、爪で風を切りながら、キャープは笑って、構えをとった。



■■■



「なあシュウ、これって……」


室内に入った瞬間から舐るような視線を感じていたレンが、半ばの確信を確定させる言葉を、隣のシュウにスルーパス。


くると思っていたのか、シュウはため息を付きながら、


「うん。――バレてたね」


と、作戦が失敗している事実を確定させた。


視線が、二人を射抜く。


二つや三つではないそれは声となってその数を示していて。


「逃げるために作戦会議か?」「今更お前らに逃げる選択肢なんかねぇんだよ!」「ギャハハ! 間抜けな冒険者を見るのが一番楽しいんだよなあ!」「アーガルズ様の言う通りだったなぁ!」

「「「ギャハハハハ!!!」」」


声の数は、数え切れないほど。


――だが、


「シュウ」

「うん」


「「――取り敢えず、ぶっ倒す!」」


こんな程度、二人に冷や汗をかかせるに足る事実では、ない。




■■■




草むらの中、胸の中にある水晶が静かに明滅する。


それが向こうからの通信であるとわかっているから、ティールはすぐにそれを取り出した。


「な、なんで……あの人たちの攻める拠点がわかったんですか?」


『ガキ攫いの依頼で動いてんだろ? ならそこに人数を割くのは簡単な話だ。外れたところで、どうせ死ぬのはスカスカの仮拠点に居るやつら。――精々損害なんざ三、四人だ。こっちに不利益ァ無ぇんだよ』


