恩人たちには、どうか本音で。
「……えっ」
呆然としているキャープがその場に立ち尽くし、一秒、二秒、三秒経ち、
「えっ? アタシを犠牲にするってどういうことにゃ??」
と、順当な疑問をその口から吐き出した。
「あぁ……まあ、言葉が悪かったね。正確には囮になってもらおうかなって」
「言葉選びが悪すぎるにゃあ! まあ……ほんとに犠牲だとしても、アタシはシュウに従うけどにゃ」
「それでほんとに良いのか……?」
――多少は拒否する意思があってもいいのではなかろうか。
だがレンのそんな呆れには、変なことを聞くやつだと、また向こうも呆れの顔を返ってくる。ついでにすくめた肩付きだ。
「話を戻すよ。まだ今なら、キャープはあいつらの仲間のふりをして近づけるでしょ。それで気を引いてくれたら、あとは……」
「――俺らの役目ってことだな!」
敵前の草むらで、音を鳴らさぬよう拳を合わせる。
細かな話は済んだ。――あとは、定めた敵を倒すだけ。
やることが明確になればなるほど、迷わなくていい。
「……あ、あの、ボクは」
――と、会話を聞いているだけだったティルアがおずおずと手を上げた。
とはいえ、単純戦闘力ではこの中で一番下だろうティールに、敵を回すつもりは毛頭ない。
先に佇むアーガルズを叩きのめすのだ。――こんな所で敵の取りこぼしをしているようでは、その決意は虚言といわれても仕方がない。
故に、
「ここで待っとけ」
「ここで待ってて。もしもの回復は任せるから」
と、二人は同じ結論を出していた。
見れば向こうもこっちを見ており、目があった。思わず口の端が上がり、ニヤけてしまう。
――お互い、似た者同士だ。
「――じゃあ、キャープ、頼んだよ」
「まっかせるにゃ〜」
瞬き一つで表情を真剣なものに戻したシュウの指示に、肩透かしな返事をしながら、キャープが草むらから飛び出した。
「僕らも、行こう」
「おう」
小さく意思を交わし、キャープの出た場所と丁度真反対の場所へ移動を開始する。
キャープが囮を果たしている間に家に忍び込める位置へと、静かに急ぐ。
■■■
すたすたと歩いていけば、顔に傷のある強面の男に見つけられる。いかにも自分は普通ではないと、雰囲気からして漏れているのがわかる。
――とはいえ、あの顔は一度見たことがあった。
そして、どうやらそれは向こうも同じなようで。
「……あん? お前何しに来たんだ」
「アーガルズ様の命令でちょっとここまで来たにゃ。子ども達の状態を確認しろってお達しにゃあ」
「――おう。見てけ。特に変わりはねえぞ」
男はそう言いながらドアの前から退いた。やはり仲間であると相手が思っている以上、表口から簡単に中へ入れると、キャープは退いた男の横を通り過ぎながら思う。
横切りながら、視界の端に、男の不愉快な笑みが目に入る。
アーガルズの手下は、誰も彼も、不愉快だ。
人を小馬鹿にするような、下卑た笑みを、いつでも浮かべている。
どうせ自分の力は矮小なくせに、よくそこまで堂々と人を見下せるものだ、と、キャープは心の中で相手を人知れず侮蔑した。
――心のなかで見下しながら、ドアノブに手をかける。
「失礼するにゃ……」
「――」
――刹那、振り向きざまに爪を出し、男の剣を防ぎきる。
快音。剣越しに男の笑いが見えた。
見下している相手にも――そして、敵にも向ける、不愉快な笑い方。
「――ッ、殺気の匂いがびんびんにゃあ」
爪を振って言えば、男は後ろに下がって距離を取る。
間合いの取り方だけは堅実だ。逆に言えば、それ以外に何もかもが雑。
「チッ……そりゃ悪かったな、裏切り者には隠し事なんか作れなくてよ」
「――」
理由はわからないが、とにかく――突入と、キャープの裏切り。それが、バレている。
