ふとした朝は過ぎて
――子どもたちを助けなければいけないという使命感とは裏腹に、レンはすぐさま眠りにつくことができた。
やはり、戦闘のダメージが大きかったのだろう。
「――」
水に、無抵抗に落ちていくように、レンの意識は落ちていく。
落ちて、落ちて、落ちて――
『――答えろよ、逆らうなよ……! 動け動け俺に従え! 友達だろ!?』
――そこに映る、夢の景色は。
『冗談キツイぜ、何が友達だよ。おめーはいつ見ても『おひとり様』だぜ?』
中年を過ぎた、白髪で灰色の目をした男。
濁っているその瞳に世界は映らないが、代わりにいつだって笑顔を絶やさない、レンの尊敬する人。
――そう、お父さんだ。
お父さんが、いつものように砂利の上にあぐらをかいて座っている。
後ろにある鉱石の山もお父さんの格好も、全てに見覚えがある。
見覚えがないのは、お父さんの前に立つ、死んだような目をしている人間だ。
『俺は一人じゃない! 一人なのはお前らだ……! 俺じゃ、無い……!』
黒髪の頭を掻き毟り、指と指の間に抜けた髪を何本も挟みながら、男は狂気的な呟きを続ける。
『ハッ、話にならねぇな』
鼻で笑うお父さんの態度に、狂気に恐れる様子は微塵もない。
『俺は違う、皆が従う、疑わないんだ、疑わせない、裏切らせない、皆、皆皆皆……! 皆が俺の――お前、一匹逃しただろ? どこだ?』
刹那、男は気持ち悪いほどに声音が冷静になった。
狂気的なまでに昂ぶっていたうわ言が、狂気的なまでに静かで、冷淡なものになったのだ。
それに、怖気を感じずして何を感じようか。
――それ程までに、男の狂気は二極だった。
だが、
『……おめー、二日酔いでもそこまで酷くならねぇぞ』
――お父さんは、バカをしている通行人でも見るかのように、その狂気を受け流す。
最早お互いが『異常』だ。
殺気籠もった目線がお父さんに突き刺さり、言葉は続く。
『――応答しろよ。一匹、どこに逃した。――剣聖』
『錆び付いた名前出すなよ、二日酔い。酒でも飲んだら思い出すかもな?』
『驕るなよ、その態度も時間の問題なのはお前もわかってるだろ?』
諭すような声音が、狂気を駆り立てる。
傍で聞いている常人がいれば、耳朶を打った瞬間に一も二もなく逃げ出すだろう狂気。
だが、傍で聞いているレンは引かない。――引かないし、引けないのだ。
二人の応酬の内容はわからない。だが、男の言葉が嘘では無いことが、レンには何となく分かってしまった。
――今のレンに、身体は無い。
夢を見ている人間に、干渉権は与えられない。
故に――、
『おめー、後悔するぜ?』
――夢から覚めることをも、拒めない。
レンの精神が何処かへ引っ張られていく。
声が遠のき、景色がボヤける。手を伸ばしても、空の星に伸ばしたかのように手は空を切る。
『……商人との予定は先延ばしだな。あぁ……俺は、俺は……裏切った友達を……! 矯正しなきゃならない……!』
心底悲しそうに喚く男の言葉を最後に意識は遠のき――、
「……んぁ」
昇る朝日を、レンは見た。
■■■
「起きてるにゃ? 早くドア開けて中に入れるにゃ! 早く、早く早く! にゃー!!」
――部屋の外で、キャープが駄々をこねている。
余程部屋で寝れなかったのがお気に召さなかったらしい。
「……レンが開けてきて」
レンよりもまだ少し眠気に負けているらしいシュウがもぞもぞとベッドから出ながら、面倒くさい役目をレンに押しつけた。
昨日の仲間として見ていない旨の発言はまだまだシュウの中で健在らしい。
「んあ……今開ける」
扉の向こうで騒ぐキャープを宥めるように言いながらベッドから降りて扉を開ければ、キャープとティールが並んで立っていた。
「草寝なんて二度とごめんにゃあ」
「冒険者なんてやってればザラにあるけどね」
「アタシは冒険者じゃないにゃー」
不満げなキャープに対し、シュウはやはり何処か態度に壁がある。
――そんなにキャープを仲間として扱いたくないのだろうか。
内心で首を傾げるレンがティールに視線をやれば、視線がかち合った。
向こうも此方を見ていたらしい。
だが、その視線はやけに不安的だ。
「なんか不安なことあんのか?」
「あ……子供たちのこと考えてると、あんまり……眠れなくて」
ティールの言葉が少し歯切れが悪いことには気が付かず、レンは言葉の内容に強く共感する。
――子供の安否が心配なのは、レンも同じだ。
だからこそ、
「――大丈夫! ちゃんと助ける!」
と、レンは強く言い切った。
しっかりとティールを見据えて元気よく言い切れば、不安そうなその目が何度か瞬く。
そうして、
「――うん。信じてる」
――直後、覚悟を決めたような、そんな目に成ったのだ。
「シュウ、朝飯食べて、さっさと行こうぜ!」
「――僕も今言おうとしてたよ」
二人、視線を交わして不敵に笑う。
そうして、レン達四人は部屋から下にある酒場に朝食を取りに行った。
