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一縷の望みをこそ貴方に  作者: みけたろー
一章:感謝と慈しみを貴方に。

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24/24

声は星には届かない

「詳しく聞かせて」


完成度の測れない計画を、シュウは神妙な面持ちで聞いて続きを促す。

全貌を聞いて初めて判断を下すという意思が最初から何一つ揺れ動いていないことを、その顔は強く物語っていた。

そんなシュウの表情に、しかしキャープは呑気に返す。


「わかんないにゃ? しょうがないにゃあ」


自身の説明の雑さをあたかも相手に非があるような態度で、キャープは呑気に続きを語った。


「──アーガルズは各所に仮拠点を複数作ってるんだにゃ。これが、王国騎士団がいつまで経ってもアーガルズを捕まえられない理由にゃ」


その発言と、先のキャープの雑な説明がレンの脳内で結びつく。まず真っ先にアーガルズを仕留めるのではなく、拠点を潰す。

つまり──、


「先に逃亡先を潰すってことか!」


「そーゆーことにゃ。逃げ込む先を全部潰して──アーガルズを本陣に留めるにゃ。そうしたら、アタシたちの勝ちにゃ」


「そりゃなんで? 勝たなきゃ負けじゃねえのか?」


「にゃあ、留めるだけでいいんだにゃ。留めれば、王国騎士団が来るからにゃ!」


「おお! それなら確かに……ん?」


それなら確かに留めるだけで勝ちの目がある、と納得しようとして、レンは違和感に首を傾げた。

キャープは今、王国騎士団が来るといった。だが、先の話だと王国騎士団に居場所を突き止めさせない手腕もまた凄まじいという話ではなかったか。だというのに、なぜこの話に王国騎士団が出てくるのか──、


「突き止めてるにゃ。──っていうか、突き止めさせてるにゃ」


レンの抱える疑問を顔を読んで突き止めたキャープが自ら答えを提供する。

それは確かに疑問を解消する答えでもあったが、


「そりゃ、なんで?」


──新たな疑問を生む返答でもあった。


──月に、雲がかかりかけている。

そんな事象など頭の隅にすら引っ掛けず、躊躇なく、レンはキャープから目を離さずにまっすぐに言葉を投げかける。


「なんか、ダカク? との相打ちを狙うためらしいにゃ。ダカクが何かはアタシにもさっぱりにゃ」


──一瞬、月が完全に雲に隠れ、光を落としたような気がした。


落ちる光とは対象的に、レンはらんらんと、その単語に目を輝かせていた。


「ダカク……! シュウ、これも知ってるのか?」


「──いや。知ら、ない。そんな言葉、一回も……」


何処か焦燥感を抱えるように顎に手をやり、俯いて考え込むシュウを見て、レンは逆に笑みがこぼれた。


知らない言葉。無条件に、口角があがる。──未知だ。やはり、この世界はいまだ未知に溢れている。それも、シュウですら知らない未知が。


「取り敢えず、そのためにぎりぎりまで本陣に居続けるのは確実にゃ! どうにゃ、シュウ!」


両手を広げてやかましく存在をアピールするキャープが、直前までの空気をぶち壊して、ダカクについて考え込むシュウに改めて自身の計画の完璧さを自慢げに押し付ける。


「──」


思考の沼から引き戻されたように顔を上げるシュウは、今度はまた別の事──キャープの計画について思案を巡らす。

先の緊迫したような表情は無く、単純に必要な過程として思考を積み上げ、そして──、


「うん。……悪くないかも」


と、計画の完成度の高さに太鼓判を押した。


「にゃあ! じゃ、これでアタシもシュウの仲間として……」


「それはダメ」


即答だった。先程の思案の深さはどこへやら、それだけは認めないとばかりにシュウは即答でキャープの仲間意識を否定した。


濁点のついた汚い叫び声を上げながら、キャープは不貞腐れたように寝台へその体を倒し、布の跳ねる音が部屋内に小さく反射する。


レンはその布の埃を手で払いながら、キャープが目覚めたときからずっと一貫していた態度に思っていた所を呟いた。


「――っていうか、なんでそんなシュウの仲間に拘んだ?」


初対面のときはこれでもかというほどの煽りをしていたのに、目が覚めた途端に従順な態度。混乱と動き回る状況でなあなあに流していたが、レンは一応そこも気になっていたのだ。