「ついでに一つ、明かし事だ。中にガキは一人も居ねえよ。居るのは、俺らの仲間だけだ」
「考えるの面倒くさくなってきたし……とりあえずぶっ殺すにゃ」
頭で渦巻くごちゃごちゃは、体を動かせば大抵吹き飛ぶ。
腕を振り、爪で風を切りながら、キャープは笑って、構えをとった。
■■■
「なあシュウ、これって……」
室内に入った瞬間から舐るような視線を感じていたレンが、半ばの確信を確定させる言葉を、隣のシュウにスルーパス。
くると思っていたのか、シュウはため息を付きながら、
「うん。――バレてたね」
と、作戦が失敗している事実を確定させた。
視線が、二人を射抜く。
二つや三つではないそれは声となってその数を示していて。
「逃げるために作戦会議か?」「今更お前らに逃げる選択肢なんかねぇんだよ!」「ギャハハ! 間抜けな冒険者を見るのが一番楽しいんだよなあ!」「アーガルズ様の言う通りだったなぁ!」
「「「ギャハハハハ!!!」」」
声の数は、数え切れないほど。
――だが、
「シュウ」
「うん」
「「――取り敢えず、ぶっ倒す!」」
こんな程度、二人に冷や汗をかかせるに足る事実では、ない。
■■■
草むらの中、胸の中にある水晶が静かに明滅する。
それが向こうからの通信であるとわかっているから、ティールはすぐにそれを取り出した。
「な、なんで……あの人たちの攻める拠点がわかったんですか?」
『ガキ攫いの依頼で動いてんだろ? ならそこに人数を割くのは簡単な話だ。外れたところで、どうせ死ぬのはスカスカの仮拠点に居るやつら。――精々損害なんざ三、四人だ。こっちに不利益ァ無ぇんだよ』
「――」
数人の死など、損害にいれていない、頭のおかしい対策立て。やはりこの人間はどこかイカれている。そんな思考が、ティールの心の片隅に、恐怖を生む。
――胸中に渦巻くのは、やはり敵わないのではないのかという、莫大な不安。そこには一縷の望みすら生まれず、ティールは唾を飲んで恐怖する。
『さァ、次はてめぇの役回りだ。アイツラはどうせ全員殺して俺の本拠点に来ることになる。だが、俺ァ一人だけを本拠点に来させる』
「……なんで、全員殺すと」
『あそこに集めてる奴等なんか俺の組織の底辺共だ。わざと勝たせンだよ。馬鹿共にはそれで、尚更の勝利感を与える』
「――そ、れで、ボクは、何をすれば」
最早こちらの思考まで読まれているのではないのか。
――この人間と話しているといつも、手と声が震えだす。それは染み込んだ恐怖の証であり、ティールがアーガルズに逆らえない、なによりの証明だ。
そんな震える声で、体に染み込んだ、指示確認を仰ぎ方を取る。
それに満足気に鼻を鳴らして息を吸うアーガルズの音が、ティールの耳には届いていた。
『てめぇの役回りは単純明快。俺のところに来るそいつを――道中で刺し殺せ』
「……ぅ、え?」
――この相手は、今、なんと言ったのか。
刺し殺せ。刺し、殺せ。刺し殺せと、そう、言ったのか。
言われた言葉が、脳内を乱反射する。理解をし難いと、そう体が拒否反応を示すように。
だが、そんな体の拒否反応を待つほどアーガルズという人間は優しくない。
不可解な反応に舌打ちをするアーガルズが、強く命令する。
『あ? ――二度も言わす気か?』
――冷たい声。人を、モノとしか思っていない、冷静で、無感情な声。
それに、体が震え上がる。
「い、いえ……わかりました」
『あぁ、正解だ。てめぇの良き隣人をがありゃあ無理は無えだろ。森に入って、姿を消して待っとけ。――しっかり働けよ』
■■■
――互いの爪を、打ち付けて、カン、カン、と音を鳴らす。
暇なとき、時間を潰すためによくやる行動だ。
「……今まで受けてる命令は闇討ちだったにゃ。拠点を守るには実力が足りてにゃいんだと思ってたにゃ」