「――」


数人の死など、損害にいれていない、頭のおかしい対策立て。やはりこの人間はどこかイカれている。そんな思考が、ティールの心の片隅に、恐怖を生む。


――胸中に渦巻くのは、やはり敵わないのではないのかという、莫大な不安。そこには一縷の望みすら生まれず、ティールは唾を飲んで恐怖する。


『さァ、次はてめぇの役回りだ。アイツラはどうせ全員殺して俺の本拠点に来ることになる。だが、俺ァ一人だけを本拠点に来させる』


「……なんで、全員殺すと」


『あそこに集めてる奴等なんか俺の組織の底辺共だ。わざと勝たせンだよ。馬鹿共にはそれで、尚更の勝利感を与える』


「――そ、れで、ボクは、何をすれば」


最早こちらの思考まで読まれているのではないのか。


――この人間と話しているといつも、手と声が震えだす。それは染み込んだ恐怖の証であり、ティールがアーガルズに逆らえない、なによりの証明だ。


そんな震える声で、体に染み込んだ、指示確認を仰ぎ方を取る。


それに満足気に鼻を鳴らして息を吸うアーガルズの音が、ティールの耳には届いていた。


『てめぇの役回りは単純明快。俺のところに来るそいつを――道中で刺し殺せ』


「……ぅ、え?」


――この相手は、今、なんと言ったのか。


刺し殺せ。刺し、殺せ。刺し殺せと、そう、言ったのか。


言われた言葉が、脳内を乱反射する。理解をし難いと、そう体が拒否反応を示すように。


だが、そんな体の拒否反応を待つほどアーガルズという人間は優しくない。


不可解な反応に舌打ちをするアーガルズが、強く命令する。


『あ? ――二度も言わす気か?』


――冷たい声。人を、モノとしか思っていない、冷静で、無感情な声。


それに、体が震え上がる。


「い、いえ……わかりました」


『あぁ、正解だ。てめぇの良き隣人を(ヴェージニル)がありゃあ無理は無えだろ。森に入って、姿を消して待っとけ。――しっかり働けよ』



■■■



――互いの爪を、打ち付けて、カン、カン、と音を鳴らす。


暇なとき、時間を潰すためによくやる行動だ。


「……今まで受けてる命令は闇討ちだったにゃ。拠点を守るには実力が足りてにゃいんだと思ってたにゃ」


闇討ちを任されるのは、正面からでは倒せないと。そう、判断されたがゆえの配置だと思っていた。


逆に言えば、番犬代わりに扱われている人間は、そこを守れるそれなりの実力があるのだと、警戒していたのだ。


だが、そんな警戒と、キャープの言葉に答える人間は居ない。


――先の、立ちはだかった男は。


「――」


「にゃあ。――お前ら、想像以上に想像以下だったにゃあ」


意識を無くし、倒れ伏していた。


――想像以上に、想像以下だった。片手間でも勝てる程度の、話にならない相手。

こんなレベルの敵なら、何人群がろうが苦ですらない。


――肩透かしをくらった気分だ。


ため息を堪えながら、男の体を踏み越える。


そうして中に入れば、


「レン、シュウ、終わったかにゃ?」


――思った通り、敵は山積みになって置かれていた。


それをした二人の少年たちは、見るからにまだまだ余裕が有り余っている。


「神格を使うまでも無かったね」


「あと十五人はいけるぜ!」

「僕はあと二十人いける」

「じゃあ俺は二十五人……あ、そうだ。ティール、もう出てきていいぞ!」


――本当にこの程度だったのか。


レンの呼びかけを背景に、キャープの頭に疑問符が浮かぶ。


本当にこの程度ならば、ただ勇気を出すだけで、もっと早く、家族を自由にできていたのではないのか。


「……ティール?」


「にゃ? アイツ、来ないのにゃ?」


刹那。キャープの疑念も、レンの呼びかけも、全てをぶった切って。


『――あー、あー』


――悪辣な声が、室内に響いた。


「!」


思わずレンが声の方を向く。すぐさまそれらしき物体を見つけて視線を固定するが、その固定先が、


「……水晶?」


「通信水晶だよ。……この水晶の先にいるのが、多分」


『よし、聞こえてんな。ガキ共がいなくてさぞ辛酸を舐めてる間抜け共。あろうことか直接オレを叩こうとしてるみてぇじゃねえか』


遮られたシュウの言葉。だが、そんな説明がなくともわかる。


悪辣で、いたぶるようで、馬鹿にするようで、見下しているような、不愉快な、声。


――こいつが、アーガルズだ。


「今どこに居んだよクソ野郎。――ぶっ飛ばしてやるから教えろよ」


「レン……っ!」


喧嘩腰の態度を嗜めるシュウの引き止めを、今だけは無視する。


大方、冷静に接して情報を取ろうとか、そういうことをしたいのだろう。


だが、今だけは、この威勢を通す。


――この怒りを、ぶつける。


『ハッ! 威勢のいいのがいるなァ! 次は本拠点に来ようとしてんだろ? 別に拒みゃしねぇよ。だが――一人で来い。それが呼び鈴を鳴らす条件だ』


それを聞いたレンの眉がピクリと動いた。怒りではない。それは嘲りが故だ。