――それを聞いて、キャープはきょとんとした。何を聞かれているのかわからないといった風に呆けて、数秒経って「ああ!」と納得したように手を叩いた。


「そんなの、負けたからにゃ! 負けた相手の仲間になるのは一族の掟にゃ!」


「ん? お前ってアーガルズに負けたから従ってたんじゃねえのか」


「アーガルズには一族丸ごと買われたんだにゃ。……父親と母親を人質にされて、仕方なく……」


物悲しそうに、けれどどこか希望を持っているように、キャープはおずおずと事実を打ち明けてきた。

その栗色の双眸を揺らして呟いた、半ば頼み込むような声音の言葉に思わずレンは押し黙ってしまった。

――静かに、息を呑む。


――キャープも、そうだった。キャープも、不利益を『押し付けられた側』なのだ。


「……その割に、僕に挑んでくるときはだいぶやる気があったように見えたけど」


押し黙ったレンにバトンタッチして、今度はシュウが質問を飛ばす。――質問というよりどちらかといえば悪戯気味だったが。


そんな悪い笑顔を浮かべるシュウに、キャープはもごもごと気まずそうに体を揺らして言葉に迷っている様子を見せた。


しばらくそれを見守っていたシュウだったが、逆にその視線が気になるのか、キャープは覚悟を決めたようにシュウに目を合わせて、


「にゃ……直前で、トーラルに手の震えを収めるための戦いを拒否られて……だいぶウズウズしてたんだにゃあ……」


と、顔を赤くさせて消え入るようにそう言った。

その様子を見て、レンの好奇心が疼く。

獣人の羞恥心がなぜそこに置かれているのかわからない故の疼きを――しかしレンはひっそりと抑え込んだ。


「なんか、これを詰めるのは可哀想な気がする……」


顎に手をやり、考え込むレンを余所目に、キャープの言葉に納得したシュウは、再び話を本筋に戻す。


「まぁ、話はわかったよ。それで――ティール。君の頼みっていうのは?」


「あ、ボクは……攫われた子供を、その――救出してほしいんだ」


「――! シュウ、やるぞ」


急に声をかけられて驚いたのか、ティールは少し辿々しく、自身の願いを口に出した。

ティールの願い、それを聞いた瞬間に、レンの目が変わる。だがそれも当然といえば当然だ。なにせ子供攫いに関することなのだから。

攫われた子供の親たちに聞いて回っていた情報では攫われた場所はわかれど攫われた先はわからない。そんな状況で、ティールの言葉。これに期待せずして何に期待するというのか。