闇討ちを任されるのは、正面からでは倒せないと。そう、判断されたがゆえの配置だと思っていた。
逆に言えば、番犬代わりに扱われている人間は、そこを守れるそれなりの実力があるのだと、警戒していたのだ。
だが、そんな警戒と、キャープの言葉に答える人間は居ない。
――先の、立ちはだかった男は。
「――」
「にゃあ。――お前ら、想像以上に想像以下だったにゃあ」
意識を無くし、倒れ伏していた。
――想像以上に、想像以下だった。片手間でも勝てる程度の、話にならない相手。
こんなレベルの敵なら、何人群がろうが苦ですらない。
――肩透かしをくらった気分だ。
ため息を堪えながら、男の体を踏み越える。
そうして中に入れば、
「レン、シュウ、終わったかにゃ?」
――思った通り、敵は山積みになって置かれていた。
それをした二人の少年たちは、見るからにまだまだ余裕が有り余っている。
「神格を使うまでも無かったね」
「あと十五人はいけるぜ!」
「僕はあと二十人いける」
「じゃあ俺は二十五人……あ、そうだ。ティール、もう出てきていいぞ!」
――本当にこの程度だったのか。
レンの呼びかけを背景に、キャープの頭に疑問符が浮かぶ。
本当にこの程度ならば、ただ勇気を出すだけで、もっと早く、家族を自由にできていたのではないのか。
「……ティール?」
「にゃ? アイツ、来ないのにゃ?」
刹那。キャープの疑念も、レンの呼びかけも、全てをぶった切って。
『――あー、あー』
――悪辣な声が、室内に響いた。
「!」
思わずレンが声の方を向く。すぐさまそれらしき物体を見つけて視線を固定するが、その固定先が、
「……水晶?」
「通信水晶だよ。……この水晶の先にいるのが、多分」
『よし、聞こえてんな。ガキ共がいなくてさぞ辛酸を舐めてる間抜け共。あろうことか直接オレを叩こうとしてるみてぇじゃねえか』
遮られたシュウの言葉。だが、そんな説明がなくともわかる。
悪辣で、いたぶるようで、馬鹿にするようで、見下しているような、不愉快な、声。
――こいつが、アーガルズだ。
「今どこに居んだよクソ野郎。――ぶっ飛ばしてやるから教えろよ」
「レン……っ!」
喧嘩腰の態度を嗜めるシュウの引き止めを、今だけは無視する。
大方、冷静に接して情報を取ろうとか、そういうことをしたいのだろう。
だが、今だけは、この威勢を通す。
――この怒りを、ぶつける。
『ハッ! 威勢のいいのがいるなァ! 次は本拠点に来ようとしてんだろ? 別に拒みゃしねぇよ。だが――一人で来い。それが呼び鈴を鳴らす条件だ』
それを聞いたレンの眉がピクリと動いた。怒りではない。それは嘲りが故だ。
本拠点に攻め込むことに条件を付ける。それは、そのまま――
「わざわざ条件付けるとか、自分から勝てねぇって言ってるようなもんだろ」
『大人数で押しつぶされようが負けねえんだよ俺ァ。てめぇらに言い訳の余地を残してやってるんだぞ? むしろ感謝するべきじゃねえのか』
「保険ばっかかけてる負け犬が良く言うぜ。自分に自信が無ぇんだろ? 俺は違う」
――拳を、強く握る。
話せば話すほどに、この人間の悪辣さと、外道さが染みて理解できる。そしてそれが理解できればできるほど、レンの怒りに薪が焚べられる。
レンに止める気はないが――シュウとキャープにも、どうやらその火を止める気はないらしい。
最初の一言以降、レンの言葉を引き止めないのがその良い証拠だ。
『吠えるなよ。勝てる相手にもわざわざ手を尽くすのが俺のやり方だ。それに、てめぇらは条件を呑むしかねぇんだぞ』
水晶は声だけで、相手の顔は見ることができない。
だが、嗤っているのが、よく分かる。