本拠点に攻め込むことに条件を付ける。それは、そのまま――


「わざわざ条件付けるとか、自分から勝てねぇって言ってるようなもんだろ」


『大人数で押しつぶされようが負けねえんだよ俺ァ。てめぇらに言い訳の余地を残してやってるんだぞ? むしろ感謝するべきじゃねえのか』


「保険ばっかかけてる負け犬が良く言うぜ。自分に自信が無ぇんだろ? 俺は違う」


――拳を、強く握る。


話せば話すほどに、この人間の悪辣さと、外道さが染みて理解できる。そしてそれが理解できればできるほど、レンの怒りに薪が焚べられる。


レンに止める気はないが――シュウとキャープにも、どうやらその火を止める気はないらしい。


最初の一言以降、レンの言葉を引き止めないのがその良い証拠だ。


『吠えるなよ。勝てる相手にもわざわざ手を尽くすのが俺のやり方だ。それに、てめぇらは条件を呑むしかねぇんだぞ』


水晶は声だけで、相手の顔は見ることができない。

だが、嗤っているのが、よく分かる。


『――なあ、気付いてるか? 連れの青髪はどこいった? ガキ共は? そいつらの安全はどうしたら守れるか、その足りない頭で考えるべきじゃねぇのか?』


――刹那、視界が弾ける錯覚をする程に、レンは拳を強く握っていた。子供だけでは飽き足らず、レンの仲間にまで、手を出している。


「――お前」


――その事実が、レンをピークへ持っていく。


握った拳を広げて弛緩するレンの目は閉じられている。だが、それも、一瞬のこと。


――静かに開かれたその目は、冷静な殺意で、満たされていた。


「……いいぜ。俺一人で行ってやる。下らねぇ策略なんて全部、俺がぶち壊してお前を殴る」


言い切り、直後にレンが水晶を握りつぶした。


「――あ」


「にゃ……」


驚く二人に向き直る。


謝意はあるが、それ以上にレンを今満たしているのは、決意と覚悟。


それを、無くす気はない。


「――悪い、シュウ。俺が一人で、ぶっ飛ばしてくる。不満とかあるかもしんねぇけど、あとで聞く。悪

い」


独りよがりだと言われても仕方がないことだ。その指摘は正しいし、レンも自覚している。だが、独りよがりでも、向こう見ずでも、やらなければならない。果たさなければならない。


――あの人間を、殴り飛ばさなければ、ならない。


「レン」


小さく名を呼ぶシュウへ顔を向ける。――殴られる覚悟をしながら。


「――」


交錯する視線からは、何も読み取れない。


故にレンはシュウの次の出方を待っていた。


「――いってら」


だから、わかっていたとばかりに笑うシュウの顔が、よく見えた。


「……! おう!」


その顔を受けて、レンは申し訳なさそうな表情を返した。――実際強情なことをしている自覚はある。そんな顔になるのは当然のことだろう。


そうして、家から出ようとすれば――


「レン。足止めしとけば、王国騎士団が来るにゃ。死なずに、頑張るにゃ」


と、背後からそんな声が飛んできた。声にはどこか覇気がなく、レンへの心配が混じっているような、そんな声音。


てっきりゴネるか、向こうも強情を張るか、それか――、


「……死んでも殺すにゃ! とか言うかと思ってた」


「俺も」


「アタシのことなんだと思ってるにゃ! ――アタシはただ、家族が解放されれば、それでいいにゃ。それ

はアイツが死ぬんじゃなくて、捕まっても、同じにゃ。それに……」


声の調子と視線を落として、キャープが言葉を途切らす。


「――」


――キャープは、トーラルを仲間だと、今も思っている。

トーラルを殺したことに思うところが無いわけではない。だが、自分たちは殺されて当然のことをしていたことも自覚している。彼らが正しく、自分が間違っている。――それを、キャープは自覚している。


だから、自分も殺されると思っていた。頼み事など一蹴され、躊躇いなく殺されるだろうと。だが、彼らは頼みを聞いてくれた。それが、キャープには何より嬉しかったのだ。

それが、一晩で生まれるには、あまりに強い感情であることもわかっている。


――だが、未来の無い、希望のない、ただ暗く、後ろめたく、それしか道がなかったから歩いていたあの日々と。雑に扱われ、しかし共に笑えるあの一晩の語らい。どちらが明るく、眩いかなど比べるまでもない。


故に。


故に――


「――それに、あいつの命とおみゃーの命は釣り合ってないにゃ!」


途切れた言葉の続きを、顔を上げて、元気に放つ。宝物を愛でるような、そんな、優しい顔で。


――彼らには死んでほしくない。


それがキャープの、彼らに対する、恩人たちに対する、嘘偽りのない本音だった。

トーラルは自分が駒になることを、不利益を押し付ける側に立つことを選びました。

故に、レンは容赦なく殺したのです。


キャープは、諦めていなかった。少なくとも、そうだと自分に言い聞かせていました。

故に、レンは仲間だと思っているのです。

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