「はぁ……わかったよ。詳しく聞かせて、ティール」


そんな、目の色を変えたレンのその理由を察し、肩を落としながらもシュウは二つ返事で了承した。


レンは無言で、今か今かとティールの説明を待つ。それは餌を待つ子犬なんて生易しい雰囲気ではない。――敵を噛み殺さんと射抜く狼のような眼差しだ。


「ボク、攫われた子供たちを偶然見つけたんだ。でも一人だと見張り一人も倒せないから……君達を、頼りに」


「よく俺らのこと見つけられたな!」


「それも偶然……街で見かけたんだ」


「めっちゃ運良いにゃあ……」


「うん……ボクもそう思うよ」


運が良いねと肩を竦めるティールの言葉に嘘はない。少なくともレンはそう感じた。

顔にも声にも、嘘はない。いっそ眩しくて見えないほどの潔白っぷり。これが演技なら尊敬すると、レンは称賛の眼差しをティールに向ける。


「……? ボクの顔に、なんかついてる?」


「いや、別に――これさっきもやったな」


「――っふ、そうだね」


堪えきれないように笑ったその顔には、一瞬、『悲哀』が滲んでいた。

しかし、レンはそれを完全には認識できず、違和感に目を細める。その違和感を口に出す――直前、


「それで、各仮拠点の場所はどこか、教えてくれる?」


と、キャープにシュウが訪ねた。その言葉により、レンの感じていた違和感は霧散し、アーガルズ攻略に思考が向き直った。

キャープその二人の居住まいを見ながら、地図を広げてその紙に視線を滑らしていく。


迷うように動く視線と共に動かされるキャープの指先を、レンとシュウ、そしていつの間にか近づいていたティールの三人が同時に追う。


指は右往左往と動き回り――やがて止まる。


「ここにゃ!」


指の止まった場所。それは王都の外に位置する森の中だ。地図上からすでに人気の無さを感じるほどに、その場所は森に位置していた。


その場所を見て目を見開く三人だが――一人、別の意味で目を見開いている人物がいた。


その人物は信じられないと驚くように息を呑み、恐る恐る口を開いて、


「――ここ、ボクが子供たちを見つけた所……!」


――と、そう、出来過ぎている偶然に驚きながら言ったのだ。


「――丁度良い。最初に攻め落とすならここだね」


直後に響くシュウの言葉は、提案というより確定を押すような感情が含まれていた。

そして、今この部屋にその確定的な提案に態々反対をする人間などいるわけもない。


「じゃあ、やるか、シュウ!」


――むしろ、レンは言葉より先に体が動き、今すぐにその場所へ向かおうとしていたほどだ。

足の向かう先は部屋の外へ出る扉であり、そしてその先に待ち受ける不利益を押し付ける悪辣な人間たちだ。即刻向かってそいつらを殺し、攫われた子供たちを助け出そうとレンは部屋を出て――、