強い足取りで部屋を出る直前、浮かんだ思考は口には出ずに、奥底へ沈む。
――そういえば、どんな夢、見たんだっけ。
■■■
「――そうだ。レン、まさかとは思うけど真正面から行こうと思ってないよね?」
「……ダメ……なのか……っ!?」
「こいつマジかにゃー……」
正面から乗り込み、出てくる敵を殴り飛ばすことしか考えていなかったレンは、その言葉で思わずパンを落としかけてしまった。
その様子を見たシュウが予想が当たってしまったとでも言うように溜息を付くが、正面から行くことの何がダメなのだろうか。
――場所は酒場。周りにもちらほらと朝飯を食べに来た人々が居る。
一人一つ飲み物の容器が置かれ、机の中心にはかごが置かれている。かごの中身はパン。
欲しい人が欲しいだけパンを取れる仕組みだ。
「考えてもみなよ。子供の奪還が目的なのに、真正面から大暴れしたら敵が子供達を隠すか、別の場所に移動させるか……最悪の場合殺すかもしれないんだよ?」
「……確かに」
言われてみれば、目的が目的だ。
シュウの言葉で脳裏に浮かぶのは、事情聴取をした親達だ。
取り返そうとしている子供たちに何かあったとき、悲しむ人が居る。ならば、悲しませないために最善を尽くさないといけない。
納得しながら、レンはパンをかじった。
「それに、一気に拠点の全員と戦って勝てる保証も無いんだし。僕の作戦通りにしてね。わかった?」
「わかった!」
人に従えば、世界が見えてくる。信用している相手からの指示ならば尚更だ。
――故に、シュウの言葉に、レンは力強く理解を示した。
「にしても……レン、お前なーんにも知らないのかにゃ?」
「俺は世界を全然知らないことと、めちゃくちゃ広いことは知ってるぜ!」
直後、飲んだミルクでヒゲができているキャープが、レンの言葉を聞いて我慢しきれず吹き出した。
何処に吹き出す要素があったのだろうか。
聞かれたことに素直に答えただけだというのに、そこまで爆笑されるとは思っていなかった。
肩を震わせながら、「にゃっ、ふっ……! ひ、ひー……!」と殺しきれない声を漏らして笑うキャープ。
それを見ながら、そんなに面白いかと疑問を持ちながら、レンは五つ目のパンに手を付けた。
「にゃ……にゃは……っ、なんも知らないってここまで堂々と言うやつ……っ、初めて見たにゃ……っ、にゃは……っ!!」
「そんなに面白ぇか……?」
「めっちゃ面白いにゃ……っ! ふ、にゃふ……っ」
机を叩いて笑うキャープに困惑顔を向ける。
すると横から、
「でも、教えるのは楽しいよ」
と、シュウがフォローのように言い放つのを聞き、パッとレンは顔が明るくなる。
万が一にも教えることを面倒がられていたら嫌だったが、どうやらシュウも楽しんでいるらしい。
半ばの確信と言葉での答えは違う。
――まあ、シュウがレンに対してお節介な面があるのはもうわかっているが。
「――あ、ボク、もう一個パン貰うね」
謎のツボに入ったキャープを横目に、ティールも二つ目のパンに手をつける。
同じ机を囲んでいるのに、各々の態度がまるで違う。
「……楽しいな」
ふと、漏れ出た本音は、誰の耳にも届かない。
――地獄のような日々から逃げて、世界は広いと信じて歩き、それを裏付けるかのような体験を、目まぐるしくしている。
これが幸せでなければなんと言うのか、レンにはわからない。
自ら理不尽と未知に飛び込み、吸収していく事が今のレンを満たす全て。
――だからこそ、自由もない、無力に不利益を押し付けられている人は助けたいと、レンは強く思うのだ。
――だからこそ、不利益を押し付けている人間を、この手で、しっかりと殴り飛ばすと、レンは強く決意するのだ。
そうして、朝も過ぎ去り――、
■■■
「――あそこ、か」
遠目に見えるのは木造の小さな一軒家だ。
振り返り、レンは木の陰から小さく言葉を漏らした。
それは疑問ではなく確認に近いもの。
視線の先、それに頷くのは、ここまでの道案内を果たしたキャープとティールの二人だ。
「シュウ、どうすんだ?」
小さな一軒家だが、だからといって無防備なわけでは無い。
事実、玄関扉の前には一人の男が立ち、気を張り続けて辺りを警戒している。
中にも恐らく――否、確実に何人か居るだろう。
その彼らに気取られず、背後から一撃で決着をつける方法をシュウに問う。
シュウならば何か思いついているだろうと全幅の信頼を寄せた声音だった。
それを受け止めて、シュウは「……うん」と一言呟く。
集まる視線も受け止めるシュウの次の言葉を、他の三人は待ち続ける。
そうして次の瞬間、シュウは口を開いて、
「――じゃ、キャープを犠牲にしよう」
と、まっすぐに言い放った。
次話からノンストップで戦闘だぜ!!!
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