『――なあ、気付いてるか? 連れの青髪はどこいった? ガキ共は? そいつらの安全はどうしたら守れるか、その足りない頭で考えるべきじゃねぇのか?』
――刹那、視界が弾ける錯覚をする程に、レンは拳を強く握っていた。子供だけでは飽き足らず、レンの仲間にまで、手を出している。
「――お前」
――その事実が、レンをピークへ持っていく。
握った拳を広げて弛緩するレンの目は閉じられている。だが、それも、一瞬のこと。
――静かに開かれたその目は、冷静な殺意で、満たされていた。
「……いいぜ。俺一人で行ってやる。下らねぇ策略なんて全部、俺がぶち壊してお前を殴る」
言い切り、直後にレンが水晶を握りつぶした。
「――あ」
「にゃ……」
驚く二人に向き直る。
謝意はあるが、それ以上にレンを今満たしているのは、決意と覚悟。
それを、無くす気はない。
「――悪い、シュウ。俺が一人で、ぶっ飛ばしてくる。不満とかあるかもしんねぇけど、あとで聞く。悪
い」
独りよがりだと言われても仕方がないことだ。その指摘は正しいし、レンも自覚している。だが、独りよがりでも、向こう見ずでも、やらなければならない。果たさなければならない。
――あの人間を、殴り飛ばさなければ、ならない。
「レン」
小さく名を呼ぶシュウへ顔を向ける。――殴られる覚悟をしながら。
「――」
交錯する視線からは、何も読み取れない。
故にレンはシュウの次の出方を待っていた。
「――いってら」
だから、わかっていたとばかりに笑うシュウの顔が、よく見えた。
「……! おう!」
その顔を受けて、レンは申し訳なさそうな表情を返した。――実際強情なことをしている自覚はある。そんな顔になるのは当然のことだろう。
そうして、家から出ようとすれば――
「レン。足止めしとけば、王国騎士団が来るにゃ。死なずに、頑張るにゃ」
と、背後からそんな声が飛んできた。声にはどこか覇気がなく、レンへの心配が混じっているような、そんな声音。
てっきりゴネるか、向こうも強情を張るか、それか――、
「……死んでも殺すにゃ! とか言うかと思ってた」
「俺も」
「アタシのことなんだと思ってるにゃ! ――アタシはただ、家族が解放されれば、それでいいにゃ。それ
はアイツが死ぬんじゃなくて、捕まっても、同じにゃ。それに……」
声の調子と視線を落として、キャープが言葉を途切らす。
「――」
――キャープは、トーラルを仲間だと、今も思っている。
トーラルを殺したことに思うところが無いわけではない。だが、自分たちは殺されて当然のことをしていたことも自覚している。彼らが正しく、自分が間違っている。――それを、キャープは自覚している。
だから、自分も殺されると思っていた。頼み事など一蹴され、躊躇いなく殺されるだろうと。だが、彼らは頼みを聞いてくれた。それが、キャープには何より嬉しかったのだ。
それが、一晩で生まれるには、あまりに強い感情であることもわかっている。
――だが、未来の無い、希望のない、ただ暗く、後ろめたく、それしか道がなかったから歩いていたあの日々と。雑に扱われ、しかし共に笑えるあの一晩の語らい。どちらが明るく、眩いかなど比べるまでもない。
故に。
故に――
「――それに、あいつの命とおみゃーの命は釣り合ってないにゃ!」
途切れた言葉の続きを、顔を上げて、元気に放つ。宝物を愛でるような、そんな、優しい顔で。
――彼らには死んでほしくない。
それがキャープの、彼らに対する、恩人たちに対する、嘘偽りのない本音だった。
トーラルは自分が駒になることを、不利益を押し付ける側に立つことを選びました。
故に、レンは容赦なく殺したのです。
キャープは、諦めていなかった。少なくとも、そうだと自分に言い聞かせていました。
故に、レンは仲間だと思っているのです。