「……もう深夜だよ? 寝たほうがいい」


その直前、レンの肩にシュウの手が置かれていた。その目宿る色は深い理由があって止めているのではなく、単純に、常識を説く目であることを伝えてくる。

むくれたようにシュウに向き直るレンの顔は、その引き止めに不満があることをわかりやすく示していた。


「でも、すぐいかないと子供が――」


「休むのも作戦のうちだよ。僕らが万全じゃないと、勝てる相手にも勝てなくなっちゃう」


「……」


――喉まで出ていた言葉が、奥へ押し戻される。納得してしまった。なるほどと思ってしまった。

確かに、自分たちが万全でなければ助けられる相手も助けられない。ならば万全のため休むのは理にかなっている。


「……わかった」


はあ、とため息で肩を落としながら、レンは意識を切り替えた。


――世界は未知で、複雑だ。ただまっすぐにつき動くだけでは何の解決に繋がらないこともあるのだ。

――やはり、世界は面白い。


こぼれ出る笑みを抑えながら、レンは一つしかない、今キャープが胡座で座っている寝台に向かう。


それを察したシュウが、冷たい一言。


「じゃあ、キャープ。降りて。僕らが寝る」


「にゃ!? アタシはどこで寝ればいいにゃ!」


「ティールと一緒に、適当に外で寝ててよ」


「あ、扱いが雑にゃ……」


「仲間じゃないからね」


いい笑顔で言い放つシュウには最早訴えが通じないと思ったのか、キャープの矛先がレンへ向かう。


「レ、レン! レンはここで寝てもいいと思うよにゃ!?」


涙目で懇願するキャープに、親指を立てていい笑顔で一言。


「――草の上は寝心地がいいぜ!」


「にゃああああ!」


この部屋はシュウとレンの部屋だと認識しているレンは、悪気なく、そして容赦なく二人を外へ放り出した。

先の一言も煽りではなく、本心からの言葉と笑顔だ。


だがそんなことを知る由もない二人――特にキャープは、肩を落としてくよくよと泣く泣く外へ出た。



■■■



もう外は深い夜を通り過ぎて、少しだけ空は白け始めている。


目の前を歩く栗色の獣人はふと足を止めて、こちらへ視線を投げてきた。


「……にゃ、もうここでいいにゃ。お前はどうするにゃ?」


場所は、くるぶしまでの草が生え茂っているような、軽い森の中。

甘く見ても温かな場所とは言えない所だが、恐らく基礎体温の高い獣人は基本どこだろうと寝床にできるのだろう。重い影の落ちる夜の森で、少し羨ましく思いながらティールはキャープを見据えた。


そんな獣人のキャープが差し伸べてきた手と、言葉。


それは、共に一緒の寝床で寝るかどうかを問うていた。

――だが、自分でも嫌になるような立場に立っているティールは、勝手に別の意味を含んだ問いかけとして聞き届けてしまった。


故に、素直な気持ちから手を差し伸べるキャープの手を、ティールは取らないことを選んだ。


「ボク、もう少し探してから寝るよ」


立ち止まったキャープを追い越し、抑揚のない声音でティールは別行動を取ることをキャープに告げる。

その様子を気にする素振りを少しも見せず、栗色の髪の獣人は欠伸をしながら木にもたれかかった。呑気な様子は忖度なく野生動物に似たものを感じるな、と、ティールは苦笑する。


「にゃー、勝手にするにゃ。ふああ……」


キャープに背中を見せているティールのそんな苦笑が見えるはずもなく。

キャープは眠そうに、ゆっくりともたれかかった木の本に丸くなり、深い眠りについた。


すぐさま上下し始める肩は、疲れていたキャープの深い眠りを表している。


それを一瞥しながら、ティールは森の奥へ進み進み、ただでさえ少ない人気をこれでもかというほどに遠ざけていく。


執拗なほどに深くへ歩き、漸く立ち止まったティールは懐から指輪を取り出して、魔力を込める。


「……もういいかな。――アーガルズ様」


ボウ、と淡い光が指輪から漏れた数秒後、


「おう、接触できたか?」


指輪の先から聞こえる、酒ヤケ声。その声の主の顔も形も性格も、ティールはよくよく知っていた。――知りたくもないのに。


湧き出る暗い感情を必死に抑え、ティールは付き従わせられている駒としての役割を果たす。


――即ち、報告だ。


「はい。思った以上に、お人好しです。キャープを生かし、自分の、敵じゃないなんて一言で信用するほどの」


「カハハハッ! こりゃ思ってた以上の間抜けだな。それで、そいつらの計画は?」


高笑いし、人を嘲笑い、しかし警戒は怠らない。これだから、王国騎士団には捕まえられないのだ。計画は立てているだろうが浅いだろうと決めつけている、彼らには。


そんな雑な追い方でアーガルズを捕まえるなど笑いものだ。後手でアーガルズを追い捕まえるのならば、『護国卿』でも引っ張り出すべきだろう。


――負の、嫌な信頼故に、王国騎士団の手落ちに気づけてしまうティールは、駒として、先の話し合いで決定した事柄を伝えていく。


「キャープ先導で、仮拠点の攻め落としから始めるつもりです」


「どの仮拠点だ?」


「――――――そこまでは、まだ、わかりません」


「ハッ、まあいい。攻め落とされんのは痛手じゃねえしな。どこを攻めるかわかったらまた連絡しろ」


鼻で笑うアーガルズが指示を飛ばして、指輪の通信を切る。


「――はい」


「――」


淡く光る指輪の光が溶けて、残されるのは駒として操られて生きる、哀れな少女が一人。


少女は何を思ったのか空を見上げて、白くなり始める空に飲み込まれかけている星を見て、小さく――、


「――ごめん、なさい」


声は、星には届かない。

いよいよ一章本腰の物語に入っていきます。時間がかかってしまってすいません。

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